001
いつか、お屋敷の外へ出てみたいと思っていたけれど、まさか、こんな形で叶うとは思ってもみなかったわ。
鋼鉄と木材で出来た跳ね橋のたもと付近を、ホワイトのウサギ耳を持つ二人が歩いている。橋の上では、種々様々な獣耳を持つ老若男女や低速の軽車両が往来している。
二人のうち一人は四フィート八インチの少女で、もう一人は、それより半フィートほど背が高い少年である。二人の脇では、それぞれ一人ずつフードを目深に被った人物が手を引いている。フードの人物たちは、どちらも二人より一フィート以上、背が高い。
「お兄様。わたしたち、どこへ行くのかしら?」
「わからない。楽しい場所でないことは確かだろう」
この様子からわかるように、二人はこの港町ダウンタウンの者では無い。
今日は、二人が通うハイスクールの春学期最終日であり、明日からは夏休暇に入るところであった。しかし、執事が待つ迎えの車に向かう途中で、ただいま手を引いているフードの二人に連れ去られたのである。
四人が橋を渡ろうとしたところで、メガホンを肩に提げ、マイクを片手にしているビーバー耳の人物が、アナウンスを始める。
『橋を上げますので、止まってください。まもなく、船が通行します』
アナウンスと同時に、踏切のような黄と黒の縞模様の遮断機が下り、橋に向かう人々は足を止め始める。
「チャンスだ!」
小声で呟くと、ウサギ耳の少年は、グルッと大きく前から後ろに腕を回し、自分の手を引いている人物の手を振りほどき、次いで、少女と、その手を引いている人物のあいだに割って入り、手を引いている人物の鳩尾へと体当たりをかます。
「逃げるよ、アリー」
「えっ?」
「走って!」
「コラ、待て、小僧!」
少年は、事態を飲み込めていない少女の手を引いて走り出す。だが、手を振りほどいた人物が追いつき、少年を捕まえて羽交い絞めにする。跳ね橋の方からは、チキチキと鎖を巻き上げる音がし始め、徐々に勾配になっていく。
「先に行け! バーを潜って飛び越えるんだ」
「でも、お兄様が」
「早く!」
「わ、わかったわ。絶対、あとで来てよね」
少女は、いつもの少年と違った鬼気迫る雰囲気に圧倒されるがまま、たもとに集まっている人物のあいだを抜け、一目散に橋へと駆けて行く。
「逃がすか!」
『あっ、困りますよ、嬢ちゃん。危ないから、戻りなさい!』
片手で腹を押えながら、さきほど体当たりをかまされた人物はよろよろと立ちあがり、少女を追いかけようとする。だが、人波に阻まれ、思うように先へ進めない。
その間にも、少女は小柄な身体を屈めてバーを潜り抜け、傾斜が急になっていく橋板の上を駆け上る。
そして、華奢な身体に似合わぬ跳躍力で踏み切ると、向かい側の橋板へと飛び移り、つんのめりながらも、橋を渡りきることに成功する。
「今すぐ橋を下ろせ!」
「無茶を言ってはいけません。このタイミングで橋を下ろしたら、間違いなく船と衝突します。船が通過するまで、ここで待ってください」
「くっ。計算が狂った」
少女の手を引いていたフードの人物は、ビーバー耳の人物から離れると、背後から少年をガッチリと捕まえているもう一人の人物に近付き、周囲を憚るような小声で告げる。
「作戦変更。先にアジトに向かう」
「了解っす。――残念だったな、坊主。大人しくしてりゃ、痛い目に遭わずに済んだってのによ」
フードの人物たちは、両端から少年の腕を片方ずつ抱え上げると、宙に浮いた両足をばたつかせて精いっぱいの抵抗する少年を無視し、踵を返して来た道を戻って行った。二人が何をする気かはわからないが、少年にとって愉快なことでないことだけは確かであろう。