41話 蛇仲間
父さんの部屋を出た後、俺達は何をするでもなく廊下を歩いていた。
「………。」
「………。」
アマリエはメイドという立場から俺に遠慮しているのか俺の数歩後ろをずっと無言で歩いている。
気まずい………。
アマリエが喋らないので俺から話しかけなければいけないのだが、話す内容が全く思い浮かばない。そのため、必然的に俺達の間には気まずい沈黙が降りていた。
ティオさん助けてー!何か話題を!
俺はこの沈黙に耐えきれなくなりティオに助けを求めた。
『マスターが気になったことでも聞けばいいのではないですか。』
い、いやー初めて話すのに色々一方的に聞くのは失礼かなと思っちゃって………。
『マスターが遠慮してどうするのですか。その結果が今の状況を作りだしているのですよ。』
それはそうだけど………。
俺はチラッと後ろを見てみる。アマリエは先ほどからこちらを遠慮がちに見ては逸らすということを何度も繰り返していた。
「………ねえアマリエ。」
「はっ、はい!何でしょうっ!」
俺が話しかけるとアマリエは肩をビクッと跳ねさせて返事をした。
「気を遣ってくれるのは嬉しいけど、そんな後ろにいたんじゃ話しにくいよ。一緒に並んで歩こうよ。」
「も、申し訳ありませんっ!」
「別に怒ってないよ。ただ、黙ってるままじゃお互いのことを何も知れないと思ってさ。」
「あう、はい………。」
俺が努めて笑顔でそう言うと顔を俯かせながら、遠慮がちにしながらも隣へと来てくれた。
さて………何を話そう?
『おい。』
《考えてなかったんですか~………。》
考えてたよ!でもさっきの会話で全部吹っ飛んじゃったんだよ。どうしよう。このままじゃさっきと同じ展開だよ!
「あ、あの坊っちゃま………。」
俺が話す話題についてうんうんと唸っていると、隣を歩くアマリエが話しかけてきた。
「何?」
「坊っちゃまは、偵察………というか今回のような遠出は初めてでしたよね?」
「うん、そうだよ。」
「その………緊張しないのですか?」
「緊張?特にしてないよ。何で?」
「だって、知らないところに行くのですし、危ないことだってあるかもしれないのですよ?あっ、申し訳ありません。諌めているわけではないのです。ただ、私も初めて遠出をしたときはかなり緊張したものですから。その点、坊っちゃまは緊張しているようには見えなかったので不思議に思いまして………。現に私は坊っちゃまのことをちゃんとサポートできるかと思うと緊張してしまうのです。」
アマリエが先ほどから無言だったのはこれからのことを考えて緊張していたからのようだ。
「ああ、そういうことね。俺だって、一人で遠出するようだったら緊張もしていたよ。でも今回はアマリエが一緒に来てくれるでしょ。アマリエが危ないことから守ってくれると思うと緊張が抜けていくんだよ。だから俺が緊張していないのはアマリエのおかげなの。」
アマリエもこの家の住人なんだから、危ないことなんて起こるわけないじゃん。
「私の………おかげ………。すぅー、よしっ!坊っちゃま!私アマリエ、今回の偵察任務、全力を持って坊っちゃまをお守り致しますっ!」
アマリエは俺の言葉を反芻すると、決意を固めた表情になり、俺に勢いよく宣言をしてきた。その表情からは先ほどの緊張した様子は見受けられない。
………守ってくれるのはいいんだけど、アマリエが全力を出したら何もかも吹き飛んじゃうから。
「あ、ありがとう。でも、無理はしないでね。」
俺は詰め寄ってくるアマリエにそう返すことしかできなかった。
「はいっ!………はっ!も、申し訳ありません!つい勢い余ってしまって………あうう。」
アマリエは大きく返事をしたあと、俺に詰め寄っているのに気づいたようで、一転しておどおどした様子で謝ってきた。アマリエとしてはこちらが素のようだ。
「大丈夫だよ。それよりアマリエって好きなものとかってある?」
お互いに距離が縮まったことで幾分か話しやすくなったので、アマリエに話題を振ってみる。
「す、好きなものですか?………あるにはあるのですが、その………。」
「ごめんね、答えにくいことだった?」
だがそれに対しアマリエは歯切れが悪そうにしていたので、俺はすぐに謝って別の話題を考えることにした。
「いえ!そういうわけではないんですが………。あまり理解してもらえないようなことなので。」
だが別にそうではなかったようでアマリエは慌てながら理由を話した。
「理解してもらえないようなこと?」
俺がそう聞くと数瞬躊躇ったあと、意を決して口を開いた。
「その、私、蛇が好きなんです………。」
「え!?」
俺はアマリエの言ったことに衝撃を受けて固まってしまった。
「あ………やっぱり理解してもらえないですよね………。」
「仲間がいた!」
「………へ?」
「良かった~、蛇好きな人がこんな身近にいるなんて!」
「もしかして、坊っちゃまも………?」
アマリエは突然のことに戸惑いながら俺に聞いてくる。
「うん!蛇は大好きだよ!あの縦に割れた瞳孔とか体の模様とか凄いかっこいいよね!」
「そう!そうなんですよ!体の模様も同じ種類の蛇でも全然違うこともあるから見てて飽きないんですよね~。」
