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019

 アリーたちがいる右岸から跳ね橋を渡った反対側にある左岸に、鉄骨レンガ造りの建物がある。一見すると、古い町工場か体育館のようにしか見えないテラコッタ屋根の建物は、ごく一部の人物しか知り得ないことだが、紅の悪魔と呼ばれるボスを筆頭にした犯罪グループの根城になっている。

 建物の中は五階建てになっており、ボスとアレックスは、その最上階にいる。そこで紅のフードを目深に被ったボスは、優雅にイスに座ってコーヒーを飲んでいる。しかし、一方のアレックスは、大声を出したり舌を噛んだりないよう、口にかませた布を後頭部で結ばれ、両手首も縄で後ろ手に縛られている。両腕の間には、鉄骨の通し柱があり、立ち上がることは出来ても、そこから逃げることは叶わない。今は昨日からの疲労が溜まっていることもあり、抵抗を諦め、長座で柱にもたれて身体を休めようとしている。


「愛しの妹は、助けを呼びに行かず、自分だけ逃げてしまったのではないかな? 昨日、部下たちは、この港町ダウンタウン中を隈なく捜したが、それらしき人影は見当たらず、きみたちを探してると思われていた紳士も、どこの宿にも泊まっていないらしい。見捨てられたんだよ。可哀想に」


 そこまで言うと、ボスはカップをソーサーの上に乗せ、イスの肘掛けにそれを置いてから立ち上がると、アレックスの耳元で囁くように言う。


「そろそろ諦めて、我々の仲間にならないか? きみは頭が切れるから、きっと参謀として役に立つと思うんだ。イエスなら縦に、ノーなら横に首を振ってくれ。縦に振れば、ただちに君を戒めから解放しよう」


 アレックスは、チョコレートかビロードのように甘美な響きに心を乱されつつも、静かに目を閉じ、首を左右に振った。ボスは、ため息を吐いて落胆しながら言う。


「なかなか強情だな。そこまで意地を張ったところで、こちらの嗜虐心に火が付くだけだというのに。それでは、こういうのはどうだろう?」

 

 そう言いながら、ボスはネクタイを外した。


  *


 同じ頃、カフェバーの入り口には「クローズ」の札が掛けられ、中では、エリックがカウンターに薄茶けた設計図を広げ、それをアリーたち四人に見せながら話している。


「奴等がアジトに使っている建物は、元は公民館だったものだ。で、これは役所の資料室でカビが生えるに任せられてた代物。本当は持ち出しちゃいけないものだから、汚さないでくれよ」


 そこでエリックはマドラーを一本手に取り、図面の上を動かしながら説明する。


「この建物には、エレベーターなんていう文明の利器は存在しない。だから、ここから入って、地道に一階から五階まで己の足で上がっていくしかない。同時に、窓から飛び降りでもしない限り、上階から逃げることも出来ないから、そのつもりで。生半可な覚悟なら、アジトへ突入する前に脱退すること。他のメンバーの足を引っ張るだけだからね」


 続いてエリックは、階段を順に追ったあと、最上階の奥にある一室を指す。 


「おそらく、ボスと人質が隠れてるとしたら、この部屋だろう。広さ的にも位置的にも、申し分ないからな。もう一人くらい戦闘要員が居ると心強いけど、この際、贅沢は言わないでおこう。いいか。四人で協力して、ここを目指すんだ。わかったね?」


 念を押すように言うと、エリックは図面から顔を上げ、四人の顔を見た。その表情は、一様に使命に燃え、決意を新たにしたものだった。

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