31話 メイドが集う食堂
「では私たちも朝食を持ってきますね。」
メイド達はそう言って俺と一緒に食べる朝食を各自取りに行った。
~厨房にて
「アンネ、私達の朝食はありませんか?」
「え?あるけど………まだ坊っちゃまが食事中でしょ?駄目じゃない。」
「ふっふっふ、それがですねえ。なんと、坊っちゃまから朝食に誘われているのですよ!」
「どういうことアウル?」
「坊っちゃまが食堂で食べることにしたのですが、今日は坊っちゃま以外誰も食堂に来なかったんです。それで一人じゃ寂しいから一緒に食べようって。可愛いですよねえ。」
そのときのことを思い出したのか、シェーラは勿論、アウルや他のメイド達も顔をにやけさせていた。
「え?でも仕える主のご子息と一緒に食事なんて、そんなの頼まれても断らないといけないじゃない…………。」
「ええ、私も最初は断ったんですよ………シェーラは即答しようとしてましたが………。ですが、坊っちゃまは私が断ると泣いてしまうくらいに落ち込んでしまって………。でも私達を困らせないように無理矢理笑顔を作って安心させようとする坊っちゃまの優しさといったら!ひぐっ、ぞんな坊っぢゃまのぼんの小さな願いを、断るごどがでぎまずでじょうが!」
アウルは途中から涙が溢れてきて嗚咽混じりに熱弁した。
「そうです!ただ立場が違うというだけで坊っちゃまの気持ちを無下にするなど!そんなことをするなら死んだ方がマシです!」
………シェーラは平常運転だ。
「たしかにそうよね。そんなことで遠慮して坊っちゃまを悲しませるよりもその方がいいわよね。」
「という訳でアンネ、私達の朝食を用意してもらえますか?」
「分かったわ。そうだ。ねえアウル、その、私達も坊っちゃまと一緒に食事してもいいかしら?」
「ええ、多分大丈夫だと思いますよ。でもなんで急に?」
「自分達が作った食事を食べてくれているところを近くで見たいのよ。」
「他の皆もそうなのですか?」
「ええ。」
「はい。」
「あ、安心していいわよ。カレイド様達の朝食はもう作ってあるから。」
「珍しいですね。いつもなら作りたてをお出しするのに。」
「だって、朝食の準備ができたって呼びに行ってもカレイド様や奥様方はいないし、カルエナ坊っちゃまとお嬢様方は起こしても全然起きなかったのよ。作る方の身にもなって欲しいわ。」
「そんなことがあったんですね………。」
「それに対して坊っちゃまは偉いわよね。起こしに行くと既に起きてるし、寝てても起こしたらすぐに起きてくれるし、本当まともなのは坊っちゃまくらいよ。」
「ふふん。そうでしょうそうでしょう。」
それを聞いてなぜかシェーラが誇らしげにしていた。
「こらアンネ。あまり仕える方々を悪く言うものじゃありませんよ。」
「じゃあアウルはまともなのが坊っちゃま以外にいると思う。」
「それはもちろん……………。」
「いるの?」
「…………いますよ、きっと。」
「………まあいいわ。それじゃあ準備するわね。」
少し待っているとトレイに朝食を乗せたメイド達が戻ってきた。あれ?増えてない?
「坊っちゃま、厨房を担当しているアンネと申します。どうか私どもも朝食をご一緒させていただけませんか?」
「うん。もちろんいいよ!」
断る理由がないからね。
《ご主人様~ボクもう出てきていいですか~?》
いいよ。
ノイントが実体化すると厨房の担当だというアンネ達が驚いていた。
「アンネ達は見るのが初めてだろうから紹介するね。精霊のノイントだよ。」
「初めまして~ノイントです~。」
「よ、よろしくお願いします。」
「では席について食べましょうか。」
そうメイドが言った途端、シェーラがものすごいスピードで俺の隣に朝食のトレイを置いた。
「では私は坊っちゃまの隣の席をとらせていただきますね。」
「「「「ぐぬぬ………。」」」」
シェーラがそう宣言すると何人かのメイドが悔しそうにしていた。どこで食べても同じだろうに…………。
「ボクはご主人様に朝食を分けてもらうから当然隣ですね~。」
「「「「あっ………。」」」」
ノイントが俺の隣に座ると悔しがっていたメイド達がしまったという顔になった。
そんなことをしている間に他のメイドは既に各々席についていた。それを見てそのメイド達も渋々席についていった。何がしたかったの………。
「じゃあ食べようか。」
「坊っちゃま、今日の朝食は如何ですか?」
みんなと談笑しながら食べているとアンネが俺に料理の味を聞いてきた。
「うん、美味しいよ!特にこのムニエルなんか身がふわふわでとっても美味しいよ。」
「ふふ、ありがとうございます。そんな美味しそうに食べていただけると、私どもとしては嬉しい限りです。」
うん、本当に美味しい。何が秘訣なんだろう。
『知りたいですか。』
知りたいけど、何そのもったいつけた感じ。ちょっと怖いんだけど。
『知ればマスターはこれからメイド達に敬語で話すことになるでしょうね。』
そんなに!?じゃあ、やっぱりいいや。何か怖いもん。
『そこまで言うなら仕方ありません。美味しさの秘訣は━━━』
わー!わー!
