018
朝が来た。アパートの外では、ぴちゅぴちゅと小鳥がさえずっている。そこから視点をアパートの中へと移すと、キッチンではベティーが、牛乳に卵と砂糖、それからナツメグを加えたカスタード液を作り、フレンチトーストを焼く準備を整えている。アリーは、スライスして四つ切にしたトーストを、次々とカスタード液に浸していくベティーの手元を、興味深く観察している。
そして、油を引いたフライパンで焼いていこうとしたとき、ビーッと玄関ブザーの音がする。アリーが天井を見上げ、どこから音が聞こえたのかしらと首を傾げているうちに、ベティーは、素早くコンロの火を止めると、バタバタと廊下へ向かい、ドアスコープから玄関先を覗き込み、そこにいる人物が見慣れた存在であるのを確認し、ドアを開ける。
「おはよう、ベティー。おや? 今朝は、良い匂いがするな」
「鼻が効くのね、ドロシー。ちょうど、フレンチトーストを焼くところよ。一人分くらいは余裕があるけど、食べたい?」
「そう言われて、あーしが断るとでも?」
「でしょうね。まぁ、上がって。鍵、閉めてよ」
「はいはい。お邪魔しまーす」
ダイニングに戻ってきたベティーの後ろにドロシーが見えると、アリーはキッチンからドロシーへと駆け寄った。このあと、用意した材料を使い切って三人分のフレンチトーストが完成し、三人でテーブルを囲む賑やかな食事タイムが始まった。
それから、しばらく経ち、ドロシー、ベティー、アリーの順で三枚の皿からフレンチトーストが消えた頃、話の内容は、今日の予定へと移った。
「それで、このあとはエリックの店に行くんだよな?」
「そうよ。気が進まないけど、アリーと一緒に来いって行ってきたんでしょう?」
「やっぱり、会いたくないのね」
オレンジジュースを飲んでいたアリーは、耳を垂れ、どこか申し訳なさそうな表情をした。それを見たドロシーは、ベティーが過去の恋愛についてアリーに話したことを察しつつ、グラスに残ったオレンジジュースを飲み干してから言う。
「なんだかんだで、二人してお互いのアパートの場所を知ってて、いつでも会える距離に居るんだからさ。ここらで清算しとけよ。あーしは、正直めんどくさいと思ってる」
「あっさり言わないで。そりゃあ、努力はしてみるけど……」
「でも、無理しないでね」
アリーが責任を感じてベティーをフォローした瞬間、再び玄関ブザーの音が鳴る。すると、ベティーは首を傾げながら立ち上がり、玄関へと向かう。その後ろを、遅れてドロシーも付いて行ったので、アリーも気になってドロシーの後に続く。
ドアホールから覗いたベティーが、玄関先に見知らぬヤギ耳の大男が立っているのを見て取ると、疑問に思いつつ用向きを訊ねる。
「何かご用でしょうか?」
「早朝から、失礼いたします。エリクソン・グリーンフォックス氏から、こちらに伺うようにとのことで参りました。ベッティーナ・ブルーキャット様で、お間違え無いでしょうか?」
「あっ! 誰かと思えば、フランクの声だわ」
ドロシーの背後に居たアリーが、思わず大きな声を出す。ベティーは、アリーの知り合いだと分かると、鍵を開け、ドアノブを引いた。このあと、ともにエリックのカフェバーに向かう道すがら、アリーは、ベティーとドロシーにフランクが何者かを説明し、フランクは、昨日の目撃談と誤解、それから、アリーを保護してくれたことへの深い感謝の言葉を述べた。
さぁ。役者が揃うまで、あと一息。物語は、いよいよ佳境へ向かっていく。