57話 偵察隊の落胆
クルス達がダンジョンの階段を降りていった頃、気配を消して空からダンジョンの入り口に降り立つ4つの(以下略)……レレナ達別動隊である。
「あ~……酷い目に遭ったわ……」
早々に降り立ったレスティアは開口一番に疲れたような声を出したが、口調とは裏腹に顔は嬉しそうである。
「ねえねえお母さん、もう翼は出さないの?」
「もう十分触ったでしょ!?……まあ、また今度ね」
「っ!うん!」
「「ふふふっ」」
「あなた達……」
レスティアは執事達のとても楽しそうな笑顔に気が付くと少し顔を赤らめながら恥ずかしそうに彼らを睨んだ。
「ほら、もうクルス君達もダンジョンの中を歩き始めてる頃だし私達も行くわよ」
「ふふっ、かしこまりました。ところでそちらにいる人族はどうされますか?」
ダンジョンの近くには勇者達と一緒にダンジョン内に入らずテントを張ったり薪を集めたりして野営の準備を進める少数の騎士がいた。彼らは堂々とダンジョンの入り口で会話をするレスティア達には毛ほども気付かず、雑談を交わしながら作業を進めていた。
「別にクルス君達の障害になるようなことはないし放置でいいんじゃないかしら?」
「ではそのように」
「さっさと行くわよ」
……
「何でダンジョン内で戦争みたいな戦い方をしてるのよ……」
「あの戦いつまらないわ……」
ダンジョンに入り、クルス達のさらに後方から勇者達の戦いを見ていたレスティアとレレナは不機嫌そうにそう呟いた。
前衛が足止めをしながら敵を倒し、後衛の魔法で残りの敵を一掃するという戦い方は少人数のパーティーで戦う冒険者の間でも広く使われており、戦争などの大規模な戦闘でも用いられる汎用性の高い戦法だ。……しかし、冒険者のパーティー程の人数ならともかく、数十人がダンジョンという限定的な空間で用いる戦法ではなかった。その証拠に前衛は戦闘中に味方同士でぶつかることが頻発しており、それを嫌がった者は魔物の攻撃を避けずに剣で受け止めることでやり過ごしていた。後衛は後衛で一斉に魔法を放つせいで過剰火力になり、そのほとんどが無駄撃ちとなっていた。
「あ、終わったわ」
しかし、そんな穴だらけの戦法でも数に物を言わせてしまえば勇者達と同レベル程度の魔物の群れなど簡単に屠ることができてしまう。もちろんこんな戦い方で勇者達の地力が上がるわけがない。
「これが今回の勇者達ですか……」
「暇つぶしに見る価値もなかったわね。あーもう帰りたくなってきちゃったわ!」
「まあまあ奥様、ダンジョンから出ればすぐに帰れるでしょうから」
「アマリエがクルスと手を繋いで楽しそうに喋ってる……!ねえお母さん、もうクルスにバレてもいいでしょ!?」
勇者達のあまりにお粗末な戦い方に落胆したこともあってついに我慢の限界を迎えたレレナが今にも飛び出しそうな勢いでレスティアに問いかけた。
「何言ってるのよ。なんのためにここまで気配を……あれ?カレイドから言われたのって別動隊としてサポートをするってことだけよね……?」
「あ、そういえば……」
「坊っちゃまが余計な混乱を招かないようにと思って気配を消していましたが……特にそのような任務はありませんでしたね。……というか、普通に坊っちゃま達の前に現れれば別動隊という名目で一緒に旅をできたのでは……」
「「「……はっ!!!」」」
レレナ達が今世紀最大の過ちに気づくとともに、クルス達が"ワープ"で入った階層主の扉が固く閉ざされる音がダンジョン内に響いた。
「「「「あ……」」」」
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「ぜ、前衛は階層主の注意を引き付けろ!魔法部隊は今すぐ詠唱を始めろ!」
侵入者を不遜に見下ろす階層主の姿に気圧されていた勇者達だったが、いち早く立ち直った上官の指示にハッと我に返りそれぞれの役割を果たすべく動き始めた。しかし気圧された動揺からか勇者達の動きが鈍い。
「どおりゃあああ!」
若干の恐れを滲ませながら階層主に向かって走る前衛の中から他より大柄な勇者が飛び出した。スキルで強化をしているのか、大柄な勇者は自身の背丈程もある大剣を振りかぶりながらアスリート並みのスピードで詰め寄り階層主に切りかかる。階層主は大剣の重量とスピードが乗った渾身の一撃を放つ勇者の姿を一瞥すると、防ぐこともせずに前脚で受け止めた。
ガッ!