『聞きたくないのですか?』
聞きたいけど………いや!聞きたくない!
『そうですか。残念です。』
こやつめ、からかいおって………。私はあなたをそんな風に育てた覚えはありません!
『どこのお母さんだ………。そんなことよりクルス。私はあの燻製の肉が食べたいぞ。』
「はいはい、ベーコンのことね。はい、どうぞ。」
俺がベーコンをフォークで刺してカリスに近づける。カリスはベーコンをとって美味しそうに味わって食べていた。なんか餌付けしてる気分になる。………今更だけど鳥に調理した肉とか食べさせちゃ駄目じゃないっけ?
『私をその辺の鳥と一緒にするな。私は魔物だぞ。それに神鳥だ。なんの問題もない。』
なるほど、魔物は雑食なのか。
『ざっくりしすぎてないか………?』
「クソ鳥め………。坊っちゃまからお食事をもらうなどなんて羨ましい…………!坊っちゃま!私もあのムニエルが食べたいです!」
「自分のがあるよね?シェーラ。」
「うぐっ。」
俺がそう指摘するとシェーラはガックリと項垂れてしまった。何がしたいの。
「坊っちゃま、その鳥は神鳥ヴェズルフェルニルで間違いないですか?」
シェーラとそんなやり取りをしているとメイドが話しかけてきた。
「うん。」
「やはりそうなのですね。」
「珍しいの?」
「そうですね。一生を世界樹ユグドラシルの上で過ごすので、普通に生活していたら出会うことはほとんどないです。」
「………引きこもり?」
『おいクルス。』
「その言い方はどうかと………世界樹ユグドラシルの守護をしているので決して引きこもりではないと思いますよ。」
「そうなんだ。」
「それにしても珍しいですね。坊っちゃまはどこでヴェズルフェルニル………カリスを見つけてきたのですか?」
「見つけたんじゃないよ。父さんがカリスが放浪してたのを見つけて持ってきたんだよ。」
「カレイド様でしたか。どうりでこんな高位の魔物なのですね。でも、持ってきたというのは?」
「ええと、力ずくで。ね、カリス。」
『うむ、あの男には手も足も出なかった。』
「そ、そうですか………。」
なんかちょっとメイドが引いてる?
「やっぱりカリスの種族って強いの?」
「神鳥ヴェズルフェルニル一体と人族が戦えば、どれだけ人族が物量で押し込もうとも歯が立たないくらいには強いですよ。私達でも1~2割程の力は使わないと勝てないくらいですね。」
人族が人種の中で最弱とはいえ、そんなに強いのか。にしてもメイド達はやっぱり化け物だ。人族が全く勝てない魔物を本気も出さないで倒せるんだもの。
『これには私も少しばかりショックだな………。』
あ、やっぱり?
その後も普段話さないようなメイドと色々話したり、他愛ない話をしたりしながらメイド達との食事は終わりを迎えた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
メイド達との食事から十日が経った。
この前のこともあり、今では食堂に家族の誰もいないときはメイド達と食事をするようになった。食事をしたメイドが話したのか、一緒に食べるメイドや執事が増えていってるような気がする。いや、確実に増えてる。最初は食堂のテーブルの四分の一も使ってなかったのに、今では三分の一は使っている。まあ、多いに越したことはないんだけどね。
食事の間仕事は大丈夫なのか聞くと俺との食事のために終わらせたそうな。そこまで気をつかわなくてもいいのに………。
今日も今日とて朝食をとるために食堂へ向かっている。そういえば最近は自分の部屋で食べることは少なくなったな。メイド達のおかげかな?
