47話 ふわふわなお菓子
まずはメインの霧鳥の蒸し焼きを食べてみようかな。
霧鳥の蒸し焼きの見た目はスライスされた鶏肉と大差ないようだが、湯気とは別に霧がドライアイスのように溢れ出していた。面白い見た目に興味を惹かれながら食べてみると、肉が口の中で霧のように崩れてしまった。味はシンプルに塩で味付けされているようで、素材本来の味を存分に味わうことができた。霧鳥自身もまったくクセがなく、かといって淡白というわけでもない、とても食べやすい味だった。
「ど、どうでしょうか?一応好みが分かれなさそうな鳥を使ってみましたが…」
あまりの美味しさに少し惚けた顔になっていると、アマリエは不安そうな表情で料理の味を聞いてきた。
「うん、すごい食べやすくて美味しいよ。」
「はあ~良かったです。坊っちゃまには美味しい料理を食べてもらいたかったのですが、好みを知らなかったので無難なものにしてみたのです」
俺がそう言うとアマリエはホッとしたように胸を撫でおろした。
「そうだったんだ。ありがとうアマリエ」
『クルス、早く私にも食べさせろ』
カリスが俺の感想を聞いて急かしてきたので、霧鳥をカリスの口へと持っていった。それをカリスは一口で啄むと数度咀嚼したのちに目を見開いた。
『何だこの柔らかさは!おいクルス、もっと食わせろ!』
カリスも美味しかったようで、羽を少しばたつかせてさらに急かしてきた。
「そんなはしゃがないでカリス。ちゃんとあげるから」
「ご主人様~。このスープもコク深くてとっても美味しいですよ~」
「本当?」
『おいクルス、まだか?』
ノイントにつられてポタージュスープを飲もうとすると、カリスがまた急かしてきた。
「分かったから落ち着いてカリス」
「ふふっ、仲がよろしいんですね」
アマリエはそんな俺達の様子を楽しそうに見つめていた。
──────────────────
「美味しかったよ、アマリエ」
「美味しかったです~」
「ふふっ、ありがとうございます」
料理を食べ終わり、俺とノイントが満足そうに料理の感想を言うと、アマリエは本当に嬉しそうに笑った。
「それでは私は食器を片付けてきますので、お菓子作りは私が戻ってくるまでお待ちください」
「うん」
「はい~」
アマリエはそう言って俺達が食べ終わったお皿を下げて厨房へと向かっていった。
本当は片付けも手伝いたいんだけど、こんな小さな身体じゃ却って足手まといになるだけだもんね。お手伝いはもっと大きくなってからにしよう。
「そういえばご主人様~、何のお菓子を作るんですか~?」
「うん、ノイントは初めてだしパンケーキはどうかな?卵と牛乳と小麦粉で作るふわふわのお菓子なんだけど、そんなに難しくないし、短い時間で作れるから。詳しい作り方はティオから聞いてね」
「ふわふわですか~……どういうお菓子か分かりませんが、食べてみたいですね~」
俺がパンケーキについて説明すると、ノイントはパンケーキの味を想像したのか、頬っぺたを押さえてクネクネとしだした。
「地球だとパンケーキを朝食として食べる人もいたから、お菓子ってくくりに入るかは分からないけどね」
「そんなの人それぞれですよ~。ケーキ~ケーキ~パンケーキ~♪」
ノイントはもうパンケーキのことで頭がいっぱいのようだ。
「カリスも食べるでしょ?」
『菓子か…。それは肉よりも美味いのか?』
「どうかな?まあ食べてみればわかるよ」
そんな感じで少し待っているとアマリエがドアを開いて部屋に入ってきた。
「お待たせしました。ではこちらにどうぞ」
「うん。ノイント、カリス、行くよ」
「はい~」
アマリエに続いて厨房に入り、ノイントを調理場に立たせた。調理場にはお菓子作りに必要な道具が一通り揃っていた。アマリエが食器を片付けるついでに用意してくれたのだろう。
「ティオ、お願いね」
『はい、マスター。ではアマリエ、卵、ベーキングパウダー、砂糖、小麦粉、牛乳、少量の油を用意してください』
「畏まりました。こちらでよろしいですか?」
アマリエはティオの要望を余すところなく聞き、"ボックス"から必要な材料を取り出した。