しかし勇者の一撃は階層主に傷をつけるどころか毛皮を断ち切ることすら叶わず硬質な音を響かせるだけに終わった。
「なにっ!?ゴボォッ!」
自身の攻撃がなんのダメージも与えなかったことに驚愕し動きが止まった獲物を階層主が見逃すはずもなく、もう片方の前脚で放った爪の一撃で無防備になった勇者を吹き飛ばした。
「昇っ!」
吹き飛ばされた勇者は地面を2回3回と跳ね、ゴロゴロと転がって漸く停止した。ピクピクと動いているので一応生きてはいるようだが、爪が当たった部分は鎧など初めからなかったかのように深々と切り裂かれ傷口からはとめどなく血が溢れ出していた。
「「「……」」」
彼我の絶望的な戦力差、そして何よりここに来るまで安全に倒せていたからこそ一度も感じてこなかった"命の危険"。逃げ場がない、助けも来ないこの部屋で、初めてそれらを感じ取った勇者達は誰もが声を発することを忘れ、ただ呆然と刻一刻と死に近づく学友とその奥で次の獲物に狙いを定める階層主の姿を瞳に映していた。
──だがそんな束の間の沈黙は階層主が動きだしたことで容易く破られることになる。
「回復魔────」
ザリッ
「「「うわああああああああっ!!!」」」
目の前を死の恐怖に塗りつぶされた勇者達に上官の指示など聞こえるはずもなく、階層主が足を前に出した瞬間、周りにいるダンコーツの騎士を押しのけ我先にと階層主とは逆の方向へ悲鳴を上げて走り出した。
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「うぇぇ……」
まあ、階層主を見た時に予想はしていたけど……ひどいね。
隣を見ればアマリエも呆れと不快が混ざったような表情をしていた。
「おい!何をしているお前達っ!」
「何だよあれっ!何なんだよ!」
「最初に見た時はただのトラだったのにどうしてっ!」
ん?最初はただのトラ……?
逃げ惑い喚き散らす勇者達の中から気になる単語を見つけた。
《本当の力を解放したとかでしょうか~?》
あり得そうだけど、それだとこの階層の難易度に合ってないような……?
『先ほどティオが言っていたことか?』
そうそう。調整が下手なダンジョンって可能性もあるけどもっと可能性が高いのは────
《その先はご主人様がからかったせいで教えてくれなかったんですよね~》
だ、だってああいう溜めがあるときって厄介なフラグが立つような気がするんだもん!
『どこの知識だ……』
……俺も悪いことをしたと思っている。あれだけ説明していたら、ティオだって少しくらいもったいぶりたくもなるだろう。ちょっとくらい決め台詞っぽく言ってみたくもなるのだろう。
『別にもったいぶってません。かっこつけてなんかないです』
《あ~ティオが帰ってきた~。拗ねちゃったかと思ったよ~》
『変な言いがかりはやめてください』
ティオがいつもより硬い口調で反論している。
ティオ、茶々入れちゃってごめんね。
『……別に怒ってないので大丈夫ですよ。もったいぶって話されたら私もイラッとするでしょうし』
あ、ありがとう……。
『その言い方だとやはりもったいぶって────』
カリスシャラップ!
とりあえず肩に乗るカリスを抱きかかえて念話から意識を逸らす。アマリエが怪訝そうに見てくるがこれは仕方ない。
『……先ほどの説明の続きですが、答えから先に言うと階層主の変化はトラップによって発生したものです』
トラップなの!?
『入ってきた扉の近くを見てください。一か所だけ砂利が多く積もっているところがあるのが分かりますか?』
《扉の近く~?あっ本当だ~、ちょっと盛り上がってるところがありますよ~》
よく見てみると扉から数メートル手前の辺りに小さな、しかし踏んだら段差を感じるであろう砂利の山があった。
えー?あれがトラップなの?
『踏んだ生物の魔力を吸い取って階層主を強化するトラップですね。踏むと魔力を吸い取られる際に力が抜ける感覚があるので警戒していればすぐに気が付けます』
『……つまり、あの者達は油断していたから罠にかかったと?』
『はい。あのトラップの本来の効果は階層主のステータスを一時的に強化するだけのものでしたが……人数が人数ですからね。かなりの人数が踏んだことで通常ではあり得ない程の強化がされたのでしょう』
勇者ぁ……というか一緒にいる騎士も気が付かなかったの?