そう思いながら食堂の扉を開けると先客がいた。
「あら、クルスも起きたのね。おはよう。」
「おはよう母さん。」
母さんは俺に気がつくと微笑みを浮かべて、自分の席の近くに座るよう手招きした。特に断る理由もないので手招きに従って母さんの隣の席に座った。俺が座るとノイントが実体化して現れ、俺の隣の席に座った。カリスは俺の肩から降りて膝の上に乗った。
「カリスちゃんもノイントちゃんもおはよう。」
『おはようだ。』
「おはようございます~。」
母さんとそのまましばらく待っているとメイドが料理を運んできた。
「もう!クルスはしっかり起きてるのにカレイドもレレナ達もだらしないわね。」
母さんは食事が来ても未だに食堂に来ない面々に文句を垂れていた。
「申し訳ありません奥様。お嬢様方はともかくカレイド様とレスティア奥様とカルエナ坊っちゃまは徹夜で作業をしていたようでぐっすりとお眠りになっておられます。」
父さん達と一緒に作業してたってことは兄さんももう仕事をしてるのかな?
「そうなの?それじゃあ仕方ないわね。でも三人で何してたのかしら?まあいいわ。食べましょう、クルス。」
「うん。」
食事が始まったので、まずノイントのお皿に俺の分の料理を取り分けていく。
「ありがとうございます~。ん~美味しい~。」
早速ノイントは食べ始めたようだ。俺も食べよう。
「そうだクルス。この前言ってたお酒造り、今日できないかしら?」
しばらく食べていると母さんがおもむろにそう聞いてきた。
「うん。いいよ。」
別にこれといってやることもないし、お酒造りのことは前から約束してたことだから問題はない。
「本当!?じゃあ食事が終わったら私の部屋に行きましょ。」
「わかった!」
そのまま母さんと魔法のことや父さん達のことを話しながら食事を終えた。
「それじゃあ行きましょうか。」
「うん。行くよカリス。」
『ああ。』
膝の上で休憩しているカリスに声をかけると飛び上がって俺の肩にとまった。
食堂を出て3分程歩くと母さんの部屋に着いた。母さんの部屋は俺も何度か入ったことがあるがとても自然に溢れている。植物がそこら中に植えてあり、一部は部屋と一体化している。あまりに自然で溢れているのでこの部屋だけが空間から切り離された印象を受ける。俺の種族がハイエルフだからか、母さんの部屋はとても落ち着くのだ。
「ちょっと待っててね。今手帳を探してくるから。」
母さんはそう言って戸棚や机の中などを探し始めた。
「うーん、ここじゃないわね。どこにやったかしら?本棚も探してみましょうか。…………あっ、あったわ。これよこれ。」
どうやら見つかったようだ。母さんは手に茶色い手帳を持って戻ってきた。
「これがその爺エルフが書いたお酒のレシピ本よ。」
母さんが中を開いて見せてくれる。100年以上の時間が経過しているにも関わらず、その手帳は全く劣化した様子がない。手帳の中には丁寧に絵付きでお酒造りの行程が書かれていた。
「丁寧に書かれているね。」
「そうなのよね。元々誰かに教えるつもりだったのかしら?とにかく、早速始めましょうか。」
母さんはそう言い一ページ目を開き読み始めた。
「必要な材料。月茸、寄生梅、蹂躙檎、刺葡萄、賽の目オレンジ、雷電蛇の電気袋、血胡椒、濃縮麦、サテライトオーブ、露シャボン、神金羊の光玉、影竜の心臓、そして最後に魔力操作のスキルを持つ者ね。」
聞いても全然わからなかった。
というかなんか魔物の素材混ざってなかった?いいの?
「これなら全部この森で揃うわね。うーん、メイドに頼むのもつまらないし………そうだわクルス!一緒にお酒の材料を取りに行きましょ!」
「いいよ!でもどこに生えてるとか分かるの?」
「大丈夫よ。この手帳に材料の形から生息域まで全部乗ってるから。」
なにからなにまでご丁寧に………。
「という訳だから、クルスも外に行く仕度をしてきなさい。」
「わかった!」