20話 カリス大混乱
「あ、自己紹介をまだだったわね。私はレレナよ。よろしくね、カリス」
「ルーナよ………よろしくね」
「シェーラと申します」
カリスの名前が決まったところでレレナ姉さんから順に、カリスに自己紹介をしてくれた。カリスもそれに応じるように翼を動かして返事をする。そして俺の番となったので、改めて自己紹介をする。
「俺はクルスだよ。これからよろしくね、カリス。………あ、あともう一人いるんだった。ノイント、お願い」
そこでノイントがいることに気が付いたので、ついでに自己紹介してもらおうと呼びかけた。
『なんだ?もう誰もいないじゃないか』
「了解しました、ご主人様~!」
『な………!』
カリスが辺りを見回した瞬間、俺の隣に白髪赤瞳の少女ノイントが現れた。これにはカリスも驚いたようで、鷹のように鋭く美しい金色の瞳を大きく見開いていた。
「はじめまして~。ボクはご主人様の魔力から生まれた精霊、混沌の精霊ノイントだよ~。よろしくね~、カリス~」
『せ、精霊だと………それにご主人様、クルスの魔力から生まれた?混沌の精霊なんて聞いたことないぞ?』
すごい驚いているな。この分だと今日はティオの紹介はやめとこう。収拾がつかなくなりそう。
『マスター……』
ごめんなさいティオ!
「それじゃあ、カリスの名前も決まったことだし、そろそろ家に入りましょ」
「うん。……あ、でもカリスが入れないや」
「そうだったわね…」
カリスの大きさはだいたい3メートル。屋敷の玄関はだいたい2メートル半。つまりカリスの大きさだと大きすぎて入れないのだ。そのことに気づいて悩んでいると、カリスが話しかけてきた。
『おいクルス。私が大きすぎて悩んでいるのか?』
『え?うん。その大きさだと中に入れないからね』
『なんだ、そんなことか』
そう言うとカリスの体が白く発光して、一瞬姿が見えなくなった。
そして、光が収まるとカリスがいた。………いや、カリスはその場にいるのだが、その体は明らかに小さくなっていた。
淡く輝きを放つ純白の羽を持つ美しい姿はそのままに、3メートルあったカリスの体は20センチ程の大きさになっていた。
『ふむ、こんなものでいいか?』
『あ、うん』
カリスにとっては大きさを変えることは別に特別なことではないようで、大きさが変化したという衝撃が抜けてない俺に淡々と聞いてきた。俺が返答するとカリスはその場から飛び立ち、俺の右肩に止まった。
少しだけ重い感じはあるが、右頬に当たるふわふわの羽毛の感触に心を奪われて全く気にならなかった。
それから数秒経って、やっと姉さん達も驚きから立ち直った。
「…………大きさを変えることができるのはかなり高位の魔物しかできないと聞くので、カリスも高位の魔物なのでしょうね」
やはりカリスは魔物の中では強い方なんだ。
「カリスってすごいのね!」
レレナ姉さんは素直にカリスを褒めていた。
「鳥ま……カリスもすごいけど……それをテイムするクルスもすごい……」
「あ、ありがとうルーナ姉さん……」
今鳥丸って……いや気のせいだ。
「とにかく、家に入ろっか」
カリスの能力によって屋敷に入れない問題は解決したので、家に入ることにした。廊下を歩いていると、メイドや執事が一瞬、俺の肩に乗っているカリスを見て動きが止まるがすぐに持ち直してお辞儀をしてきた。そのまま自分の部屋を目指して姉さん達と歩いていると、カリスが戦々恐々とした様子で俺に念話をしてきた。
『おいクルス。なんだこの家は。化け物は私を倒したあの男だけではなかったのか……』
あの男とは父さんのことだろう。
『……やっぱり普通そういう反応になるよね。そうだよ、この家のメイドは全員ハイエルフで執事は全員高位古代竜人なんだよ』
『は………いやいやいや、待て待て待て───』
しかし待たない!これだけではないのだ。
『それに全員自分の種族の範疇を超えているしね。執事の方は神格持ってないのにほぼ"龍"と同じくらいの強さを持っているんだって。メイドも執事と同等の強さはあるらしいよ。それと姉さん達のお母さんは俺と違ってヴァンパイアの真祖なんだよね』
『……………長いこと生きてきて、自分でもかなり力がある方だという自負があったのだが、これほどまでに自分の自惚れを恥じることになるとはな……』
カリスはこの屋敷の人間を見て、自分の強さに自信をなくしたようでガックリと肩を落としてしまった。
経験者としてその気持ちはすごい分かる。俺もチートスキルで異世界無双とかできると思っていた時期がありました………。
『まあ、俺も最初それに気づいたときは心がポッキリといったね。そのおかげかはわからないけど自惚れがなくなって、より一層強くなりたいって思えるようになったからいいことだと思うよ』
『な、なるほど……。お前も苦労したんだな』
『わかってくれるのっ!?』
