016
「ただいま。――あぁ、またソファーで寝てる」
家に帰ったドロシーが、明かりがついているリビングのドアを開けると、ヒョウ耳の中年男がタンクトップとトランクスでソファーに横になり、グゴーッと地鳴りのような重低音の鼾をかきながら寝ていた。ソファーの前にあるローテーブルの上には、飲み干したビールの缶があり、何本かは床に転がっている。それを見たドロシーは、アチャーとでも言いたげに顔を顰めつつ、男の肩をゆすって起こしにかかる。
「起きろよ、親父。明日も仕事なんだろ?」
肩を揺すられた男は、夢現の微睡み世界から戻ってくると、眠たげに目をこすりつつ、大口を開けて欠伸をする。そして、視線の先にぼんやり映るドロシーに向かって言う。
「ん~。……なんだ、ドロシーか。最近、ますますジンジャーに似てきたな」
「いよいよ老眼だな。そろそろ、眼鏡がいるんじゃないか?」
「まだ四十の坂を登り始めたばかりだ。父親を年寄り扱いするんじゃない、馬鹿者め」
両手の親指と人差し指で輪を二つ作り、それを眼窩の縁に当ててエア眼鏡のジェスチャーをする娘に対し、男は口の端でフッと笑いつつも、眉間にシワを寄せて嫌がる。それから、ヨイショという掛け声とともに立ち上がり、廊下へ向かおうとする。だが、まだ男の身体の中にアルコールが残っているのか、フラフラと千鳥足で歩く。
その覚束ない足取りを見るに見かねたドロシーは、男の片腕を取って肩を貸し、酒臭い息に辟易しながらもリビングの灯りを消し、寝室へと連れて行く。そして、そのままベッドに寝かせ、ドロシーがそのへんに丸めてあったタオルケットを適当に掛けると、男は瞼を閉じ、ものの数秒で寝息を立て始めた。
「おやすみ」
そっと呟くと、ドロシーは寝室を出てドアを閉め、そのまま廊下を歩き、その先にある階段を上る。そして、上がってすぐにある「ドロシアの部屋」と書かれたドアを開けて部屋の中へ入る。
「あ~、疲れた! もう、煙草臭いのも、香水臭いのも、酒臭いのもイヤだよ~」
ガンッと足で蹴ってドアを閉めると、ドロシーは助走をつけてベッドへダイブし、そのまま、しばし枕に顔をうずめ、溜まっていた鬱憤を吐き出す。
「ぷはぁ! 明日は忙しくなるぞ~」
枕から顔を上げると、そこからズボラに腕だけ伸ばし、月明かりが差し込んでいる窓のカーテンを閉める。そしてドロシーは、寝返りを打って仰向けになると、朝日が差し込むまで爆睡した。服も着替えないどころか、スニーカーすら脱がずに。