アマリエの"ボックス"ってなんでも入ってるんだなあ。
『ありがとうございます。それではノイント、さっそく始めますよ』
「いよいよですね~。頑張りますよ~」
ノイントは気合十分のようで黒のゴスロリドレスの袖をまくってみせた。今回俺はカリスと一緒にノイントのお菓子作りを横から見ていることにした。
『料理は清潔感が大事なので、まずは手を洗いましょう』
「はい~」
ノイントは素直にティオの指示に従い、洗い場で丁寧に手を洗った。
「洗い終わりました~」
『では初めに、ボウルに卵黄、砂糖、油を入れてください』
「ねえティオ~、卵黄って何~?」
『卵黄というのは卵の黄身のことです。このお菓子は卵の白身と黄身を分けて使います』
「そうなんだ~でもどうやって分けるの~?」
『分け方は色々と方法がありますが、失敗しにくいのが大きめのスプーンで黄身を掬い取る方法です。まずボウルに卵を割り入れてください』
「了解~」
ノイントはアマリエが用意したボウルを取ってくると、卵を手に持ち、そのまま固まってしまった。どうしてしまったのか心配になり声をかけようとすると、ノイントは愉快そうに笑いながらこちらに振り向いた。
「そういえばボク、料理のこと何も知らないんですよね~。卵ってどうやって割るんだろう?」
『あ…』
そうだ、忘れてた……。
────────────────
「こうやって固いところに卵を割れない程度に叩きつけて、ひびが入ったらそのひびに指をかけて開いていくのです」
「なるほど~。ありがとうございますアマリエさん~」
結局、ティオが口頭で説明するだけでは難しいのでアマリエに一から教えてもらいながら作ることになった。
アマリエのお手本を見て、ノイントも同じように挑戦するとちゃんと卵にひびが入り、パカリと開くことができた。
「おお~できました~」
アマリエと同じように卵が割れるとノイントは嬉しそうに声をあげた。
『おめでとうございます、ノイント』
「うん、ありがとうティオ~。次は卵の黄身だけを取り出すんでしょ~?」
『はい。大きめのスプーンの縁を卵の黄身に潰れない程度に押し当ててください』
「ええと、スプーンは~……」
「ノイント、こちらをどうぞ」
ティオの指示を聞いてノイントがスプーンを探し始めると、それよりも先にアマリエが動いてスプーンを持ってきた。
「必要なものは私が用意しますからノイントはお菓子作りに集中していただいて大丈夫ですよ」
「ありがとうございます~」
アマリエにお礼を言うとノイントはスプーンの縁を優しく卵の黄身に押し当てた。
『スプーンをそのままゆっくりと下げていってください』
ノイントは慎重に慎重にスプーンを動かしていった。そのまま動かしていくと途中で手が止まり、ノイントが嬉しそうな顔になった。俺の身長じゃ見えないが、おそらく黄身と白身に分けることができたのだろう。
『では分けた卵黄を別のボウルに移し、先ほど言った材料も一緒に入れて泡だて器で混ぜてください』
「はい~」
「こちらをどうぞ」
「ありがとうございます~」
ノイントは言われた材料を卵黄と一緒に別の容器に入れ、泡だて器をアマリエから受け取り混ぜ始めた。
「あれ~?なんか重くなってきましたよ~」
混ぜ始めて少し経つとノイントが怪訝そうに呟いた。
『それでいいのです。そうしましたら、今度は牛乳を加えながら混ぜてください』
「では私が牛乳を入れますね」
「お願いします~」
ノイントは牛乳を加えながら再度混ぜ合わせていき、やがて必要な量の牛乳を混ぜ終えた。
『次に小麦粉とベーキングパウダーをふるいにかけながら入れ、ヘラでさっくり混ぜ合わせてください』
ノイントはティオの指示通り粉ふるいで小麦粉とベーキングパウダーを入れて、さっくり混ぜ合わせる作業に移った。
「アマリエさん~、さっくり混ぜるってこんな感じですか~?」
「はい、それで大丈夫ですよ。ですが、それだと下の方が混ざらないので、こうして底からすくい上げるように混ぜるとより良いですね」
「なるほど~」
