017
「あのドーナツ屋まで行ったんだ。ずいぶん歩いたね」
スイングドアや通りに面した窓から夕陽が射し込む店内で、エリックは、再び来店したフランクから貰ったシナモンクルーラーを食べながら、困り顔のフランクと歓談している。
「えぇ。両替をしていただいたおかげで、元気なお姿をこの目で確認するところまでは、叶いました。ありがとうございます」
「ハイランドとダウンタウンとでは、貨幣に対する信用度が違うからな。ハイス紙幣は、受け取り拒否されただろ? ――ごちそうさま」
「その通りです。見向きもされませんでした」
「額面が高価だから釣銭がたくさん必要だし、ニセ札だったら大損だからな。悪貨は良貨を駆逐するのさ」
ドーナツを食べ終えたエリックは、油ぎった指先を包み紙や紙袋の端で拭き、その紙を丸めてゴミ箱へシュートすると、目を伏せて絶望感に打ちひしがれているフランクを励ましにかかる。
「でも、そろそろお手上げかな、紳士さん」
「はい。たとえ発見できたとしても、手は届かないだろう。――貴方のおっしゃった通りでしたよ」
「まぁ、気を落とすこと無いさ。ドーナツの礼に、明日の朝には会えるように取り計らうよ」
「とおっしゃいますと、お嬢様がどちらにいらっしゃるか、ご存知なのですか?」
俯き加減だった顔を上げ、フランクはエリックに仄かな期待を寄せる。エリックは、そのナイスリアクションに内心で小躍りしつつも、冷静さを装って選択肢を持ち出す。
「それについては、良い報せと悪い話があるんだ。どっちから聞きたい?」
フランクは、この段階でも、何かの罠でないかと警戒することは忘れず、淡々と答える。
「では、セオリーに則り、悪い話からお聞かせください」
「オーケー。既にホテルを予約してるにしろ、これから宿を探すにしろ、今夜はここに泊まってもらう。奥に部屋があって、たまに仮眠に使ってる場所さ」
なぜカフェバーの仮眠室で一夜を過ごさねばならないのか、皆目見当が付かないフランクは、エリックに理由を問う。
「後者ですので、探す手間は省けますが、それは何故に?」
「これから僕が話す情報を漏らして欲しくないし、君がこの港町に泊まってることを伏せておきたいからさ。不自由だけど、犯人を油断させるために我慢してほしい。まっ、狭い部屋だけど、掃除や洗濯だけはしてるから、ノミに噛まれる心配は無いよ」
「承知いたしました。他に良策も浮かびませんので、従いましょう」
ひとまずフランクが納得したので、エリックは、続けて良い報せを告げた。
その内容は、アリーだけは犯人グループに捕まっておらず、安全な場所に匿われていること。アレックスも、おそらく無事であること。作戦に従えば、二人とも無事に助け出せるであろうことであった。
ここまで言えば、エリックがアリー、ベティー、ドロシー、そしてフランクに何をさせようとしているのか、もう察しが付いてきたことであろう。推測が当たっているかどうかは、是非とも続きの話を読んで確かめてほしい。