37話 まったり逃避行
「嘘…………」
鏡を見たあとの第一声がそれだった。
え?誰?
『マスター、私が言ったことが理解できましたか?』
「お前、本当に自分の顔を見てなかったのネ……」
これが、俺?嘘でしょ?
「というか、髪が長いのは今まで気にならなかったのネ?」
「いや、メイド達が断固として短く切ってくれなくて、それで諦めてたというかなんというか」
そう、俺の、シェーラと同じプラチナブロンドの髪は肩まで伸びているので、第一印象で女の子だと思われても仕方がなかったのだ。……こうしてじっくり見ても自分でも男だと思えないのだが。
まあとにかく、男なのだから短く切って欲しいと何度か散髪をしてくれるメイド達に頼んでみたのだが、誰もが口を揃えて「嫌です」と拒否し、それでも頼み続けた結果、なんとか肩の長さまで切ってもらえるようになったのだ。だが、髪を切る度にメイドの顔がまるで二度と会えなくなってしまう別れ際の恋人のような顔になるので、こちらは髪を切られる度に結構深刻な精神ダメージを負うのだ。そして、髪が切り終わるとメイド達は何故か泣きながら散髪した髪を掃除するので、非常に申し訳ない気持ちになる。
「うん。そのメイド達の気持ち、なんとなくわかるネ」
「なんでわかるんですか!?」
今のどこに共感できる要素が!?そう聞こうとするといきなりリョウセン様が俺の頭に手を置き、優しく撫でてきた。
「なんかお前の髪ってふわふわしててずっと触ってたくなるのネ」
「うわっ!ちょっと、何ですか!?」
「うんうん。短く切ったらこの髪の触り心地を楽しめないのネ。それは良くないのネ。グッジョブメイドネ」
もしかしてそんな理由で短く切ってもらえなかったの?確かにふとしたときにメイドの手が俺の頭に伸びていることはあったけど、そうだったのか……。
「それ以外にもありそうな気はするネ……」
「っていつまで撫でてるんですか!?」
「別にいいネ。減るもんじゃないのネ」
まあそうだけど、別に撫でられるのは悪い気はしないしいいんだけども。
「あっクルス、外見るネ。魔物の戦いが始まるネ」
リョウセン様に促されて窓の外を見てみると、そこには二体の魔物が窓から見える位置で対峙していた。一体は雷を纏う金色の竜だった。大きさは6メートルは優に越えているだろう。もう一体は黒と黄色のコントラストが映える3メートル程の細長い蛇だった。どちらも厳しい生存競争を勝ち抜いてきた歴戦の猛者だというのが雰囲気だけでわかる。それだけ高位の魔物なのだろう。
「面白そうな戦いネ。クルス、そこのソファで見るネ」
「ああ、はい」
リョウセン様と一緒にソファに座り観戦する。ちなみにまだ撫でられてる……。
こういうときってポップコーンが欲しくなるなぁ。
「ポップコーンってあれネ?地球にある白色の歪な形のお菓子みたいなのネ?」
何度も地球を見ているからか、リョウセン様はポップコーンを知っているようだ。
「そう、それです」
「あれ美味しいのネ?どうやって作るのネ?」
「ええと、固めのトウモロコシを乾燥させたものと油があればいいですね。あと、味付けに塩とかバターとか胡椒とか色々です」
「ほおー簡単に作れるのネ。それにあのお菓子、トウモロコシからできてたのネ。驚きネ。うん、ちょっと興味沸いてきたネ。クルス、今から作るネ!」
リョウセン様はポップコーンの手軽さに感心し、興味を持ったようで俺に作るよう頼んできた。
「え、ええ、いいですけど、さすがに材料がないと」
「それなら大丈夫ネ。今取り寄せたのネ」
そう言ってリョウセン様が手を振ると虚空から俺が言った材料が出現し、俺の手元に落ちてきた。
神様凄い……。
「わかりました。でも作ってたら戦いが終わっちゃうんじゃないですか?」
「大丈夫だと思うネ。あの睨み合い、結構長く続くはずネ。だから早く作るネ」
仮にも戦いの神である武神が言ってるんだから大丈夫かな?
リョウセン様はもうポップコーンのことで頭がいっぱいのようだ。俺は材料を持ってキッチンへ向かった。リョウセン様も作り方が気になるのか俺についてきた。ちなみにまだ撫でられてる…………。
「フライパン……鍋と鍋の蓋ってどこにありますか?」
「多分そこの引き出しネ」
リョウセン様が指差した引き出しを開けると調理器具一式が綺麗に陳列されていた。その中から丁度いい大きさのフライパンと蓋を取り出す。そしてフライパンをコンロに乗せ……乗せ……
「……届かない」
……身長が足りず、乗せられなかった。
「ほら、台ネ」
「すみません………」
台に乗り、改めてフライパンをコンロに乗せ、調理を開始する。まず乾燥したトウモロコシの食べる部分だけをこ削ぎ落とし、フライパンに入れる。そして、油をトウモロコシ全体に行き渡るくらいの量を入れ、コンロの取っ手を回し火にかける。
カチッ…………カチッ
「あれ?」
「お前何やってるネ?」
「火がつかないんですが……」
「ここは地球じゃないネ。この魔導コンロは魔力で火をつけるネ。魔力を通さないと火はつかないネ」
ガスコンロの容量で火をつけようとしていたのだが、火がつかず困惑していると、見かねたリョウセン様が教えてくれた。
そうだったんだ。ええと魔力を流すんだよね。この取っ手に流しながら回すのかな?