俺が蛇のかっこいいところを挙げると、アマリエも興奮した様子で共感してくれた。
「あ、そうだ!私、自分の部屋で蛇の魔物を飼ってるんですけど坊っちゃまも見に来ます?」
「え!?本当に!?行きたい!」
「では早速私の部屋へ行きましょう!」
アマリエは自分と同じ蛇好きがいたことが嬉しかったのか、先ほどのおどおどした様子が嘘のようにぐいぐいと来るようになった。俺はアマリエに誘われるまま彼女の部屋へと向かった。
屋敷の廊下を数分程歩くとメイド達の居住スペースへと着いた。そのまま歩いていくと、アマリエはその中の一つの扉の前で立ち止まった。
「ここが私の部屋になります。どうぞお入りください。」
「お邪魔しま~す。」
アマリエの部屋は殺風景という程ではないが、必要最低限の家具しか置いていなかったため妙にスッキリした感じがある。
「あれ?蛇はどこにいるの?」
部屋の中を見渡してもそれらしき影が全く見当たらないのだ。
「蛇でしたらこの部屋には収まらないので、時空魔法でつくった部屋で飼っていますよ。」
時空魔法ってそんなこともできるの!?というかアマリエって時空魔法使えるんだ………。
「こちらが蛇達を飼っている部屋になります。どうぞご覧ください。」
アマリエは右奥にあった扉を開くと俺を手招きした。中に入ると、そこは原生林と形容するのが相応しいような場所だった。木々が鬱蒼と生い茂り、蔦が絡み合い、木々の切れ間からは大きな滝が流れているのが見える。その光景はここが時空魔法でつくった部屋だということを忘れさせる程に幻想的だった。
「では行きましょうか。」
アマリエはそう言って、目の前の光景に目を奪われている俺に手を差し伸べてくる。やはり同じ蛇好きに出会って舞い上がっているようで、あんなに遠慮をしていたアマリエからは考えられないような言動をしている。俺としてはこちらのアマリエも好ましく思っているので特に気にならない。
俺は差し伸ばされた手をとってアマリエに先導されながら歩いていく。
「アマリエ、行くってどこに行くの?」
「蛇達がよく寛いでいる場所です。すぐに着きますよ。」
アマリエの言うとおり、蛇達のいる場所へはすぐに着いた。そこは木々の隙間から見えていた大きな滝が流れている場所だった。
「わあ………!」
滝の周りには大きさも模様も顔の形も様々な蛇が30匹以上いた。ある蛇はニシキヘビのような模様をしていたり、またある蛇は前世では絶対にお目にかかれなかったであろう全身銀色という見た目をしていた。蛇達は俺達の存在に気付きこちらを向くが、すぐに興味を無くしたのか視線を逸らして各々寛ぎだした。
「あの蛇大きいね。」
俺の視線の先には40メートルは越えているような大きさの大蛇がいた。
「あの蛇はイーヴィルボアという魔物です。特徴的なのは他の蛇と違って獲物を丸呑みにせず咀嚼して食事をとるのです。」
イーヴィルボアと呼ばれた魔物の口をよく見てみると他の蛇とは違い、咀嚼するために使う鋭そうな歯がずらりと生え揃っていた。
さすが異世界、蛇の食事方法まで変わるとは………。
『イーヴィルボアだと………。』
カリスは目の前の魔物がイーヴィルボアだとわかると俺の肩の上でたじろぐように動いた。
「カリス知ってるの?」
『ああ、イーヴィルボアとは何度か戦ったことがあるのだが、恥ずかしいことに私はいずれも敗走しているのだ。』
カリスをして敗走させる程の力があるんだ………。そんな強い魔物を飼っているアマリエはもうなんというか、うん………。
「そういえばアマリエはこんな数の蛇をどうやって飼い慣らしたの?」
「うーん、蛇によって様々なので餌付けだったときもあれば力ずくのときもありましたね。他にも怪我をした蛇を治してあげたらついてくるようになったこともありましたね。」
力ずくって、さすがこの家の住人だ………。
そのあとも目についた蛇を片っ端からアマリエに聞いていき、それぞれの蛇の特徴や見た目に度々驚かされながらじっくりと蛇を堪能し、アマリエと様々な蛇談義を交わし合った。
「ありがとうアマリエ!今日は色んな蛇を見れて大満足だよ!」
蛇のいる部屋を出て、アマリエと向き合い笑顔でお礼を言う。
「それは何よりです!私も坊っちゃまと蛇について語り合えて楽しかったです!また機会があれば是非語り合いましょう!」
アマリエとしても大満足のようで楽しそうに今日のことを振り返った。
「うん!勿論だよ!貴重な蛇仲間だもん!」
「蛇仲間………いい響きですね!これからもよろしくお願いしますね!…………ってああああああ!す、すみませんっ!舞い上がってしまっていて、坊っちゃまに数々の無礼を働いていたことに気がつきませんでした!本当に申し訳ございませんっ!」
アマリエはハイになっていたテンションが切れたのか、おどおどとした感じに戻ってしまった。戻ったことでハイになっていたときの自分の言動を思い出して、顔を青くしながら俺に謝ってきた。
「気にしないで大丈夫だよ。むしろ、あのくらいの方が話しやすくて好きだよ。」
「すっ、好き!?」
俺は取り乱したアマリエを落ち着けるようにそう言うとアマリエは顔を赤くしてあたふたとしだした。
どうしたのアマリエ?
『『《はあ………。》』』
なんでそこでため息吐くの!