十二話
「……ちなみに、ですが。陛下の護衛は——」
「勿論お前1人だが? ……まぁ、言っても聞かない連中が毎度3人ほど陰から勝手に護衛を務めてはいるが、俺が護衛として連れて行くのはお前1人だ」
つまり。
私が駄々を捏ねて無理ですと断ればこの国王陛下は単身で隣国へ赴くつもりなのかと。いや、そもそもコイツは私と出会うまでは単身で行っていたような口振りだったではないか。
……側に人がいる事を嫌っているとしてもそれは幾ら何でも馬鹿すぎるだろう。
ヴァルターと話していると何故だか頭が痛くなってきた。どうしてだろう?
「だが案ずるな。俺だって戦えないわけじゃない上、向かう先は決まって友好国だ。馬鹿と思われがちであるが、こうして護衛1人付けていない無防備さが相手への信頼度を表しているとも言える」
「……確かに、そのご意見にも一理あります。ですが、それでもやはり、」
己の立場を今一度見つめ直し、自覚するべきだと私は彼を諫めようとして。
「お前は、剣を振れるのだろう?」
ヴァルターは私の言葉に被せてそんな事を宣った。あの時、あの瞬間。
事実の真偽にかかわらず、お前は剣を振れると言ったではないかと。喜悦を湛えた瞳が私を射抜き、その事実をひたすらに訴えかけてくる。
「戦時中でもあるまいし。護衛なぞ1人いれば事足りる。それとも何か、お前は国王陛下である俺に対し、剣を扱えないにもかかわらず、嘘をついたのか?」
「……それとこれとは話が」
「違わんさ。俺が知るある奴は、10人いようが不可能であったであろう事を1人で成し遂げた」
それはただ単にヴァルターのいうそのある人が凄かっただけだろう。
私が死んだ後にそんな出会いもあったのかと僅かに驚く反面、殆ど素人と達人を比べないでほしいという私の嘆きの声を彼は聞く気がないのだろう。
「とどのつまり、護衛なんてものは1人だろうが10人だろうが大して変わらん。それで運悪く死んでも俺は誰も責めはせん。ただ、俺に運がなかったというだけの話だ」
続く言葉がその事実をありありと語っていた。
主はヴァルター。
その彼にそもそも聞く気がないのだ。
だからこれ以上は無駄か、と私は深いため息を吐き、せめて私だけでも護衛につけるだけマシなのかもしれないとプラスに考える事にした。
「……分かりました。それでは、僭越ながらその任を務めさせていただきます」
「ああ。それで良い」
「ですが、どうして私を外へ連れ出したのですか? あの言い方でしたので、大事な話をしたいから外へついて来てくれと。私はそう仰られていたと捉えていたのですが」
「簡単な話さ。王宮には面倒臭い連中が多いからだ。何か事あるごとに口出ししないと気が済まない連中に目を付けられたくなかったのだ」
————女官になれと唐突に告げたその日に、それだけでは飽き足らず、5日後の予定にまでついて来いと言う。
誰がどう見聞きしても口出しされるであろう要素ばかり。
だから半ば逃げるようにして王宮を後にし、外に出てきたのだと彼は言う。
「口出し、ですか」
ヴァルターはこれでも国王陛下という国のトップに君臨する人間。
そんな彼に口出し出来る連中がいるのかと。私はその部分に密かに驚いていた。
「……ああ、そうだ。鬱陶しいからと辺境に飛ばしてやろうかとも考えたが、そいつらは国の柱とも言える役割を果たしている奴等でな……。腹立たしい事にそいつらがいなければ少なからず国が揺れる故、聞き流すしかないのだ」
つまり、彼も彼なりにちゃんと王様をやっているという事なのだろう。
出てきた言葉には疲労感が滲み出ていた。
「なんか、意外でした。陛下にもそんな方がいたんですね」
「いる。それも1人どころではなく3人な」
はて。
今のヴァルターに陳言出来る人物は……。
と、前世の記憶も含め、私が遡ろうと試みる最中。
「おや? どこかで見た外套かと思えば、陛下ではありませんか」
何処からか声が聞こえてきた。
それは顔を隠すように服をすっぽりと被っていたヴァルターの背後から。
まるで当初から後をつけており、正体をとうの昔から看破していたかのようなどこか胡散臭い言い草。
それは決して私がそう思った、ではなく、正しくその通りなのだろう。
ヴァルターに視線を向けると、またこれかと言わんばかりに彼の表情筋が怒りからか、ぴくぴくと痙攣していた。
「あれ程俺の後をつけるなと言いつけておいたよな。……ルイス」
肩越しに振り返ってみれば、そこには見知った顔が私の瞳に映った。
年齢は40程の痩躯の男性。
いかにもインドアですといった雰囲気を漂わせる彼の名は——ルイス・ハーメリア。
ハーメリア侯爵家現当主であり、17年前の時点で既に財務卿という地位にて今に至るまで国を支え続けてきた人間。
財務卿という国の心臓とも言い表せる役割を、担う人間が政争に関わるべきではない。といって中立を貫いていた男。
性格に少しばかり難があったような気もするが、彼は当時齢20にして財務卿を務める程に優秀な人間だったなと私は懐かしむ。
確かに成る程。
いかに鬱陶しい陳言だろうと、ルイスを辺境に飛ばしてしまえば確かに国は少なからず揺らぐかもしれないなと少しだけヴァルターに同情した。
「元はと言えば政務をほっぽり出して何処かへ出掛けたどこぞの国王のせいなんですがね」
悪びれる様子もなく、後をつけていたと白状するルイス。
そんな彼の視線は流れるように、ヴァルターから私へと向く。
「おっと。貴女とは初対面でしたね。これはこれは申し遅れました。僕の名はルイス・ハーメリア。財務卿をさせて頂いております。陛下の女官を務めるのであれば、これから何かと顔を合わせる事もあるでしょう。以後、よろしくお願いしますね?」