『先ほどの戦い方からしてダンジョンの経験があまりないのではないかと』
よくそんな状態でダンジョンのボスに挑もうと思ったね……冒険者でも雇えばよかったのに。
《でも~道中で弱い魔物しか出ないって思わせておいて逃げられないところでトラップを仕掛けるってなかなか悪質ですよね~》
『ええ。それが先ほど私が言おうとしていたことです』
『このダンジョンは性格が悪い、ということか?』
『そういうことです』
ホントなんでそんなダンジョンに挑もうと思ったの……他の人が挑んだ情報だって……ってまさか。
『未発見のダンジョンなのでしょうね』
いやもう勇者…この場合は騎士かな?騎士……。
俺達が勇者及び騎士に幻滅している間も件の勇者達は上官の騎士の怒号を無視して、階層主から必死の形相で逃げ回っていた。未だに食べられた勇者がいないのは階層主の気まぐれと階層主の注意が向くように立ち回る騎士達によるものだろう。
とりあえず本命勇者君にはユニークスキルを使ってほしいんだけどな~。
アマリエは呆れることもバカバカしくなったのか、本来の任務を果たすために無感動に戦いを見つめている。
「うーん、これでは勇者がどのようなスキルを持っているか分かりませんね」
あ、そうか。アマリエは本命勇者君のステータスを知らないのか。
「アマリエ、本命勇……あの中で一番強い勇者のステータスをティオが鑑定したんだけど見てみる?」
ティオのことは紹介してるから問題ないだろうし。
「え?ティオが鑑定……そんなこともできるのですか?」
「うん、すごいよね。じゃあティオ、お願い」
『かしこまりました』
ティオが了承すると俺とアマリエの目の前に本命勇者君のステータスが表示された。
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白峰 賢人 :男 16歳
種族:人族
状態:健康
Lv . 19
耐久力 1360/1640(170up)
魔力 1652/2133(165up)
攻撃 990(190up)
防御 950(170up)
俊敏 600(140up)
器用 543(143up)
運 57
《スキル》
【武術系】
・剣術Lv .3(1up)
【魔法系】
・水魔法Lv.2
・風魔法Lv.2(1up)
・光魔法Lv.2
【技能系】
・身体強化Lv.3
・気配察知Lv.2
・不屈Lv.1
・鼓舞Lv.1
・指揮Lv.1
・乗馬術Lv.1
【ユニーク】
・風の如くLv.1
・正義は我にありLv.1
・光刃Lv.1
《加護》
主神ヴェーニャの加護(偽装)
《称号》
異世界の勇者、順風満帆、天才、主人公補正
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あんな戦い方でもちゃんと経験値は入っていたようで朝に見た時よりレベルが上昇していた。しかも勇者だからなのかレベルの上がりがかなり速い。
この勇者……防御の成長幅が大きい!ええと確か1レベル毎の成長幅が人族は最大で50だから……1回40以上も上がってるじゃん!俺なんて他のステータスの3分の2くらいしか上がらないんだよ!?
『マスター、ご自身の成長幅が防御ステータスだけでも人族の最高倍率の6倍以上あるのを忘れていませんか?』
いや、分かってはいるけどさ……他のステータスより明らかに伸びが悪いから気になっちゃうんだよ。
《まあまあ~。いざとなったらボクの防御ステータスを共有すればいいじゃないですか~》
……まあね。
『何だ、特に問題ないではないか。というか、ノイントと契約しているのに何故一つも共有していないのだ?』
ええと、あんまり頼りすぎるのもよくないかなと思ったのもあるけど、変えざるを得ないような状況にまだ出くわしてないから必要性を感じないんだよね。
『ふむ、だが気づいてからでは遅いのだぞ?』
う、分かってるよ……帰ったら鍛錬と一緒に試してみるから。
「高水準なステータスにユニークスキルが3つですか……」
あ、アマリエも見終わったのかな。
「ティオが言うには破格の存在みたいだよ」
「ええ、ティオの言う通り、5年ほど修行すれば他の種族の英雄だけでなく上位の竜をも圧倒できるでしょう」
「え……そんなにすごいの?」
上位の竜って確か単体で国を滅ぼす力を持っているんだったよね?
『魔物のランクとしてはS~SSランクに入ります』
……てっきり人族の能力からして破格なのかと思っていたけど本当に破格なんだ。
「坊っちゃまのスキルクリエイトのようにユニークスキルは全てを覆すような力を秘めているのです。……しかし腑に落ちないですね。複数で召喚されたというのに、前回の一人で召喚された勇者に匹敵するステータスに加えてユニークスキルを3つとは……」
うん?もしかして勇者君のユニークスキルが微妙って気づいてない?
