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第四独立空挺小隊作戦記録  作者: 大月櫂音
「記録:シリウス抗争」
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2150年 7月15日-5


「ええと、それで。プロテクターとは、結局、何なんですか?」


 自己紹介が済んだところで、柊人はすかさず、胸中の疑問をアリサへとぶつけた。


「あ、はい。そもそもプロテクターとはですね……」


 質問してから、彼は半ばで少し後悔した。彼女は技術屋でこそあれ、大学の講師ではないのだ。柊人のような、専門知識のない人間に、分かりやすくものを説明する能力があるとは限らない──。


 そして、柊人は、その話ぶりで確信した。アリサに、「分かりやすい説明」をする能力はない、と。


「アリサ技術少尉」


 咳払いをしてから、荒次郎は言いづらそうに、その名前を呼んだ。


「というわけで、兵器とは一見関係ないように見えるクオリア分野に意識を向けることこそが──あ、は、はい、何でしょう?」


 アリサは話を中断してから、バツが悪そうに、荒次郎の言葉を聞き返した。


 おそらく彼女自身、このように話を遮られた経験が何度もあるのだろう。少し顔を赤くしている。自分が喋りすぎたことに気づいているのだ。


「それについては私から説明させてくれ。できるだけ手短に済んだ方がいいだろう?」


 そう言われてしまうと、アリサも引き下がるしかない。「は、はい。すみません」と、少し萎れたような声を出し、わきに寄った。


「水無月上等兵。君は、「技術到達点」については知っているね?」


 荒次郎の言葉に柊人は「はい」と返し、言葉を続けた。


「中学校で習いました。2030年代初頭から始まったという、科学の躍進の停滞のことですね?」


「そうだ。そこを境に、あらゆる技術開発は歩みを止め、人間は既存の理論や技術に頼って生活せざるを得なくなった」


 技術の躍進が期待できなくなった世界。それでも回り続ける世界。──そんな状態。大戦が勃発したのも、無理からぬことだったのだろう。人間社会は、常に、技術の躍進とともに発展してきた。


 それが止まったのだ。いずれ、正気でいられなくなる者が出ても不思議ではない。


「50年代に提唱され始めたこの理論だが、その理論を目の当たりにした当時の人間は、それはもう焦りに焦った。特に中国なんかは、10年ほど国の総力をあげて、技術に満たされていた世界の再興に躍起になっていたが──それも、結局は上手くいかなかった」


 そのことは、柊人も知っていた。技術の発展こそ実現できなかったものの、そのおかげで中国の学力水準は更に上がり、かねてより問題になっていた貧困層も、啓蒙化の流れによって、減少しつつある、と、歴史の教科書に書いてあったからだ。


「技術到達点に明確な論証はない。しかし、その絶対性だけは確実だ。それは、中国の10年間が証明してくれている」


 技術到達点は、絶対だ。耳にタコができるほど聞いてきたその言葉を、柊人は今一度心の中で反芻した。


「──しかし。その技術到達点を、突破できるパンドラの匣が、この世界には存在していたのだ。それが何か、分かるかね?」


 流石に、それは分からなかった。それで「分かりません」と短く答える。


「人間の脳だ。我々の脳は、無限の可能性を秘めた(はこ)だったのだ」


 それに対し、それはちょっとニュアンスが違いますよ、などと言うアリサを遮りつつ、柊人は言葉を返した。


「人間の脳は一割程度しか使われていない、という、あれですか?」


「ウィリアム・ジェームズだな。有名な話だが、そういうことじゃない。大体、あれはかなり前に否定されているものだろう」


 論者の名前含め、そんなことなど知らなかった柊人は、ただ驚くのみだ。他にどう反応していいのか、彼には分からなかった。


「プロテクターは、人の「意識」とか「精神」だとか言ったものに働きかける。その一方で、我々の意識も、プロテクターの方に働きかける。その相互の関係こそ、プロテクターという兵器の本質だ」


「──そう、だったんですか」


「プロテクターは、装着者が見ているものの「動く方向」を、そのバイザーに表示する」


 銃弾の飛んでくる方向は、トリガーに指がかかっているかどうかで判別し、それ以外は、予備動作を読み取って表示する、と、荒次郎は付け加えた。


「しかし、そのプロテクターが対象にするのは、視界に写っているもの全てだ。それらの情報全てを、普通の人間が処理できる筈がない」


 確かにそうである。見えていても、その情報が活用できなければ意味がない。


「ーー普通の人間ならば処理できない。では、どうすればいいか? 答えは単純だ」


 そこで、荒次郎は、自分の頭を指でこつこつと叩いた。


「普通の人間を、普通でなくすればいい。脳に刺激を与えてな」


(──刺激……? それって、つまり……)


「電気ショックって……ことですか?」


 呆然として、柊人はそう問いかけた。


「おっと、言い方が悪かったかな。電気ショックじゃない。あー、なんと言ったらいいか………」


「プロテクターは、人間の脳波に、力動的に影響を与えます。それは「ショック」ではなく、「調整」に近い作用となります」


 言葉に詰まった荒次郎に、すかさずアリサが付け足す。今度の言葉は幾分か分かりやすかった。


「脳波に人為的な「波」をぶつけ、そこから、人間の脳を活性化・変容させるのが、プロテクターのもう1つの役割なのです」


「──変容?」


 何やら物々しい単語が出てきたので、再び不安になって柊人は問いかける。


「そうだ。──プロテクターによって、その装着者の脳は変化し………平たく言えば、バイザーに映った情報をすべて的確に処理できるようになる」


 その言葉に、柊人は息を呑んだ。


 日本で受けた情報処理訓練は、そのためのものだったのだということを、彼は今、悟っていた。


「人間の持つ「無視」の力を利用するんだ。バイザーに映った情報の中から、不必要、と、装着者が思った情報を完全に無視できるようにする──。それが、プロテクターのもう1つの性能だ」


 「無視」の力というものは、人間の意識の中にありながら、相当に強いものである。能動的には使えない力ではあるが、それでも、ひとたび完全に無視した存在が、その人間の自我や意識に影響を及ぼすことはない。


「当然、脳への負荷はある。いくら劇的な変化をさせないとはいえ、普通ならできないことを、機械の力で無理矢理にやっているのだからな」


「──それじゃあ………」


 プロテクターとは、リスクの大きい、危険な兵器なのか、と。そう問いかけようとする柊人の言葉を、続いて出た荒次郎の言葉が遮った。


「そこで登場するのが「適合者」だ。人間の中には、プロテクターによる脳波調整で、負荷を受けづらい体質の者が居た。その者を指して、我々は「適合者」と呼んでいる」


 漸く、タグの要素を全部作中に出し切れました。

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