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買い物を終えたアリー、ベティー、ドロシーの三人は、ベティーが一人暮らししているアパートにやってきている。買った物は、食品はキッチンの冷蔵庫やステンレスの作業台に、衣料品はスツールの上やスチールラックに置かれ、フローリングやカーペットの上に放置されるということはない。
根は几帳面な性格なのか、キッチンにしても、そこから繋がるダイニングにしても、物は多いが、生活感を失わない程度に小ざっぱりと整理整頓されている。どうやら、事務所が雑然としているのは、ドロシーの散らかしっぷりが、ベティーの片付け技能を大きく上回るハイペースであることに由来するようだ。
「切れたぞ。ここに置いといて良いのか」
ドロシーが作業台に不揃いの芋と葱が入ったボウルを置くと、魚介の下処理を終えたベティーは一旦返事をしてからボウルの中を覗き込み、あまりの仕上がりの悪さに文句を付ける。
「えぇ、そのへんに。――ちょいと、ドロシー。大きさを揃えて切らないと、火の通りがバラバラになるじゃない」
「細かいこと言うなよ。あーしの家じゃ、硬い野菜は丸ごと圧力鍋で煮込むんだ。皮を剥いて一口大にしただけでも有難がってくれ」
「はいはい、わざわざ手伝っていただき、どうもありがとうございました」
「心がこもってねぇなぁ」
これで満足か、とでも言いたげにベティーから棒読みで礼を述べられたので、ドロシーからも不満を口にした。それからドロシーはダイニングに戻り、慣れない手つきながらも、真剣に人参を乱切りにしているアリーに声を掛ける。これを見ても、ハイランドのお嬢様は、自分でナイフを握って料理をするという経験が無かったらしいということが、容易に伺い知れる。
「もっとリラックスして大丈夫だぞ、アリー」
「でも、集中しないと。あっ!」
思わずアリーが声を上げたのは、指を切ったから、ではなく、ドロシーがアリーのナイフを取り上げたからである。
「見てるこっちが息が詰まってくる。あとはあーしがやるから、エプロン外して、先に手を洗っといで」
「はい。お役に立てなくて、ゴメンナサイ」
己の不甲斐なさやら申し訳なさやらが入り混じったアリーは、シュンと耳を垂れて気を落とす。するとドロシーは、落ち込んでるアリーの肩を指をグーにして軽くパンチして励ます。
「初めてにしちゃ、上出来だと思うぜ。あーしなんか、料理を習いたての頃は力の加減が出来なくて、しょっちゅう生傷を作ってたから」
「料理中に怪我するところは、今も大して変わってないんじゃなくて? この春に、親指の又を切って四針縫ったって言ってたじゃない」
「余計なことを言うなよ、ベティー」
ベティーの指摘に対し、ドロシーが負けじと言い返すと、そのやり取りの滑稽さからアリーは失笑しつつ、洗面所へ行くため、ドアを開けて廊下へ出た。しばらくすると、水を流す音が聞こえてきた。
それから間もなく、ドロシーがやや不揃いな人参が交ざったボウルを作業台に置くと、ベティーは火の通りにくい食材から鍋に投入して炒め始めつつ、ドロシーの右耳をチラリと見て言う。
「あんたのお母さんについては、触れない方が良いのかしら?」
「別に、気を遣わなくたっていい。どうして片耳だけピアスをしてるんだって訊かれたら、これは失踪中の母親が付けてたものの片割れで、これをずっとしてれば、またいつか、どこかで会えるんじゃないかという願掛けだって、正直に言うさ」
「そう。あえてあたしから話は振らないけど、アリーが気にしてたら言ってあげてね。――あぁ、やっぱり炒めにくいわ」
ベティーは木べらで軽くかき混ぜるが、鍋の中の野菜たちは木べらが与えるベクトルとは違った向きへ不規則な動きをして、思うようにならない。あたかも、人生の縮図であるかのように。