カチッ
ボォッ
良かった、ついた。
火にかけたら後は焦げないようにたまにゆすってやりながら見守る。ポップコーンは跳ねるので跳ばないように蓋をしておく。蓋はガラス製なので蓋をしていてもポップコーンができる瞬間が見れるはずだ。
ポンッポンッ
何度かゆすっているとトウモロコシが弾ける音がしてきた。
「んん!?何の音ネ!?」
「このトウモロコシですよ。見てればわかると思います」
ポンッポポポポンッ
俺の言った傍からトウモロコシが弾けていき、次々とポップコーンへ変わっていく。
「おお!何これ!弾けるネ!凄いのネ!」
リョウセン様は突然のトウモロコシの変化に興奮しているようで、それと比例して俺の頭を撫でる速度も上がっている。
いつまで撫でてるの……。
このままゆすってトウモロコシが弾ける音が聞こえてこなくなったらフライパンから取り出し、味付けをして完成だ。
「そろそろいいですね」
「かなり増えたのネ」
ポップコーンは凄い体積が大きくなるからねー。知らずに大量に入れて収集がつかなくなったのはいい思い出だよ。
「味はどうしましょうか?」
「何味があるのネ?」
「色々出来ますけど、スタンダードなのは塩で、他にも塩バター、キャラメルなどがありますね」
「じゃあその3つ全部にするネ」
「わかりました」
塩味は塩を振りかけるだけだから簡単だね。塩バター味は溶かしたバターにポップコーンを絡ませて塩を振りかける。キャラメル味はフライパンで熱して茶色くなった砂糖と生クリームとバターを混ぜたものにポップコーンを絡ませるだけだ。
「出来ましたー」
「美味そうネ!クルス、早く持ってくネ」
リョウセン様は俺が味付けをしている間に先ほどとは違う飲み物を用意していたようで、カップを2つ持って俺を急かしてきた。……やっと撫でるのをやめたようだ。お皿に盛り付け、ソファに戻ってくる。外を見てみると、魔物達はまだ睨み合っていた。
「最初はどれを食べようかネ~」
リョウセン様は魔物のことよりもポップコーンの方が大事なようで、魔物達には目もくれず、どの味のポップコーンから食べるか悩んでいた。
「決めたネ。塩から食べるネ。あむっ。ん~!んまいネ!」
どうやらポップコーンはお気に召したようだ。
俺も食べてみよう。うん。映画館とかでよく食べていた味だ。リョウセン様が持ってきた飲み物も飲んでみよう。あ、今度はリンゴジュースだ。前世で飲んだものより全然美味しい。
「おっと、そろそろ始まるネ」
魔物の方に視線を向けると、二体の魔物はジリジリとお互いの距離を詰めているところだった。互いの距離が20メートルを切った瞬間、竜は大きく息を吸い込んだ。口からスパークが漏れているところを見るにおそらくブレスだろう。それを見た蛇の魔物は先に攻撃を仕掛けるべく勢いよく距離を詰めていった。だが、竜がブレスを吐く方が速く距離を詰める蛇の魔物に一筋の雷光が突き刺さった。
ブレスの衝撃で土煙が上がる中、竜は勝ち誇ることをせずに油断なく土煙の中を見つめていた。煙が晴れると、そこには無傷の蛇の魔物が佇んでいた。よく見ると蛇の魔物の周りにはうっすらと赤い障壁のようなものが展開されている。障壁が消えると蛇の魔物はもう一度竜との距離を詰めていった。今度はブレスに当たらないようにまっすぐではなく、ジグザグに距離を詰めていく。その行動に竜は煩わしげに目を細めた後、尻尾を用いて迎撃しようとした。竜の尻尾による迎撃が蛇の魔物にあたる瞬間、見計らったかのように蛇の魔物は竜の太い尻尾に一瞬で巻き付いた。
これには竜も驚いたようで慌てて尻尾を振り回して蛇の魔物を振り落とそうとしている。だが、かなりの力で巻き付いているのか全く離れる気配は無く、むしろ蛇の魔物の胴体が竜の尻尾に食い込んでいっているのがわかる。そして、遂に耐えきれなくなったのか尻尾の鱗にひびが入り始め、鱗がボロボロと剥がれ落ちていった。鱗の下の柔い肉部分が見え始めるとすかさず蛇の魔物はその部分に噛みついた。噛みついたことで拘束が弱まったのか、蛇の魔物はすぐに振り落とされてしまった。竜は接近戦は危険と判断したのか蛇の魔物を振り落とすと、すぐに距離をとって先ほどよりも警戒した視線を蛇に向けた。そして両者の距離が開いたことでまたも睨み合いが始まった。
「クルスはどっちが勝つと思うネ?おっ、キャラメル甘くて美味いネ!」
睨み合いが始まって膠着状態に移行したのを見て、リョウセン様が聞いてきた。
「ん~、俺は蛇が好きなので蛇に勝って欲しいです。竜の方は金ぴかで成金みたいでいけすかないんですよね」
