十三話
どこか不快感を催す視線。
あからさまに私という人間を値踏みしようと向けられていた瞳であったが、
「フローラ・ウェイベイアと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします。ハーメリア卿」
正面切って、堂々と見つめ返す。
自慢できたものでないが、生憎と、わたしにはこういった視線を向けられた経験が嫌になる程豊富にある。
名を馳せていた老獪共や、私が気に入らない連中から日夜問わず奇異の視線に晒されていた私にとってそれは最早挨拶と言い表してもいい。
臆す事なく言葉を返した私に対し、ハーメリアは聞こえるか聞こえないかギリギリの声量でへぇ、と感嘆の声を漏らしていた。
あえて、私に聞かせたのか。
はたまた、私が偶々聞こえてしまっただけなのか。その真偽はわからない。
しかし。
「これはまた、随分と愉快なお嬢さんですね」
絡みつくような視線はその言葉を境に、ふっ、と霧散し、打って変わってハーメリアはにこりと柔和に微笑んだ。
「陛下の側ともなると、内からも、外からも気苦労が絶えないのは間違いありません。ですが————」
彼は心底、楽しそうに。
「その様子を見る限り、貴女にこれは要らぬ節介であったようですね」
その言葉を耳にし、ようやく理解する。
私にとって挨拶とすら認識してしまっていた貴族特有の絡みつくような視線。
ハーメリアが私に対して向けたそれは気遣いであったのだと。
「俺の女官だ。当然であろう?」
隣でヴァルターが得意げにハーメリアに勝ち誇っていたが、貴方と知り合ってまだ1日すら経っていないと思うんですが……。
と、表情に出して呆れる私を目にしたからか
「……まぁ、今回はそういう事にしておきましょう」
ハーメリアもまた、私と同様に半眼で呆れていた。
「ああ、そうだ。ハーメリアがいるのなら丁度いい。ひとつ、伝えておきたい事がある」
「伝えておきたい、ですか?」
「5日後のアレなんだがな、コイツを俺の護衛として連れて行こうと思っている」
アレとは、隣国へ赴くと言っていた件についてだろう。
物のついでに言う事ではないと思うが、それでも重鎮にそれをキチンと伝えるヴァルターをみて、何だかんだと言って真面目なんだなあと思ったのも一瞬。
「…………あの、正気ですか?」
その神経を疑うと言わんばかりの調子でやってきたハーメリアの言葉。
友好国へ赴くだけでどうしてそんな急に哀れむ視線を私は向けられなければならないのか。
そんな疑問が頭の中を埋め尽くす。
「無論正気だ。というより、何故お前はそうも過剰に反応をする? それだとまるで俺が敵国に単身で向かいに行くような言い草ではないか」
「……大して変わりがないからこうして僕が陛下の神経を疑ってるんですよ」
漂う不穏な空気。
一体何がどうなっているのかと、何一つとして事情を知らず、疑問符を浮かべていた私の耳に届いた言葉は、
「持ち掛けられた縁談を断りに行くだけではないか」
数秒ばかり、私の頭の中を真っ白にしてくれる素敵な言葉であった。
「そもそも、俺はもう国王という地位にさほどこだわりを抱いてはいない。他国からの姫を迎えでもしてみろ。縛り付けられる未来しかない」
「国王陛下ですから、それが当然です」
「……それに、向こうは俺が国王として責務を全うすると見越して縁談を持ってきたはずだ。……後10年もしないうちに国王の座を退く人間と聞けば向こうからお断りだろうさ。縁談を受けようが受けまいが、結局拗れる。なら、断る他ないだろう?」