003
港町ダウンタウン内は、計画都市ハイランド高原と違い、道路が狭隘で人口稠密である。そのため、入り組んだ細道がこれ以上混雑しないよう、自動車の乗り入れが全面禁止されている。ビルやアパートに挟まれた通りを原動機付で走っているのは二輪車までで、あとは歩行者と自転車くらいである。
「ここ、どこかしら?」
土地勘のある地元民でも、知らない場所があるくらいの町である。ましてや、ハイランド高原から初めてやってきたお嬢様には、どこが何やら、皆目見当が付かないとしても、一向に不思議ではない。
アリーは、色彩も大きさもバラバラの看板や、狭いベランダに並ぶ洗濯物と鉢植え等を見上げ、これからどちらへ行ったものかと、三叉路の角で迷っていた。
「あら、ウサギさんね。珍しい。こんなところで、何してるの?」
「わっ。えーっと、ここ、どこですか?」
買い物を終えたベティーが、アリーの斜め後ろから声を掛けると、アリーはウサギ耳の毛を逆立てて驚きをあらわにしつつ、振り返った。
ベティーは、アリーの顔や耳、服装などを上から下までざっと観察してから、回答とは別の質問をする。
「どうして、一人になっちゃったの? 誰かと一緒だったんじゃなくて?」
「そうなんです。それがですね……」
手荷物も無く、長時間歩き回るには不向きな靴を履いているアリーを見て、同伴者が居ると察知したベティーに対し、アリーは、その訳を話そうと口を開いた。
ところがである。
「迷子の案内なら、俺たち警察の領分だ。探偵の仕事じゃない」
グレーのオオカミ耳を持つ身長六フィートの男が、ベティーの背後から姿を現す。シャツの襟には、ダウンタウンポリスという徽章が輝いている。この登場を受け、ベティーは振り返り、その男を忌々しげに見つめ、アリーは、いきなり現れた大男に怯え、咄嗟にベティーの後ろに隠れる。
「まずは、名前と年齢を聞こうかな」
「ベッティーナ・ブルーキャット。十九歳よ」
「お前には言ってない!」
オオカミ耳の男がベティーに対して一喝すると、アリーはプルプルと身体を震わせ、ベティーの腰に腕を回してしがみつく。
「ほら、ご覧なさいよ、チェスター。出し抜けに大声で怒鳴るものだから、すっかり怖がってるじゃない」
「公務の邪魔をしてるのは、どっちだ。――チッ!」
アリーに近付こうとチェスターが一歩踏み込んだ時、携帯端末のバイブ音が鳴り出す。そのリズムが、ブッブブブーンという不規則な四拍子であることに気付いたチェスターは、舌打ちしながらスラックスのポケットからスマホを取り出し、薬指にシルバーの指輪がはまっている左手で荒々しくタップし、通話を始める。
「お袋。勤務中は掛けてくるなって言ったじゃないか。えっ? 今晩、食べたい物?」
「あらあら。チェシーちゃまは、ママが好きなんでちゅね~」
「うるさい!」
からかうベティーへ、チェスターは睨みながら吼える。
そのあと、子離れ出来てない母からの電話を続けるチェスターを放置し、ベティーはアリーの方を向いて提案する。
「無視すると署に乗り込んでくるから、一応出るのよ。可笑しいでしょう? この説教魔に捕まると、夕方くらいまで時間を無駄にしちゃうから、場所を変えましょう」
「えっ。あぁ、はい」
戸惑いつつも、今はチェスターから距離を置く必要があると判断したアリーは、ベティーについて行く。
チェスターは、その様子に気付いて二人を追いかけようとするが、なかなか会話を切り上げられず、結局、諦めて見逃すことにする。
「あぁ、いや、お袋に言ったんじゃないんだ。心配してくれてありがとう。えっ? それについては、かみさんに任せてあるって……。わかった。俺から言っておく。だから、そろそろ……。いや、お袋の言い分もわかるんだけどさぁ。俺にも俺の立場ってものがあるし……」
大の男が、電波の向こうに居るママゴンにタジタジになっている間に、ベティーとアリーは、ドロシーが待つ探偵事務所へと移動した。
そこでアリーは、ベティーの質問に答えつつ、誘拐から今までの事情を洗いざらい説明することになるのだが、それについては、また次の話に持ち越そう。