あの蛇のしなやかな胴体と黒と黄色の入り乱れる鮮やかな色合いがとっても魅力的だ。機会があれば是非とも飼いたい。
「……それ答えになってないネ」
「いやいや、ちゃんと理由はありますよ。さっき、竜のブレスが当たったはずなのに無傷だったじゃないですか。それに接近戦は蛇の方が有利そうだし」
「竜の強みは空を飛べることネ。あの竜が飛んで上から攻撃しだしたら蛇の魔物の勝ち目は薄くなるネ。うーん、私はこの中だったら塩バターが一番好きネ。クルスはどれネ?」
「確かに……戦いが始まってからまだ一回も飛んでませんでしたね。俺もこの中だったら塩バターが好きですね」
「お揃いネ」
「あれ?なんか竜の様子が変ですよ」
睨み合いを続けている様子の両者だが、竜の様子が明らかにおかしいのだ。呼吸を浅く繰り返しており、尻尾をブンブンと振り回している。
「あ~あれは多分毒を盛られたネ。噛みつかれたときだと思うネ」
あの蛇の魔物は毒持ちだったようだ。そうこうしているうちに毒が回ってきたのか竜の身体が一度グラっと傾いた。その隙を逃すはずもなく、蛇の魔物は一気に勝負を仕掛けにいった。
「これはもう勝負ありネ────」
蛇の魔物が竜の喉元に飛びかかり────上空から降り注いだ白色の閃光が両者を貫いた。その一撃は致命的なものだったらしく、閃光が消えると両者共に崩れ落ち動かなくなった。
「「……え?」」
突然の出来事に二人して固まっていると、この惨状をつくった犯人が悠々とその場に降りてきた。犯人は淡い光を放つ純白の羽を持ち、琥珀色の瞳を持った────
「カリス?」
『カリスですね』
カリスだった。かなり大きくなっているが間違えるはずがない。俺の調教のスキルが反応しているのだ。その犯人……カリスは地面に降り立つと、漁夫の利で倒した二体の魔物を物色し始めた。
………これが本当のデウス・エクス・マキナってやつ?
「あいつ知ってるのネ?」
「……俺の従魔です」
「凄い偶然ネ」
「ちょっと文句言ってきます」
俺は立ち上がると、窓まで近付き開け放った。
「カリス!」
カリスはいきなり聞こえた俺の声にビクッと肩を震わせたあと、周りをキョロキョロとしだした。分からないのかな?
「ここだよここ!」
自分の居場所を知らせるためにもう一度声を出すと、ようやく気付いたようでひどく驚いた様子で俺を見た。
『クルス!?お前母親と一緒に寝てたんじゃ!?というかどうやってここに!?』
「神界でここと空間の繋がっているところから来たんだよ。それより何してんのさ!せっかくいい戦いだったのに!漁夫の利は卑怯だよ!」
『し、神界!?またとんでもないところに………。まあいい。漁夫の利だと?この世界では弱い奴、油断した奴からやられていくのだ。野生に卑怯も何もない』
うぐっ。これ以上ない正論。反論できない。
「うっ、わ、わかったよ………」
『ああ。クルスも肝に命じておいた方が良いぞ』
「あ、そうだ。そこの竜、そっちの蛇の毒を受けてたから食べない方がいいよ」
『む、そうなのか。蛇の方も毒持ちでは食べるのが面倒だな。仕方ない。別の獲物を探すとするか』
「うん、頑張ってね」
『クルスはどうするのだ?家まで送ってくぞ』
「いや、ノイントが連れ去られたまんまだし、一瞬で戻れるから大丈夫だよ」
『そうか。それではまた後でな』
そう言うとカリスは一度羽ばたくとふわりと浮かび上がり、次の獲物を探しに飛んでいった。
「念話ができるなんて、お前相当高位の魔物をテイムしているのネ」
窓を閉めてリョウセン様の方を振り向くと、感心したように話しかけてきた。
「まあなんというか、成り行きでそうなったというか、とにかく俺の実力じゃないんですよね」
誤解されるのは困るので、ちゃんと本当のことを言っておく。
「ほー。まあどうでもいいのネ」
リョウセン様は特に興味はなかったようだ。それからは特に何も起きず、ポップコーンを食べながらリョウセン様とまったり過ごすのだった。
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一方その頃………
「ここにもいない!次っ!」
目当ての人物(神物)がおらず、しらみ潰しに様々な神の空間に転移する。
「おうイリスじゃないか。どうしたんじゃ?」
次に転移したのは技巧神シュバルエの空間だった。
「ねえシュバルエ!ここにリョウセンと2人の子供が来なかった?」
「リョウセン?はて、来ておらんがのう?」
「も~~~っ!まったくどこに行ったのよ!見つけたらただじゃおかないんだからーー!」
その日神界にイリスの怒りの叫びが響き渡った。