永遠にさようなら
私には、七歳年の離れた姉が居ました。名を、沙紀と言います。
沙紀ははっきり言って、酷い姉でした。沙紀は自分より年下の子供が嫌いらしく、よく私のことも無視していました。偶に反応しても、「煩い」と「向こうに行っていろ」しか言いません。幼い頃の私は、とても傷付けられました。
ですから私は、沙紀のことが苦手でした。出来るだけ二人きりになりたくなくて、両親にくっついてばかりいましたが、両親にも仕事があります。どんなに嫌でも、沙紀と二人にならなくてはいけない時がありました。そんな時はベットで毛布に包まりながら、両親の帰りを待っていました。
それから数年が経ちました。沙紀は中学生になり、私も小学校に進学しました。私達の、「姉妹という名の他人」の関係は何も変わっていません。小学校ではお友達も何人か出来、その中にも七歳上の姉を持つ女の子が居ました。けれど、女の子のお姉さんと沙紀は、まるで違いました。
いつかの秋の日。私は、その女の子の家に遊びに行きました。案内されて、女の子の部屋に入った途端、吃驚しました。壁に、沢山の家族写真が飾ってあったのです。どれを見ても素敵な笑顔で、幸せなのだということが見て取れました。
特に目を引いたのは、女の子とお姉さんがピースをしながら笑っている写真です。二人のごく自然な笑みに、不自然さなど感じ取れませんでした。彼女らは本当に幸せで、心から笑っているのでした。
私は少し、女の子が羨ましくなりました。私には、優しい姉妹など……笑い合える姉妹など、居ません。
『……仲、良いんだね』
『えー、全然だよ~。めっちゃ喧嘩するし!』
女の子はにこにこ笑いながら言いました。私は密かに、「喧嘩するほど仲が良い」とはこのことだと思いました。本当に仲が悪いと、喧嘩すらしないのです。…………そう、私達のように。
それっきり、女の子の家へは行かなくなりました。だって、幸せそうな姉妹を見ていると、胸がどうしようもなく痛くなるんですもの。
私が暇な小学校生活を送っている間、沙紀は部活と勉強ばかりしていました。逆に、中学生時代は沙紀が遊びをしている記憶が一切ありません。どうしても行きたい高等学校があるようで、そこに向けて頑張っているのでした。
ある日、沙紀の機嫌が珍しく良かったです。両親の話によると、今回のテストの点数が学年一位だったのだとか。お父さんとお母さんと沙紀は、笑っていました。
『…………』
三人の笑顔を、私は陰で見ていました。なんて、幸福そうなのでしょう。場の空気が、沙紀を祝福しているかのようでした。…………そして私は、見ているだけ。この場で一番幸福から遠い人間は、きっと私だったと思います。
ある冬の日、沙紀は泣いていました。お母さんの話によると、第一志望だった高校に落ちてしまったそうです。結局、第二志望だった県内一の公立高校に通うことになりました。目を赤く腫らす沙紀は、少し、可哀想でした。沙紀は努力を決して怠らず、いつだって前だけを見て進んでいたのに。
第一志望の高校に落ちてしまったからでしょうか? 沙紀はすっかりやる気を無くしてしまいました。でも、それで良いこともありました。ほんの少しですが、私に優しくなったのです。少なくとも、飴を買ったら私に数個分けてくれるくらいには、ね。沙紀はそれからも、どんどん変わっていきました。
今では私達も、仲良しの姉妹です。お出掛けの時は手を繋いで、食事の時は隣に座って。一緒に写真だって撮れるようになれました。この間の旅行の時、お父さんに撮って貰った写真も、よく撮れています。私はやっと、沙紀と本当の意味で「姉妹」になれた気がしました。
今日は、二人で電車に乗ってお出掛けです。この日をずっと待っていました。
駅の改札口を通ると、私達はエスカレーターに乗ります。前が沙紀で、後ろが私です。昔は必ず私を前にしてエスカレーターに乗っていました。恐らく沙紀は、私のことなど信用してなかったのでしょうね。だけれど、今はもう違う。
「……沙紀ちゃん」
次の瞬間、私は思いっ切り沙紀の背中を押しました。
「亞、亞紀ッ……!?」
沙紀は一気に、ホームまで落ちていきました。背を押した時、彼女がどんな表情をしていたかは分からないけれど、困惑の表情を浮かべていたことでしょう。沙紀が落ちた衝撃音で、電車を待っていた人達が駆け寄って来ます。
エスカレーターを降りた私は、沙紀の九十度に曲がった首を撫でました。べっとりと、生温かい物が指に付きます。こうなってしまっては、沙紀ももう生きてはいないでしょう。
「……沙紀ちゃんが悪いのよ」
私はずっとあなたのことが嫌いだった。ずっと、昔から。
…………永遠に、さようなら。