受付ちゃんのお休み 4
お昼ご飯代わりの焼き鳥を完食し、食後のココアを飲んでいる。
雪だるまはおしりぺんぺんされたらしく、丸っこいお尻が赤くはれていた。あれ、痛いんだよねぇ。私もされたことあるからよくわかる。
「そういえば、私に何の用だったのですか?」
休みの日で、部屋でグダグダしてるだけだったので、別に構わないのだが、呼ばれた理由は何なのだろうか。雪だるまのせいでグダグダになっている。なんか無性にイラっときたのでうつ伏せでうめいている雪だるまのおしりをぺチンとはたく。あふん♡ と雪だるまは変な声を出した。
「竜争祭の断食の後に別のお祭りをする、という相談ですよ」
「お祭りですか?」
断食の後、何かするというということは今までなかったはずだ。せいぜい神父さんのために消化のいいものを作っていた程度の記憶しかない。
「どんなお祭りですか?」
「恋人たちの祭典、聖バレンタイン祭です!!」
うつ伏せになった雪だるまが尻尾を振りながら答える。表情は見えないがきっとどや顔をしているんだろう。
「聖バレンタイン……聞いたことないですね」
聖と頭につくのは、聖職者で何か偉業を達したものに与えられる偉い人、聖人の称号である。といっても聖人というは歴史をひっくり返せばそれなりに数がおり、神父さんぐらい博識ならまだしも、私程度では知らない人はいっぱいいるだろう。
「聖バレンタインは、兵士さんたちの結婚をこっそりしてあげて殉職した聖人だよ。時の暴君ルキウス帝が、兵士さんの婚姻を禁止したんだけど、それを哀れんだ聖バレンタインが、兵士さんを結婚させてあげてて、ばれて処刑されたっていう人だね」
「おお、恋愛に関係しそうな聖人ですね。神父さんご存知ですか」
「寡聞にして知らないですね」
「知らないと思いますよ。10年ぐらい前にでっち上げた聖人ですから。私が」
「雪だるま何やってるの!?」
こいついつもやらかしていると思っていたけど、聖人のでっち上げまでやらかしているらしい。
あまりにフリーダムすぎて頭が痛くなってくる。
「でもちゃんと、竜神教で叙聖されたし、セーフ!!」
「本当に何やったの……」
「私の深謀と労力、聞く?」
「聞かないでおく……」
「残念」
尻尾がしょんぼりする雪だるま。聞いてほしかったのかもしれないが、そんなやばい話しらないに限る。それよりも新しくできたお祭りの話だ。
「で、具体的にどんなことやるのよ。恋愛関係の話だってことは分かったけど」
「基本的には、好きな相手にチョコレート系のお菓子をプレゼントしましょうっていうのが一つ。だから出店を出すよ。あとは竜神様と竜后様に仮装して、カップルに祝福を与えるのが一つ、だね。竜神様と竜后様の話は知ってるでしょ?」
「ええ、それになぞらえるのね、ちょっと時期が違う気がするけど」
「細かいことは気にしないの」
竜神様とその妻である竜后様の出会いは、悪い竜を竜神様が倒した直後である。悪い竜がさらって囲っていた女性がのちの竜后様であり、竜神様が助け出した後、紆余曲折あって結婚したと、神話ではなっている。その逸話になぞらえて、祭りでは竜神様と竜后様に仮装して、祝福を与えるなんてことをするのだろう。
「ふーん、それで、私は何すればいいの? チョコレート菓子なんて作ったことないからレシピないと作れないけど…… レシピと材料あれば、子供たちと一緒に作ってもいいよ」
「レシピと材料は準備してるし、それの監督も手伝ってほしいんだけど……」
「だけど?」
「受付ちゃんには竜后様の仮装してほしいんだよ~」
「は“? なんで? むりでしょ?」
「むりじゃないよー」
「というか竜神様は誰がやるのよ。祝福与えるなら神父さんしかできないじゃない」
「そっちは私がやるから大丈夫」
「いやいや、ちょっとまって!!」
「帝都ではコンテストやって一番に選ばれた人が竜后様やるけど、受付ちゃんかわいいから普通に大丈夫だって!!」
「余計ハードル上げないでよ!?」
竜后様は、悪い竜がさらって、竜神様が一目ぼれするぐらいの絶世の美女だったという話である。帝都でコンテストを開くのもわからないではない。ただ、そこに私が似合うかというと、全く無理だろう。
「というか私薄汚れてるしー、引きこもりだしー、カビ生えてそうだしー、出会いなさそうだしー、チョコレートケーキ食べられなかったしー、そんなのに竜后様とか無理でしょ」
「すごい根に持っていらっしゃる!? あとチョコレートケーキ食べたかったなら言えばよかったじゃん!?」
「うるさい雪だるま。パクパクと飯食いやがって、そんなに食ってると肥えるんだよ。ほらっ!!」
「にぎゃあああああ!!」
肉付きの良い雪だるまの尻に腰を掛けてやると、雪だるまは悲鳴をあげた。ふん、人のことを引きこもりとか、出会いなさそうとか、好きかって言ってくれた罰である。
「まあまあ、エリスさん。私もエリスさんがいいと思いますよ。見た目的にも十分あなたは魅力的です」
「神父さんぐらいですよ。そういってくれるのは」
「わたしは!?」
「お前は私の悪口しか言わないだろうが!!」
「いぎいぃぃぃぃぃ!!」
雪だるまに後ろからのしかかってやはり肉付きの良い頬っぺたを横に引っ張る。びろーんと柔らかい頬っぺた伸びた。
「仲が良いですね二人とも」
「これが仲が良く見えますか!?」
「にゃあああああああ」
「ええ、そうですね。まあ話を進めましょう。今からほかの竜后様役を見繕うのはなかなか難しいですから、エリスさんが一番適任ですよ。竜神教の祝詞を詠める女性は多くないですし、その中で派閥などにも属していないですしね」
「ああ、なるほど」
いまから祭りの主役を探すとなったらおそらくもめる。街の中にもいろいろ派閥があるし、あっちを立てればこっちが立たず、となりかねない。さらに、この街の多くの人は大地母神の信者であり、竜神教の祝詞が諳んじられる人は多くない。その点私は冒険者ギルドで引きこもりをしているという浮いた存在であり、ある意味アンタッチャブルなのでちょうどいいのだろう。竜神教の祝詞も詠めるし。
「仕方ないですね、お引き受けします。衣装はどうすれば?」
「それはアンジェさんが用意してくれるとのことですよ」
「ちゃんとした帝国の正装のドレス、準備してあげるからね! これで受付ちゃんもお姫様に!!」
「よかったですねエリスさん、お姫様になれて」
神父さんが生暖かく見守る目線で私を見ている。
なんか結局うまく丸め込まれたなぁ、と思いながら、私は半分冷めたココアに口を付けた。