002
窃盗犯や誘拐犯ではないかと疑う人物の元へ、わざわざ落とし物や迷子を届けるだろうか。
港町ダウンタウンには、犇めくように雑居ビルが建ち並んでいる。ここは、そのうちの一つの最上階である五階に位置するベッティーナ探偵事務所。
所長であるブルーのネコ耳を持った女は、チューブトップにホットパンツ姿でだらしなくソファーへ横になっているレッドのトラ耳の少女へと声を掛ける。
「ちょいと、ドロシー。いくら夏休みに入ったからって、そんなみっともない恰好で、朝っぱらからだらだらしないでちょうだい」
「だって、今日も朝から暑いじゃねぇか。クーラー買おうぜ、ベティー」
そう言いながら、トラ耳のドロシーはローテーブルの上に置いてあるグラスに手を伸ばし、残っている氷を口いっぱいに流し込み、ガリガリと噛み砕く。
事務所とは言っても、ベティーもドロシーも一日の大半をここで過ごしているので、部屋のあちこちに雑然と物が置かれており、生活感は満載である。
ネコ耳のベティーは、ドロシーの手からグラスを奪うと、それをミニキッチンの流しに置きに行きながら小言を繰り出す。
「氷ばっかり食べないの。クーラーが欲しいなら、シャツを着て、購入資金を稼いで来なさい」
「このクッソ暑いのに、シャツを羽織って外に出ろっていうのかよ」
「夏にバイオリンを奏でてばかりだったキリギリスは、冬にどうなったかしら?」
「はいはい、働きアリになりゃいいんでしょ。ファイル貸して」
ソファーから立ち上がったドロシーは、イスの背に掛けてあったアロハシャツを羽織る。その間に、ベティーはスチールラックから青い事務ファイルを一冊引き抜き、机の上に置く。
ドロシーは、イスに座ってファイルを開き、依頼書を一枚ずつ捲りながら不平をこぼす。
「小鳥探し五ダウンス、害虫駆除七ダウンス、庭の草むしり三ダウンス。相変わらず、少額で地味な依頼ばっかだな。浮気調査とか、信用調査とかねぇの?」
「私立探偵として駆け出しのあたしたちに、そんな高度な仕事が回ってくるとしたら、依頼人がよっぽど暇なのか、もしくは切羽詰まってるかのどっちかよ。お買い物に行ってくるから、何から始めるか決めといてね」
「うぃーす。行ってらっしゃい」
書面から顔を上げずにドロシーは片手を振り、ベティーはトートバッグを肩に掛け、アルミドアを開けて階下へ向かった。
たった一度でも、平行線に歪みが生じれば、直線上に交点を持つようになってしまう。そのように、些細な出来事が大成功や大失敗に繋がるということが、長い人生には一度ならず存在する。
もし、その日、あの場所で、この二人が出会わなければ、運命のルーレットは違った数字を指し示したであろう。




