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十話

「……それで、大事な話というのは一体何なのでしょうか」


 疲労感を顔に滲ませ、げっそりとした表情を浮かべる私は己の隣を歩く——お忍びの貴族と言わんばかりに黒のコートをすっぽりと頭からかぶるヴァルターに向けて問い掛ける。



 ————店主。こいつに見合う服を軽く50着程度用意してくれ。なに、金に糸目はつけん。


 十数分前。

 パーティードレス姿では不便だろうという事で用立てると言っていたヴァルターは私を連れて貴族御用達のような高級感溢れる服屋に足を踏み入れるや否や、そんな事を宣っていた。


 いやいやいや!!

 そもそも50着もいらないし!!

 金に糸目はつけないって、そりゃ貴方は国王陛下だし金に困ってないのかも知れないけど、貴方が気にしなくても私は気にするんだよ!!

 と、内心でがむしゃらに叫び散らしながら私は必死に断りを入れ、なんとか10着で手を打つ事に成功していた————というやり取りのせいで私はすっかり疲れ果てていたのだ。


 それでもえらく高そうな服であった為、心労で胃がダメになりそうであったが50着も買われる事に比べれば全然マシであると己を無理矢理に納得させた。


 ————女は服や装飾が好きだと聞いていたんだが。


 私が必死に拒絶をすると、ヴァルターはそんな事をほざくのだから心底驚かざるを得なかった。

 何処の誰が彼にそんな偏見過ぎる事実を植え付けたのかは知らないが、少なくとも私は服は必要最低限あれば良いとしか思わない。それに装飾に至っては別に欲しいと思った事すらなかった。


 令嬢としてではなく、騎士として生きた前世。

 そんな私だからこそ、友人であるフィールからもサバサバし過ぎと言われる羽目になっていたのだろう。


 とはいえ。

 私がヴァルターからの申し出に断りを入れた際、何処か懐かしそうに笑んで、「それでも、50と口にした手前、数着だけというのは俺の沽券に関わる。10だ。それ以上は譲れん」と言って納得してくれていた。


 まるで、私を誰かと重ねているような。

 そんな態度であった。

 何故かそれに対し、どうしてと踏み込むと藪蛇になるような気がしてならなかった為、私は口を噤んだが、なにが正解であったのか。

 それは未だに分からず終いであった。


「ああ、そういえばそんな事も言っていたな」

「……それがメインじゃなかったんですか」


 明らかにそれ目的で私を連れ出していたじゃないかと責めるような視線をヴァルターに向ける。すると、


「随分と物言いに遠慮がなくなってきたな」


 私のその態度を見てか、面白おかしそうに彼は口角を曲げて笑っていた。


 気づかぬ間に私は限りなく昔のように(、、、、、)接してしまっていた。


 国王陛下ではなく、控えめな性格の少年であったあの頃のヴァルターに対するように。


 彼の発言ではっ、と漸く気付き、慌てて私は頭を下げた。

 そうだ。彼はもう、あの頃のヴァルターではないのだ。

 その自覚がまだ薄かった己を諫めながら


 ————ご無礼を、申し訳ありません。


 と、直ぐ様謝罪をしようと試みる。

 しかし。


「構わん。別に俺はお前を責めたかったわけではない。それに、堅苦しい側仕えよりお前のようなヤツの方が万倍マシだ。だから、これは命令だ。俺にあまり気を遣ってくれるな」

「で、すが、」


 私の発言を遮るように、ヴァルターの声が先にやってくる。


 それでも言い淀む私であったが、無理もなかった。相手は国王陛下。一国の王である。

 さっきはつい、昔の癖が出てしまったが本来であれば打ち首に処されても文句は言えない。

 だと言うのに、ヴァルターはそれを許すどころか、これからはそれでいけと言う始末。


「お前がすべき返事は、『はい』か『分かった』か『承知した』か。その三つのどれかだけだ」

「……あの、せめて選択の余地を作って下さい。言い方が違うだけじゃないですか」


 律儀に聞いたものの、聞こえてくる言葉全てが肯定の意を示すものでしかなく、思わず半眼で呆れてしまう。


「堅苦しいのは本当に心底嫌なんだ。選択の余地を取り上げる程に嫌っていると理解してくれ」


 そう言って、楽しそうにヴァルターは笑う。

 向けてくる何処か無邪気な笑顔を見ていると、どうしてか、何もかもがどうでも良いと思えてしまう。


「……分かり、ました」

「ああ。それで良い」


 不承不承。

 それでもヴァルターは満足なのか。

 聞こえてくる声は先ほどより少しだけ弾んでいた。


「多少、話が脱線してしまったが……大事な話について、だったか」


 そう言って彼は私の顔をジッと見詰める。

 何か顔についているのか等と考えを思わず巡らせてしまう程に、ジーっと凝視。


 それが十数秒。

 耐えきれずに私が目をよそに逸らすと漸く、ヴァルターは再び口を開いた。


「その前に。お前、俺と一度何処かで会った事はなかったか?」

「私が、陛下(、、)と、ですか?」

「ああ。そうだ」


 あえて、私は陛下の部分を強調した。

 そうした理由は、今から吐く嘘の罪悪感を減らす為。


 私が会った事があるのは、ヴァルター・ヴィア・スェベリア殿下(、、)であって陛下(、、)ではない。

 そんな子供騙しの言い訳をする為であった。


 勿論、彼は気付いていない筈だ。

 私がかつてヴァルターと生死を共にした騎士である事なぞ。


 それになにより、その事を私は口にする気はなかった。こうしてどうしてか、彼の側仕えをする偶然に恵まれてしまったが、それでも変わらず。


 だから。


「パーティーにて出会ったあの時が、初対面であるかと存じます」


 私はそう口にした。


「そうか。不躾に見詰めて悪かった。どうにも他人の空似であったらしい」


 そしてヴァルターも驚く程あっさりと引き下がる。という事はそこまで重要であった事ではなく、ただ単にふと思っただけの事なのだろう。


 気にするべき事ではない。

 私はそう決め付けた。


「それで、大事な話についてなんだがな」


 漸くの本題。

 一体どんな大事な話なのだろうかと考える私に、


「五日後に、俺は隣国へと赴く事になっているのだ。早速で悪いがお前には側仕えとしての任を果たして貰いたい」


 言い放たれた言葉は、至極真っ当な仕事の話。


 つまり、ヴァルターの護衛をしてくれ。というものであった。

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