滅びの砂時計4 ダゴドン・ファイナルウォーズ
当作品は、【滅びの砂時計】の続編です。
一本目
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二本目
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三本目
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空の果てへ手が届いても、人は海中を征服してはいない。
渺茫たる宇宙においても未だに生物は観測されていないが、有限の海には無数の生物を確認している。
それならば、宇宙に知的生命体を探すよりも、海底に知的生命体を探した方が自然ではなかろうか。
空の果てよりも遠い場所、その異形は海の果てに起居していた……知的とは云い難い、異形が。
彼らがどこから来たのか、何者なのか、誰一人知ることは無い。
地球上のいかなる生物と比較しても卓越した、神通力めいた身体能力の数々を持ち合わせる。
曰く、その肉体はいかなる水圧にでも耐えられ、かつ地上の気圧にもなんら異常を被ることもない。
曰く、その爪はいかなる標的すら切り裂き、立ちはだかるいかなるものも善悪すら問うことなく薄切り肉へと転じる。
曰く、凶悪な鱗に、魚とも蝦蟇蛙ともつかない頭部は、いかなる進化の系譜にも当てはまることはないが、その影法師は冒涜的なまでに人を真似ているようだ。
何者が名付けたか、異形の名はダゴドン。
世界を食い尽くすほどの悪食が、海底に降り注ぐプランクトンの死骸の中から人間の肉を卓越した五感を以って探り出したのは一年以上前のこと。
海難事故だろうか、その哀れな死骸を食い尽くしたダゴドンは、その肉が地上に由来することを知った。
美味い肉。腐りながらも香りが海底のどの肉とも違う肉。ニンゲンを、食べ尽くしたい。
初めて上陸した夏の日に肉を食いに行ったとき、夏という季節と日本の風土によって失敗した。色々有った。上陸は頓挫した。
冬のある日には、冬という季節に起因する果てしなきアルコールの暴力によって失敗した。
春にやったときは、不可解なまでの偶発が重なり、それは失敗した。
しかしながら、それらの要因は秋には存在しない。
ダゴドンが人間を喰おうとするならば、秋という季節はこの上ない食べ頃だった。
人類絶滅の砂時計から、またも砂が落ち始めていた。
ダゴドンは半魚人というべき性質を持つが、地上での心肺機能も地上のいかなる生物をも凌ぐ。
彼らは瞬く間に地上に上がり、人間の目やカメラでは捉えることができない、風のような速さで、潮流のような淀みのなさで走り抜けた。
獲物を目指して走り抜ける。その先、彼らの獲物。爪を振るうと命が終わる。
哀れな獲物は牙に皮を引きちぎられ、その汁を滴らせる。
枝から切り離されたそれの夕日色の実は熟しきらず、堅さが残る。歯応えが歯茎に伝わり、ノドを転がるように通り過ぎる。
何個でも食べられる。一口でも食べられる。渋いものや柔らかすぎるものもあるが、この木に実った果実は最高に食べ頃だった。
柿。
秋の最強の果実のひとつであり、熟しきってからオヤツに加工したり干しても良いが、やはりモギたてを被りつく。これに勝る食べ方は無い。
その頃、海中に残ったダゴドンは、海流を断ち、そこに流れる財宝を追っている。そう、秋刀魚である。
焼き秋刀魚という最高の贅沢を知らないながらも、生噛りはそれに勝るとも劣らない贅沢である。
彼らはあまり秋刀魚にだけに熱中しているわけにもいかない、腹八分のまま海流を抜け出し、鰹の群れへと急がねばならない。
地上へ出たダゴドンたちも、柿だけで満腹になるわけにはいかない。
他にも松茸やら栗、様々なものを食べなければならない。確かに秋は、ダゴドンが人類を滅ぼせる季節であるが、そもそも、秋に人間を喰うほどダゴドンの味覚はバカではない。
卓越した体力と感覚で人類を味わったダゴドンだが、よくよく考えたら、秋以外なら人間を食べたくなる。それだけ。