十一話 ヴァルターside
今から————17年も前。
王国が成立してから約450年の間に、女騎士という地位が認められた人間はたったの5人。
450年もの時を経て、たった5人であった。
女騎士という地位がどれだけ異常なものなのか、その数字を目にしただけで一目瞭然。
そんな異常という枠組みに収められていた人間がつい、17年前にも一人だけいたのだ。
一部の貴族からは嫉妬と畏敬と、嫌味を込めて——メセルディアの鬼才、と。
そう呼ばれていた女騎士がいた。
名を、アメリア・メセルディア。
男性と女性。
どちらが腕力に優れているかと問えば誰もが男性であると言うだろう。
それは決して間違いではない。
だからこそ、騎士というものは男性が務めるべき職務であるという固定観念が根付いている。
騎士とは剣を振るい、国を守る為に立ち向かう者の総称であるから。
しかし、偶にいるのだ。
そんな固定観念なぞ、知った事ではないと鼻で笑えるような〝異常〟と称すべき人間が。
男であったならばと両親からは幾度となく悔やまれ、なれど貴族の令嬢として生き、その類稀なる才を腐らせるにはあまりに惜しいとされ、王宮に半ば無理矢理に勤めるよう言い渡された人間がいたのだ。
当人は周りからの嫉妬にあてられ、決して認めてなるものかと意固地になっていた騎士共のせいで己が強者であるという自覚は終ぞ芽生えてはいなかったが。
……そもそも、普通であれば土台無理な話なのだ。
当時のヴァルターの兄にあたる王太子に味方をしていた公爵二人を始めとした大貴族から差し向けられる追手。
それらから7歳の無力な少年を庇いながら馬で10日掛かる道のりを最後の最後まで守り切った。
本当に————それは異常でしかなかった。
それでもやはり、彼女も人間。
最後の最期で力尽き、死んでしまったが、幼き頃に見た鮮烈な武というものはいつまでも忘れられなかった。
故に、彼は——俺は、こういう形で無理矢理に彼女を巻き込む事にした。
護衛という任を。
臣下として、またあの時のように。
(……許せよ、アメリア。俺の為に、俺と共に在る為に————その鬼才を以て、飛翔してくれ)
一時の感情で、殺される事を受け入れる事しか出来なかった無力な少年を助け、騎士という名誉ある地位を逡巡なく投げ捨てた人間。
そんな彼女を己の側に縛り付けるには一体どうすれば良いだろうか。
そう考えた時、俺の頭にはまず初めに俗物じみた考えが浮かんだ。
しかし、それは案の定、先程拒絶されていた。
服にはあまり興味がない、と。
分かっていた事だが、彼女はやはり、金や物で縛り付けられるような人間ではなかった。
俺が何かを与え続ける事で側にいてくれるならばそれで良い。それに越した事はない。
他の者の言葉など黙殺し、俺は貴女に恩を返し続けよう。あの時俺が受け取った、多大な恩を。
だが、彼女は俺なりの恩を返そうとすればまず間違いなく拒む。
先程の会話がその確認だった。
———俺と一度何処かで会った事はなかったか?
この問いに彼女が頷き、己がアメリア・メセルディアであると告白してくれていたならばまた違った手段を取れた。
しかし、彼女はその問いに対し、首を横に振った。会った事はないと、そう言い切った。
だから俺は、この方法を取るしか出来なくなったのだ。
かつてメセルディアの鬼才と謳われていた女騎士——今生をフローラ・ウェイベイアという名で生を受けた人間の存在を世界に知らしめるという手段しか残されていなかったのだ。
(如何に地位に拘っていなかったとはいえ、貴女の才を認められなかった連中のせいであの頃は窮屈な思いをしていた筈だ。……これも、恩返しの一つだ。俺が、それを取り除いてやる)
名が知れてしまえば、それだけ無名の状態よりもずっと動き辛くなる。
加えて、国王である俺から重用されているという事実がひとたび広まれば、それはいつまでも付いて回る。
そうすればまず間違いなく、他国を含めたよそ者がフローラ・ウェイベイアに目をつける事はあれど、己の下へと勧誘するという機会はまず間違いなく失われる。
彼女が何処かへ行ってしまうかもしれない。その可能性を少しでも減らせるのならば。
そう思ったが故の、彼女の飛翔であった。
————コイツは、俺の臣下だ。
一生涯の約束は、あの奴隷染みた契約だけ。
その他は一切約束をしていない。臣下であるのは、この時、この瞬間だけとは一言も。
だから揺らがない。
アメリア・メセルディアでなくなろうとも、彼女は俺の臣下だ。だから、フローラ・ウェイベイアは俺の臣下でなくてはならない。
そんな、子供の我儘のような思考を脳内で反芻しながら、俺は言外に護衛をしてくれと口にした事でポカンと呆気に取られていたフローラを見詰めた。
きっとこれから先、共に日々を過ごすならば、俺が間者から命を狙われる事もあるだろう。
兄や大貴族を斬刑に処した非情な国王。その認識は決して間違っていないから。
恨まれているというのも、事実だ。
そして、その場面に出くわしたならばおそらく彼女は俺を昔のように助けてくれるのだろう。
俺が民にとって、悪い王でない限り。
嗚呼そうだ。
ならばそれにかこつけて何か地位を与えてしまおう。そうすれば————。
次から次へとそんな事が思い浮かんでしまう己の思考に俺は苦笑いを向け、自分の事ながら執着心がひどいなと心の中で呆れ笑った。
けれど、仕方ないと思う自分もいた。
————17年振りなんだ。無理はない。
何処からか聞こえてきたその幻聴に。
俺は、肯定の意を示していた。