ノイントがアマリエに混ぜ方を聞くと、アマリエはノイントの手をとって分かりやすく教えてくれた。ノイントも熱心にその教えを聞いている。きっとお菓子作りが楽しいのだろう。
「こんな感じでいいでしょう」
「ありがとうございます~」
『では次の工程です。先ほど分けた卵白のボウルに砂糖を入れて素早くかき混ぜてください』
「はい~」
ノイントは先ほどの白身が入ったボウルに砂糖を入れて泡だて器で勢いよくかき混ぜ始めた。
今度はメレンゲ作りかな?かなり長いことかき混ぜないといけないから大変なんだよね。俺が前世でお菓子作りをしようと思わなかった理由の一つでもあるんだよね。
「お~?ふわふわになってますよ~!」
俺が感慨深げにメレンゲ作りの大変さを思い返していると、その間ずっとかき混ぜ続けていたノイントが驚きの声をあげた。ノイントがかき混ぜているボウルを見てみると、ふわふわで真っ白なメレンゲができていた。
『それはメレンゲといいます。ノイント、一度泡だて器を引き抜いてみてください』
ノイントが泡だて器を引き抜くと、泡だて器の周りのメレンゲも上に伸び、ピンとツノが立った。カリスはその様子を面白そうに見つめていた。
『大丈夫なようですね。では先ほど混ぜた卵黄をメレンゲのボウルに入れて、さっくりと混ぜ合わせてください』
「え~!だめだよ~。せっかくのふわふわがなくなっちゃうよ~」
自分で作り上げたふわふわなメレンゲに愛着が湧いてしまったのか、ノイントはティオの指示を聞いて悲しそうに抗議をした。
『美味しいお菓子を作るためです』
「うう~分かってるけどさあ~……」
だがティオにきっぱりと言われると、渋々という感じで混ぜた卵黄をメレンゲと混ぜ始めた。アマリエの教えが活きているようでちゃんとさっくり混ぜることができているようだ。
「はい、できたよ~……」
よほど不満だったのか、ノイントは混ぜ終わると不貞腐れた顔でティオに報告した。
『それでは焼き上げる工程に入ります。フライパンに油を塗って弱火で熱したら、お玉で混ぜた生地をすくってフライパンの上から流し入れてください。ノイントは火を扱うのも初めてですし、一枚目はお手本としてアマリエに焼いてもらいましょうか。アマリエ、お願いできますか?』
「はい、お任せください」
アマリエは一つ頷くとフライパンを用意し、魔道コンロの上に置き火をつけた。フライパンに油を塗ったあと、ノイントから生地の入ったボウルを受け取りお玉でそれをすくい取るとフライパンの上から流し入れた。俺からでは見えないがきっとまるい形になっていることだろう。
「いい匂いです~」
「確かにいい匂いですね。でも、何だか穴が空いてきましたよ?」
生地が焼けてきたようでパンケーキ特有の甘い匂いが漂ってきた。アマリエは生地に穴が空いてきたのが不思議なのかティオに問いかけた。
『そろそろ頃合いですね。そっと裏返してみてください』
アマリエは不思議そうにしながらも言われるままに生地を裏返した。
どうなっているんだろう?うーん、背伸びしてもやっぱり見れない…。
「おお~!美味しそうな色ですね~」
ノイントが瞳を輝かせてフライパンを覗いてるあたり丁度いい焼き加減なんだろう。早く俺も見たいなあ。
『裏側も同じように焼けたら完成です』
アマリエはときどき生地の裏側を確認しながら焼いていき、そっと火を止めた。
「これでよろしいでしょうか?」
『はい、それで完成です。名前はパンケーキといいます』
「パンケーキ……」
アマリエはそう呟きながらパンケーキをお皿へと移した。
「アマリエ、見せて見せて!」
「はい、どうでしょうか?」
アマリエに差し出されたパンケーキは綺麗にまるの形になっており、表面も鮮やかな茶色になっていた。
「すごく美味しそうだよ!」
「…あ、ありがとうございます」
俺が満面の笑みでそう言うと、アマリエはなぜか顔を逸らしながらお礼を言ってきた。
「どうしたのアマリエ?」
「な、何でもありません…」
アマリエの行動を疑問に思い、回り込んでアマリエの顔を見てみると頬が少し赤くなっていた。
なんで?