俺はこの屋敷の中で唯一の理解者を得ることができて嬉しい反面、同じ心境に立たされているカリスに同情もした。その後も二人(?)でこの家の異常さについて話しているとレレナ姉さんが話しかけてきた。
「ねえねえクルス。なんでカリスが助けてって言っただけで殺さなかったの?」
「ええっと、カリスを殺さなかったのはやっぱり、このふわふわの羽毛があったからかな」
俺はそう言って肩に乗っているカリスに頬擦りした。カリスは別段嫌そうな素振りを見せていないので大丈夫だろう。
「ふーん………そんなにカリスの羽がいいの?」
「うん。レレナ姉さんも触ってみる?」
『いいかな?』
『好きにしろ』
「うん!」
レレナ姉さんも触ってみたかったようだ。レレナ姉さんはカリスの羽毛に触れると、頬が緩ませきってだらしない笑みを浮かべた。
「ふあふあだぁ~」
「クルス……私も……」
「うん、いいよ」
ルーナ姉さんもレレナ姉さんの反応を見て触りたくなったようだ。
「!!ふわふわ……気持ちいい……」
レレナ姉さんより反応は薄いが、気持ちいいのだろう。姉さん達のそんな反応を見ているうちに、俺の部屋に着いた。
「それでは私は先に部屋に行ってお泊まりの準備をしてきますね」
シェーラはそう言って、ご機嫌そうにスキップをしながら自分の部屋に戻っていった。
まあ、スキップといっても時速30キロは出てるんだけど………。
「シェーラめ。うらやましいっ!」
「ぐぬぬ………」
姉さん達はそんなシェーラの後ろ姿を恨めしそうに見つめながら、自分達の部屋に帰っていった。
ぐぬぬなんて言う人初めて見た。
さて、俺も少ししたらお泊まりの着替えを持ってシェーラの部屋に行かないと。
シェーラの部屋はシェーラの部屋とは思えない程落ち着いた雰囲気があり、とても居心地がいいのだ。そして、ベッドもふわふわでいつも部屋の中がハーブにいい匂いで満たされているのだ。だから屋敷の中を探検するときは度々お邪魔させてもらっていた。そのため、初めてのお泊まりといえど緊張はしていなかった。
そんなことを考えているうちに着替えを揃え終わったので一息つくためにベッドに腰掛けた。するとカリスが肩から降りて俺の隣に着地した。
今なら時間的に余裕があるし、ティオも紹介しちゃおうか。そう思い、カリスに念話を送った。
『カリス、もう一人……一人?紹介したい人がいるんだ』
『なに!?また精霊か!』
カリスは先ほどのノイントのことが頭から離れないようだ。
『いやいや、そう警戒しなくても、精霊じゃないよ』
『そうか………では誰なのだ?』
説明するよりティオに任せた方が楽そうだな。ってことでお願いします。
『はあ………。カリス、聞こえますか?』
『きゃあっ!何!?何かいるの!?』
カリスが驚きすぎて、男勝りな口調から女口調になっちゃってるよ。………それにしてもカリスの声って案外可愛いな。
《カリス~、落ち着いてよ~》
驚きすぎて暴れているカリスにノイントが声を掛けて落ち着かせる────
『うひゃあ!今度は何!?ってノイント!?』
──ことはできなかった。むしろ虚空からまた違う声が聞こえたことで、余計にカリスが混乱してしまった。
『………マスターの言った通り、ノイントの紹介と一緒にやらなくて正解でしたね』
ホントだよ………。
『カリス、私は敵ではありません。マスターのスキルのティオと申します』
『ふぇ?スキル?』
もうさっきまでのカリスの面影は全くない。
『はい。マスターのサポートをするためのスキル"神の導き手"のティオです。主神によって作られたスキルですので、こうして意識を持っているのだと思います』
『へ、へえ……。ティオはすごいのね。これからよろしくね、ティオ』
口調は戻らないが、混乱はなくなったようだ。
『はい。よろしくお願いしますね、カリス』
なんとかまるく収まったな。
『ふぅ、びっくりした~。──はっ!』
カリスは混乱がなくなったことで今の自分の口調に気が付いたようだ。
『なあクルス………まさかお前、聞いたのか?』
『……何を?』
何かは予想がつくが、あえて惚けてみる。
『そ、その私の口調──』
『あっ!もうこんな時間だ!シェーラの部屋にいかなくちゃ!』
俺はカリスの追及を誤魔化すために着替えを持って部屋を飛び出した。もちろん時計など見ていないので、今が何時かはわからない。
『なっ!さてはお前聞いたなっ!その耳、切り裂いて永遠に聞こえなくしてやるっ!!』
「ひぃっ!」
何故あの状況で聞いていないと思えるのか甚だ疑問だが、今は逃げなくては。カリスが飛んで俺を追ってきているのだ。迫ってくるカリスはなかなかに迫力がある。猛禽類に狙われる獲物の気持ちが少しわかった気がする。
廊下にはメイドや執事達がちらほらといるのだが、誰もが俺を見るなりお辞儀して頭を下げてしまい俺の置かれている状況を見ておらず、誰も助けてくれなかった。
俺はカリスから全力で逃げながら早くシェーラの部屋に着くことを必死に願った。