『そのようですね』
「アマリエ、そのユニークスキルの能力なんだけどね────」
アマリエに勇者君のユニークスキルについて簡単に説明すると納得したような、しかしどこか落胆したような表情になった。
「ステータスの代価としてユニークスキルが劣化したというところでしょうか……評価を改めなければなりませんね。これでは上位の竜に辛勝というくらいが妥当でしょう」
いや、それでも黒ずくめさん達が束になってやっと倒せるような魔物を一人で倒せるんだから……あれ、そう考えると急にすごくなくなってきた……彼らがいつもうちの庭で蹂躙されてるからかな?
「坊っちゃま、ティオ、ありがとうございます。おかげで今回の偵察はほとんど完了しました」
「そうなの?」
「はい。偵察の内容としては勇者達の状況とどのようなスキルを持っているかを確認することでしたから。まさかここまで詳しく分かるとは思っていませんでした」
「そうだったんだ。うん、力になれて良かったよ」
「ふふっ、坊っちゃまは本当にお優しいですね」
「そんなことないよ」
俺には他人を助けようなんていう考えはないし、今だって目の前で俺と同じ世界から来た学生が死にかけているけど特に何も感じないもん。
アマリエとは大分打ち解けたからこそ俺についてちゃんと知って欲しいという思いから少し強い口調で否定してしまったが、アマリエはゆっくりと首を振って俺に諭すように語りかけた。
「いいえ、坊っちゃまはお優しいですよ。坊っちゃま自身はそう思われていないかもしれませんが、私だけでなく坊っちゃまが屋敷で交流された使用人は皆そう思っていると思いますよ」
「……でも、カリスと散歩したときに見た冒険者とか勇者達とか助けようなんて思わなかったよ?」
「ですが私と初めてお話したときは緊張して何も喋ることができなかった私に緊張を和らげるように優しく話しかけてくれたではないですか」
「それは……アマリエはうちのメイドだし、一緒に旅をするんだから仲良くなりたいと思っただけで……」
「坊っちゃま、誰かを助けなかったからといって非情だというわけではありませんよ。赤の他人に優しさを振りまいたところで相手はすぐにそのことを忘れます。それだけで終わればいいですが、その優しさに付け込まれて体よく利用されることがほとんどです。確かにそれを続けていれば聖人などともてはやされることもあるでしょう。ですがそれで得られるものといったら善悪入り混じった他人からの評価と押し付けられる面倒事です……あ、申し訳ありません。出過ぎた真似を……」
「ううん、そのまま続けてくれる?」
アマリエの言う通り悪意の有無に関わらず、助けられたら「この人は何かあったらまた助けてくれる」なんて考えて何度も何度も頼っては働かせるなんてよくあることだ。
「は、はい。つまり……その、私が言うのもおこがましいですが……親しい者が優しいと感じるような行動ができるなら、それは十分に優しいと言えると思いますよ」
「そう……なの?」
「ええ」
そっか……転生したけど俺はまだ前世の固定観念に囚われていたのかも。
《ボクもご主人様は優しいと思いますよ~》
『うむ、私もそう思うぞ』
ノイント、カリス……。
『マスターは人間の国で生活することはないでしょうし、知らない人間の評価など気にしたところで意味はないですよ』
ティオの言葉は少し辛辣だが、その通りだし俺が気にしないようにとわざとそういう言い方をしているのだろう。
……うん、そうだね。ありがとう。
「ありがとう、アマリエ」
アマリエ達の言葉で俺の中の少し冷たい部分が温かくなったような気がして、嬉しさや感謝から少し泣きそうになってしまったがなんとか笑顔でお礼を言うことができた。
「ふふっ、私はただ思っていることを口にしたまでですよ」
アマリエはそう言って笑い、優しく俺の頭を撫でた。
「ん……はぅ」
「あっ、すみません!私ったらつい……!」
撫でられる気持ちよさから自然と声が出てしまっただけなのだが、アマリエは俺が嫌がったと思ったようで慌てて手を離して謝ってきた。
「ううん、気持ちよかったの」
誤解させたままでは良くないので正直に答えながら離れたアマリエの手を両手で掴んで俺の頭に触れさせた。
「そ、そうでしたか。なら良かったです……」
アマリエは俺が本当に嫌がっていないと分かると少し遠慮がちに俺の頭を撫で始めた。
ん?なんでちょっと顔を赤らめてるの?
《今のはちょっと卑わ────》
『ノイント、声帯を潰されたいのですか……?』
《何でもないですぅー!》
ノイント達が騒がしいが撫でられる気持ちよさと温かくなった心で俺の疑問はどうでもよくなった。
「……わ……ふわふわでサラサラな上にこのツヤ……いつまでも撫でていたいです」
キューティクル倍増効果のある称号があるからね……不本意だけど。というかアマリエ、カリスの羽毛に寝転がったときみたいになってない?
例えとして「今世紀最大」と使いましたが、あながち間違いじゃないという……