『マスターはもう少しご自分の笑顔の破壊力を自覚なさった方がいいと思います』
ええ……。
「よ~し、ボクもやりますよ~」
俺達がそんなやり取りをしている間に、ノイントは魔道コンロに火をつけ、フライパンに油を塗ってパンケーキを焼こうとしていた。
「ティオ~、生地は上から流し入れるんだよね~?」
『はい、一気に流し入れると形が歪になってしまいますので、ゆっくりと流し入れてください』
「わかった~」
ノイントはティオに確認をとってからゆっくりと生地を流し入れた。
「お~ぷつぷつしてきました~。じゃあ裏返しちゃいますよ~」
そのまま少し待っていると生地を裏返す頃合いになったようで、ノイントが慎重に生地を裏返した。
「ちゃんと焼けてますね~。良かったです~」
ノイントは焼き色を見て安心すると、その後は裏の焼き色を見ながら丁寧に焼き上げていった。
「できました~!」
火を止めてパンケーキをお皿に移すと、ノイントはパンケーキの乗ったお皿を持ってこちらに振り向き、満面の笑みで喜びを表現した。
「おめでとうノイント!」
「おめでとうございます、ノイント」
『ちゃんと火も通っているようですね。よくできましたね、ノイント』
『よくやったな、ノイント』
ノイントの焼いたパンケーキもしっかりとまるを描いており、表面も美味しそうに茶色くなっていた。アマリエやティオの助けがあったとはいえ、初めてとは思えない出来栄えだった。
「ありがとうございます~。ティオとアマリエさんのおかげですよ~。あ、でもどうやって分けましょうか~?」
『アマリエ、マスター、ノイント、カリスの四人ですから2人が焼いたパンケーキをそれぞれ四等分にすれば良いのではないでしょうか?』
「それがいいですね~。ご主人様もそれでいいですか~?」
「うん、それでいいよ」
「それでは私が切り分けて持っていきますので先ほどの部屋でお待ちいただいていて大丈夫ですよ」
「ありがとうアマリエ、そうするよ」
アマリエにお礼を言ってから俺達は先ほどの部屋に戻った。席について少し待っているとアマリエが四人分のパンケーキの乗ったお皿を運んできてそれぞれの席にお皿を配っていった。カリスは俺の膝の上なので俺の前にはお皿が二つ置いてある。
「坊っちゃま、ノイント、お飲み物は紅茶でよろしいですか?」
「うん、いいよ」
「はい~」
アマリエは俺たちの分の紅茶を入れるとようやく席についた。
「じゃあ、さっそく食べてみよう」
俺はパンケーキをナイフで切り分け思い切り頬張った。口に入れるとパンケーキの甘い香りが口いっぱいに広がり、柔らかくふわふわの食感を感じることができた。甘さも丁度良くいくらでも食べれそうなくらい美味しかった。
「美味しいよノイント」
「ですよね~!卵と牛乳と小麦粉でこんなにふわふわなお菓子になるだなんて、お菓子作りってすごいですね~。ん~!美味しい~」
ノイントもパンケーキが気に入ったようでとても美味しそうに食べていた。ふとアマリエの方を見てみると、瞳を輝かせて夢中になってパクパクと食べ進めていた。
「…はっ!すみません。はしたない姿を見せてしまいました…」
だが俺の視線に気が付くと、恥ずかしくなったのか小さな声で謝ってきた。
「うんうん。アマリエの気持ちはすごい分かるよ。ずっと食べてたくなるくらい美味しいよね」
「あうう…その…はい。とても美味しいです…」
恥ずかしいが自分の気持ちに嘘はつけないらしく、俯きながらそう答えた。
『おいクルス、早く私にも』
「分かってるよ。はいどうぞ」
カリスも俺達の反応をみて待ちきれなくなったようで夕食のときのようにまたしても俺を急かしてきた。カリスの分のパンケーキを切り分けてカリスの口元に持っていくと、クンクンと匂いを嗅いでから勢いよく食いついた。
『…む!甘いっ!それとこの食感は何だ!今までにない食感だっ!美味い!美味いぞ!』
どうやらカリスもパンケーキがお気に召したようだ。
『クルス!もっとだ!もっと私に食べさせろっ!』
「分かったから!膝の上で暴れないでー!」
「もうカリス落ち着きなよ~」
「ふふっ、本当に仲がよろしいですね」
そんな感じでわちゃわちゃとしながら楽しい夜は更けていった。
お菓子作りを書きたいわけじゃないんです…
久し振りに自分の作品を読み返してみたら、昔のノリに耐えきれなくなってしまったので、誠に勝手ながら、只今最新話以外の改稿作業を進めております。それに伴い、更新が遅れてしまうかと思いますが何卒ご理解の程をよろしくお願いいたします。