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第四独立空挺小隊作戦記録  作者: 大月櫂音
「記録:シリウス抗争」
31/50

2150年 8月3日-1


 ──その日は、エフライム伍長の怒鳴り声から始まった。それは、兵員を起こすために発された声だった。以前から言われていた、ファシット要塞外周A-3エリアの研究施設への、合同強襲作戦当日。悠然と進行が行われるはずのその日、前線基地は、緊張感に包まれていた。


「──くそ、惜しいな、こいつを置いていくなんて」


 早めに起きていたジョンが毒づく。その手には、文庫本が握られていた。どうやら、本を読みかけていたらしい。中途半端なページが開かれている。


 彼は逡巡してから、しおりをそのページに挟み込み、ベットから降りた。


 ──置かれた本は、繰り返し開かれて折れているからか、どこかくたびれて見えた。


 ー◇◆◇ー


「本日、君らを叩き起こしたのは、緊急を要する事態が発生したからだ」


 第四小隊の人員を全て叩き起こし、整列させた上で、荒次郎は、淡々とそれを告げた。


「かつての「大戦」後──解体されたはずのファシットの軍が、我々の占領地であるD-7エリアへと進行している。当エリアにはかねてより、生体研究所の建設が予定されていた。だが、逆に占領されてしまえば、そんな計画も水泡と帰すだろう」


 逼迫したファシットが、防衛連合の研究所を奪取する。それはあり得ない話とは言えなかった。だから、Dエリア全域には、警備の兵士が張っていた。


 ──しかし、その兵士では、ファシット残党軍には対抗できなかったのだろう。柊人はそれを悟った。そうでなければ、わざわざ、進行任務を控えた第四小隊が叩き起こされることなどない。


「そこで君たちには、至急、Dエリアへと行き、第二大隊が支援に来るまで、向かってくるファシット陸軍を迎撃してもらいたい。彼らの到着と同時に、我々の任務は強襲作戦へと移行される」


 第二大隊。それは、中国に駐屯していた第一旅団の部隊であった。圧倒的な規模と戦闘力を誇る、即応起動連隊の中核を担う部隊である。第一大隊や、特殊部隊としての性格を持つ柊人たちの第四独立空挺小隊などとは違い、大規模な制圧任務などをあてられることが多い。


 尤も、その大隊に属する中隊が、ファシットに返り討ちにされたということを、柊人はまだ知らない。


「これが強行であることは、否定しようがない事実だ。──しかし、防衛連合の興廃は、ここにかかっているのだ! 失敗は許されない……総員、気を引き締めてかかれッ!」


 その演説のような激励は、緊張していた空気を更に張りつめさせた。しかし、それで、兵士が動けなくなる、などということはない。むしろその逆──彼らの目には、闘志や希望といったものがみなぎっていた。


 ー◇◆◇ー


【第四独立小隊、降下します!】


 通信回線にそれだけ叫んでから、柊人達第四独立小隊一班は、D-7エリアへと降下した。そこは元々、研究施設や工場などが立ち並ぶ工業・科学的なエリアだったので、着地地点には僅かに苦労したが、それでも、比較的すんなりと着地することができた。


 降り立つと、事前に指示されていた陣形へと固まり、全員が銃を構える──それは臨戦態勢であった。


 第四独立小隊が降り立った地点には、防衛任務に当たっていた、第六旅団の第一小隊が控えていた。第六旅団は訓練兵の配属される旅団だ。防衛は、そんな彼らに課せられた「研修」のようなものなのだった。


 今、彼らが立っているそこは、比較的後方にある防衛ラインだった。最前線では、第六旅団の中隊規模の部隊が防衛に励んでいるが──それも、いつまで保つか分からない。


 柊人はそんな中で、首筋のスイッチを押し込んだ。そうして、「異脳イノヴァツィオーネ」を発動させる。


『聞こえるかい? こちらは「ヴァルキリー」隊のゲイレルル。三秒後、フラッシュグレネードを投擲するから──その隙に、一気に乗り込んでくれ!』


 ──とその瞬間、柊人の脳裏に、そんな声が響いた。それは、今この瞬間に管制をしている、敵士官の「心の声」に他ならなかった。


「全員──目を閉じてくださいッ! フラッシュグレネードだ!」


 柊人は動揺せず、頃合いを見て理性的に叫んだ。しんとした空気に、その声が響き──円柱状のフラッシュグレネードが投擲された。それは放物線を描き、やがて、第四小隊の陣形の手前へと落下する。


 それは、静かに爆発した。人を殺傷するものではないので当たり前だが、光を撒き散らし、その役割を終える様は、音こそ小さいが、いっそ華々しいように思えた。


『突撃ーーーッ!』


 それは、指示のようでいて、恐怖を紛らすための絶叫のようでもあった。


 兎にも角にも、その声を受けたのであろう、ファシット残党軍兵士は、身を潜めていた物陰から身を乗り出し、第四小隊を強襲した。


「白兵戦には持ち込ませるな! 意地でも、距離を維持して倒せッ!」


 荒次郎の声が響く。彼は、本来ならば動揺してしかるべきこの状況においても、全く動じていないようだった。


 そんな彼の元に、小隊規模の兵士達が殺到する。彼らの民族は様々であり、持っている武器もまた、多種多様なものであったが、しかし、その目に灯る「覚悟」めいたものは共通していた。


 柊人達は、経験に乏しかった対人戦に戸惑いつつも、その手に持った銃で、プロテクターさえ装着していないようなファシット残党軍兵を撃ち抜いていく。


(一人…三人……五人………)


 胸の奥から微妙な感慨がこみ上げてくるのを無理に無視し、彼は小刻みにトリガーを引く。その射撃は、照準こそ正確なものの、急所を的確に射抜けていない、不出来なものだった。


 ──と、そんな中。何やらぶつぶつと、呪文めいたものを唱えていた、後方の兵士が、全速力で彼らの方向へと肉薄してきたので、緊張感は一気に高まった。


 これは、かつての「大戦」で頻繁に見られた、戦線をこじ開けるための最終奥義であった。現在でも、各国で多発しているテロにおいてこの手法が用いられているので、軍でも、訓練の中で注意喚起を繰り返している。


 それは、「特攻」だった。見ると、その兵士は身体中にプラスチック爆弾を巻きつけている。──どこからどう見ても、死ぬ気である。


 だが、それはただの死ではない。特攻は、軍隊の活路を切り開くためにある。この距離で、あれだけのプラスチック爆弾を受ければ、連隊は甚大な被害を被るだろう。


【奴を止めろッ!】


 エフライムの指示が、通信を介して戦場へと響く。しかし、第六旅団第一小隊の反応は、こと戦場において致命的なほどに緩慢だった。彼らには、大戦時並の経験も、十分な戦闘訓練もない。──対処しろという方が無茶だった。


 次の瞬間。最前線に張っていた第六旅団第一大隊の中央で、大規模な爆発が発生した。


 ──轟音、次いで、衝撃。その爆発は、彼らの着込んでいたプロテクターを貫通し、そして、そのまま絶命させた。


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