2150年 8月3日-3
「──ゲイレルル?」
ファシット要塞外周、A-3エリア。そこの防衛任務に付いていたレイヴは、ふと、強襲に赴いた友人の名前を呟いた。
彼は、大して気温も低くないのに、その背筋に悪寒を感じていた。それは、日本では「虫の知らせ」と呼ばれる、五感以外の、人間に備わった超感覚による作用であるらしかった。
強襲任務は、その形式上、白兵戦にもつれ込むことが多い。だから、実際のところそれは、兵員の損耗率が高い、危険な任務ではある。
レイヴは、つい二日前の任務で死んだ仲間の顔を思い出し、次いで、その最後の言葉を思い出した。
(あんなことは……もう、二度と──。だから、無事で帰ってきてくれ、ゲイレルル)
悪寒を振り払うように、レイヴは頭を振ると、再び、顔を上げた。
ー◇◆◇ー
結局、ファシット陸軍の歩兵小隊二隊(片方は分隊だが、小隊規模の人数である)による強襲は、部隊の全滅、という形で、失敗に終わった。
二隊のうち一隊は、「ヴァルキリー小隊」から人員を引き抜いた、エリート部隊だ。第一旅団第四小隊も苦戦はしたが──第二歩兵大隊が支援に追い付くと、その状況は逆転した。
防衛任務が成功すると、柊人たち第四小隊は、そのまま、乗ってきた輸送機で、A-3エリアの強襲任務へと向かった。輸送機は、少し進んだところにあるD-3エリアへ着陸させた。防衛が成功したので、そこのエリアも使えるようになったのである。
「強襲任務についてだが──二日前、我々、第一旅団の第二大隊麾下、第二中隊は強襲に失敗した。そのため、敵の防衛も以前より強固なものになっている。そこで、だ」
言い、荒次郎は手元の端末を操作した。それに呼応し、柊人たちのBAPにウィンドウが立ち上がる。
「昨夜急拵えで作成してもらったA-3エリア研究施設周辺のマップだ。見ての通り正面、背面のルートは堅固な防衛体制が敷かれているが、隙もある。そこに示されているのは10の侵入経路だ」
それは地形を活かしたルートだった。高低差も大きく、入り組んでいるが、踏破できない道ではない。
「道は狭く、とても一部隊を丸ごと動かせるだけの空間はない。そこで君たち一班には、二人一組になり、バラバラな方向から、敵研究施設を強襲してもらいたい。
真正面──最も警戒が集中していると思われる道筋へは、私と二班と歩兵戦闘車、そして、第二大隊麾下の第三中隊──「BAP試験部隊」で攻め込む。だから、それ以外のルートで、君たちには進行してもらうことになる」
防衛連合は、何も、強襲を、第四独立小隊だけに任せる気はなかった。防衛に赴いた第二大隊の中から中隊を引き抜き、強襲に当たらせている。
──そして、その指示に不平の声は上がらなかった。実際、そうでもしなければ、敵の目は欺けない、と思ったからだろう。
「チームは事前に作っておいた。ヘッドアップ・ディスプレイに表示されているのが君たちのバディだ」
そう言われ、柊人は、自分の右隣に座る男を見た。整えられた金髪に、装弾数の多いアサルトライフルを持った男──ジョンである。
「一蓮托生、ってわけだ。宜しくな」
「よろしくお願いします、ジョン上等兵」
さらりと言葉を交わし終わると、丁度、荒次郎が次の言葉を言った。
「──君たちの健闘を祈る。降下は、今より5分後だ」
五分。その時間は、短いはずなのに、柊人には何故か長く感じた。後になって思い出してみても、あの時間は特別だったように感じるのだ。
ー◇◆◇ー
「──敵の数は……4ってとこだな。拍動から察するに、虫が一匹、四足獣が二匹で……ちょっと離れたところに、獣兵型が一匹だ」
スラスラと、ジョンは、自分が「異脳」で感じた情報を羅列した。それは、今、彼らが身を潜めている岩陰からは確認できない筈の、敵の情報であった。
「アルファは率先して倒す。で、次は獣兵型だ。奴は炎を吐くらしいからな。四足獣の次に厄介だ。狙撃で二匹を倒したら、姿勢を低くして獣兵型を倒せ。そん時は、オレが手榴弾を投げる。いいな?」
作戦を立てたのは、最初から最後までジョンだった。しかし、柊人はそのことには、別段不満はなかった。
心配だったのは、獣兵型への対処だ。それは他の生体兵器とは系統が違う。それに会敵の経験も少ない。
「分かりました」
「よし、それじゃ──っと、待った。柊人、お前、ちょっと、これ預かっててもらえるか?」
そう言ってジョンが投げて寄越したのは、手榴弾だった。ずしりと重いその感触を吟味してから、柊人は口を開く。
「なんですか、これは?」
「いや、手違いでよ、手榴弾が余っちまったんだ。バックパックにでも入れといてくれや。頼むな」
その言葉に何を返すでもなく、柊人はそれを、バックパックへとしまった。BAPに備え付けられてあるバックパックは特別性で、側面部のスイッチを押し込むと、特定のポケット内の物体が落ちてくる仕組みになっている。
「それじゃ、3カウントで行くぞ。3……2……1ッ!」
次の瞬間、岩陰から僅かに身を乗り出したジョンは、フルオートで、打ち合わせ通りにアルファを狙撃した。柊人も、それに続いて狙撃を敢行する。
それで、虫型が彼らに気付く。しかし、その瞬間には、二人は岩陰から飛び出していた。その足で地面を蹴り、ガンマへと肉薄する。
「俺が撃破する! お前は、向こうのベータを──」
その言葉が最後まで紡がれる直前。ふと、柊人は、この状況においては場違いな「心の声」を聞いた。それにより、ジョンの声は遮られる。
『敵だ……やれ、エータ・ワン!』
それは、前線基地に攻めてきた赤髪の男──レイヴの声らしかった。
柊人は刹那に、レイヴの持つ「力」のことを思い出していた。あれは連隊で「異脳」と呼ばれているそれのようだったが、とにかく、そのことを連想していたのだった。
──それは、他の生命体と「接続」する力。生体兵器に命令を下し、指揮をすることを可能にする能力。
その男が、「エータ」へと命令を下した。この状況で、まるで、狙ったように。
(エータ……新型か──?)
