2150年 7月15日-7
「おい、何事だ!」
ふと、兵舎の方を振り返ると、わらわらと第四独立小隊の面々が集まってきていた。そのうち何人かは、フェンスの穴から柊人の方向へと詰め寄ってくる。
──爆発音を聞きつけたのだろう。さっき、フェンスを破壊した時の音を。
柊人はきびきびとした動作で丘を降りた。
丘の下に集まってきていた人間の数は、ざっと20人を超えていた。既に任務から戻ってきていた一班と、二班の片割れ。それに、任務へと加わっていなかった一等兵、二等兵が数人だ。
「水無月上等兵。何があったのか、説明してくれない?」
ふと。集まってきていた、言わば野次馬をかき分けて、声が通った。それに呼応するようにして群衆が割れたので、発声者が明らかになる。
それは女性だった。黒い髪を肩甲骨の辺りにまで伸ばしており、その端正な顔立ちは、アメリカ人やイギリス人のそれではあり得ない──和顔そのものである。
その容姿に、柊人は一瞬、ほんのごくわずかな間のみ、面食らった。
まさかこの部隊に、同じ日本人が──それも、女性が入隊しているとは思っていなかったのだ。一時期まで、少子・高齢化の一途を辿っていた日本人は、今や、世界における希少種である。尤も、現在では、「大戦」の影響で増えつつあるのだそうだが。
「はい。あー、えっと……」
言葉を返そうとしたところで、柊人は言葉に詰まった。彼女は柊人のことを知っていたようだが、彼は、相手の名前を知らなかったのだ。
それを、彼女は察してくれたようで、吃る柊人の言葉を遮るようにして、名乗りを上げてくれた。
「黒崎 圭子兵長。これでも、有名な方だと思ってたんだけどな……」
そう言って苦笑する彼女に名乗りを返してから、柊人は、再び口を開いた。使う言語は、周囲の人間も考慮して英語にした。
「俺は、ついさっきまで、アリサ技術少尉と、このプロテクターの作動確認のために、外へ出ておりました。ちょうど、この場所に、です」
そう言い切ってから、ふと、彼は、自分が拳銃を手に持ったままで、しかも、バイザーを下ろしたままで話していたことに気がついた。
取り敢えず拳銃をしまい、バイザーを上げてから、柊人は再び言葉を紡ぐ。
「そこで、襲撃を受けたんです。あの──丘の上から」
そう言って、彼は、さっきまで立っていた、小高い丘を眺めた。その視線の方向には、破壊されたフェンスがある。
(とんでもないことをしたな、俺は)
うっすらそんなことを考えつつ、彼は、
「そこのフェンスは、その襲撃者を迎撃するために、俺が手榴弾で破壊しました」
と、包み隠さずに事実を言った。
「迎撃するために、ねぇ」
黒崎兵長は、それを聞いて目を細めた。
フェンスというのは、前線基地の防御の要のようなものだ。それを破壊されたのだから、いい気分はしまい。
「襲撃者は、ゴーグルをかけた男でした。軍服のようなものを着ていた──」
「ようなもの?」
思わず、黒崎兵長が訊き返す。
「はい。それは軍服と言うより、法衣のような意匠でした。動きやすそうではありましたが……色は黒っぽかったです」
それを言い終わると同時、野次馬が、僅かにそのざわめきを増した。
「おそらく──「ファシット」が擁する軍の兵士でしょう。尤も、かつての彼らの軍服は茄子紺色でしたが……」
ファシット本国は、宗教大国でありながら軍事国家でもあった。その軍は、兵員の数こそ少なかったが、精鋭揃いであり、中々降伏しなかったので、結果として、ずるずると戦争の期間が長引いてしまったのである。
しかし、最終的に、国家としてのファシットは敗北した。敗因は──教団内部での反乱と、兵器の枯渇だったとされている。
その後。ファシット国軍は、陸も海も空も、等しく解体された。指揮官の殆どは裁判にかけられ、事実上、彼らは再起不能になったのである。
──だが。戦争の首謀者である、ファシットの総督であり2代目の教主でもある男、モレコラ・ディヴェルサ閣下は行方知れずだ。その上、同じように行方不明になっている人間は決して少なくない。
その軍隊の軍服を着た男が、前線基地を襲撃した。それは、今も世界各地で頻発しているという、テロの一つであるという可能性もあるが、それは希望的観測に過ぎないだろう。
あれだけの立ち回りができる人間が、技能的には一般市民である「テロリスト」であるわけがない。柊人はそう思っていた。
「──最終的にそいつは、銃創を負って、どこかへと去って行きました。手懐けた四足獣型の背中に乗って、です」
「ありがとう、水無月上等兵。情報提供はもう大丈夫だから、行って構わないわ」
その言葉を受け、彼は安心したように、その場を去っていく。