柊人がそんな思考を浮かべた瞬間。ふと、ジョンが「感知」したという、岩陰に潜んでいたシリウスの姿が、その視界へと飛び込む。
──それは、二足で立つ異形の化け物、「獣兵型」ではなかった。
しかし、大部分は、ベータと同じ体だ。──違うのは、その腕。
──その腕には、ゴツゴツとした、無骨で不自然なもの──「盾」がある。それはアルファの鎧のような外付けの装備ではなく、DNAに刻み付けられた生体機構のようだった。
(荒次郎小隊長が遭遇したという──「盾持ち」生体兵器………ッ!)
獣兵型ではない、獣戦士型。柊人は、一瞬、らしくなく戦慄した。
しかし、そんな彼などおかまいなしに、ジョンは、ガンマを素早く倒すと、その勢いで、手に持っていた手榴弾のピンを抜き、獣戦士型が居る方向へと投げつけた。──ピンを抜いていたので、彼はまだ、自分が倒そうとしている相手が、ベータだと勘違いしている。
「なんだ、あれ」
ジョンは、間の抜けた声を刹那にあげた。しかし、直ぐにその顔を引き締め、再びライフルを構えてフルオートで掃射を繰り出す。
柊人も、同じように弾幕を張っているが──それでも、獣戦士型には全く応えていないように見えた。それもその筈である。奴は、その腕に付けた盾で、銃弾の全てをガードしているのだから。
──と次の瞬間。エータの手前で、投げた手榴弾が爆発した。轟音と衝撃が辺りに撒き散らされ、エータへと、確実に衝撃を伝播させる。
「──え」
──だが、それだけだった。エータは、それだけの衝撃を受けても尚、生きている。悠然と立っている。
刹那。「それ」に気付けたのは、柊人だけだった──のだろう、きっと。そう思わなければ、やっていけない。「気づいていた」のだとすれば、それは途方もなく残酷なことだ。
その瞬間。エータの口から、僅かに、「炎」のようなものが漏れた。そのことに柊人が気付き、叫ぶよりも早く、「現象」はやってきた。
そいつの口から──唾液に包まれた、「火炎球」が、射出される。
それは、ベータに備わっている機構の一つだった。体内で炎を生成し、それを球体にして、放射する──。
瞬間。
飛来した火炎の球は、まっすぐに、残酷に、非情に、悪魔的に、しかし、確実に。
BAPをまとったジョンの体を、灼いた。
(嘘だ)
爆音と衝撃が、遅まきながら襲ってくる。生暖かい風が、柊人の体を打つが、そんなことも構わずに、彼は前進する。
(そんな──そんなこと)
向かう先は、ジョンの方向。
(そんなの、嘘だ)
ジョンのところまでは、ものの数秒で到達出来た。さっきまでの元気が嘘のように地面に伏せるジョンを、柊人は素早く屈んで抱く。
──その体は、未だに熱を持っていた。とんでもない熱だ。熱耐性に乏しい柊人のBAPはその熱に耐え切れず、内部の手を火傷させてしまった。
それでも、柊人はジョンを抱くことを止めない。
『柊人……もう、いいよ………ありがとう、オレは、大丈夫だからさ』
ふと。そんな声が聞こえてきたので、柊人は目を瞠った。それは、ジョンの「心の声」だった。戦場に生きる上等兵の、最後の声。
『いつか言ってた、「真の兵士」──あれが今、分かった気がするよ。オレも、お前も……そんな大層な兵士じゃないな、きっと──』
うわ言のように、胸中で、ジョンは繰り返す。それに、柊人は何も答えられない──。
『凄く怖いんだ……柊人……このまま……このまま、オレは──』
彼の顔は、能面のように無表情だった。それは、何も感じていないようにも、そして、途方もない悲しみを、自分の全ての力を使って封じ込めているようにも見えた。
『お前は、戦い続けろよ。──オレ……みたいに………なるな…………よ』
──次の、瞬間。
こくり、と。ジョンの首が、力を失ってうな垂れた。バイザーに隠されて柊人からは見えないものの、その目蓋が、ゆっくりと、しかし、確実に閉じていく。
『……………』
沈黙。刹那、全ての音が、高原から消える。
──ひどく冷たい、風が吹いた気がした。




