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第4話 ある日の校庭

 珍しく社会の授業を全部聴き、その日の授業が全て終了した。

 あの日からずっと、隣の様子が気になっていた。ノートを整理している間も、筆箱をしまう時も、チラチラと彼女の方を見てしまう。そして、彼女はそんな怪しい挙動にも気づかない。気づかれたら気づかれたで困るが。


 ホームルーム終了後も何度か声を掛けようとするが、振り向く素振りもなくすぐに友達の方へ行ってしまった。結局何も言えないままだ。




 そして、1週間経った。


「はぁ……疲れた」


 吐息が白く曇る。

 放課後の校庭。ジャージの集団がトラックを駆け抜け、隣のコートではボールが蹴られている。更に奥にはフェンスが高くまで設置され、心地良い音を上げて球が打ち上げられる。

 そこに1人、所在なさげに立ち尽くす少年。科学部の彼に、用はないはずだ。


「今頃、桜井さんは部活か……。部活って、如何にも青春って感じだよなぁ」


 独り言にしては大きな声でブツブツとものを言っていると、いきなり背中に打撃を受けた。


「よっ! どーしたんだ山下」

「ってぇ! いってぇな岸川! 何だよ急に」

「いや~、元気なさそうだからついつい」


 ニヤけた顔で頭をかく様子からは、微塵も反省の色が見て取れない。分かっていたことだが、彼は基本的に加減というものができない人物なのだ。


「んで、どうしたんだ? 何でも言ってみろよ」

「何もないって。てか、部活はどうした。さっきまでここ走ってただろ?」

「いいからいいから。遠慮するなよ、友達だろぉ」


 バシッと音が鳴るくらい背中を叩かれ、痛みよりも不快感が高まってきている。さらに岸川の「分かってるぜ俺は」とでも言いたげな顔がそれを加速させる。

 キリがないので、回された腕を力ずくで解き、そのまま前へ押し出した。


「……どうしたんだよ。お前今日変だぞ?」


 目を覗き込みながら岸川に言う。


「目付きは元々わりぃよ。お前に言われたかねぇけど」

「そうじゃない、何で俺なんかに構うんだよ。何時もはろくに話も聴かないくせに」

「薄情者みたいに言うな! それから、話はちゃんと聴いている。俺が喋るのを止めないだけだ」

「世間一般ではそれを"話聴いてない"って云うんだよ」


 一通り冗談で煽り合うと、岸川は一層目付きを鋭くして言った。


「あのなぁ、おかしいのはお前もだぞ。なんか動き怪しいし、弁当もろくに食わねぇし、背低いし」

「サラッと最後どうにもならねぇことを……もういいや。てか、そんなに変か?」

「ああ、おかしいとも。……もしかして、お前フラれたのか!?」

「なんで嬉しそうなんだよ!」


 言いながら、彼にとっては他人事なんだろうと思っていた。聴くだけなら簡単、体験するのはかなりの重圧だ。

 本当にお節介だなと、そう思った。


 本格的に冷え込んできたようだ。頬を刺激する風がキリキリと染みる。

 くしゃみを1つすると、何を思ったのか岸川は返事も待たずに話を再開した。


「まあ、人生そんなもんよ。生きていればいい事あるぜよ」

「お前は何時代のおっさんだ? 口調から顔から色々違うし」

「また減らず口を~。まぁいいさ、今日くらいはどんどん愚痴りな」


 今度は大袈裟な動きで腕を組み、彼もまた身長が低いのに見下ろすような目線を取る。とてもかっこいいとは言えず、寧ろ珍妙な光景だ。

 だが、彼の顔を見て、少し思い直したこともあった。態度こそ調子に乗ったガキンチョのようだが、目は真剣にこちらを見続けている。他人事だと思われている、というのは正しくないらしい。


「まあ、サンキューな。でも俺、別にフラれてな──」

「誤魔化さなくたっていいんだぜぇ、俺は何でも聴いてやる!」

「それは有難いんだけどさ。部活は?」

「……へっ?」


 その言葉に岸川が振り返ると同時に、怒号が響いた。陸上部の顧問の声だ。


「おい岸川!! サボってんじゃねぇぞ!」

「す、すいません! すぐ行きます!」


 焦りながらも大声で叫び返し、足早に走り去っていく。


「お前またサボりか。校庭20周だ」

「え!? 何で俺だけ倍なんですか!?」

「だからサボるなっつってんだろ! はよいけ!」


 その足で顧問の元へ向かうも、弾かれたようにトラックへ駆け抜けてゆく。馬鹿だなと思いつつも、先程よりは気分は良くなった。


 再び1人。太陽の残光も残り僅かになり、じきに沈むだろう。気温も下がってきている。

 手袋もつけないで棒立ちしていた彼には余計に寒く感じられ、いい加減に帰ろうと──


「山下くん?」


 聞き覚えのある少女の声。まさかと思い振り向くと、体操服姿の桜井さんがいた。


「さ、ささ桜井さん?! どどどうししてこここに」


 寒さと緊張のせいでまともに話せずにいると、彼女は簡潔に説明した。


「部活棟に道具取りに来たの。そしたら山下くんがいたから……」

「あ、あぁうん、そういうことね。いや、別に何もないんだけどさー」


 尋ねられていないのに急に話を始めるが、彼にはもう落ち着く余裕は無かった。


「うん、私も特に用事はないんだけどね。ほら、偶然だし」


 一方の彼女は普段通りの顔をしている。そう、30分前に教室でも見た、感情の読み取れない顔だ。その顔で丁寧に一言づつ喋る様は、まるでこちらを警戒しているかのよう。


「そっか……じゃあ俺、そろそろ帰るから。部活頑張って」

「あ……うん」


 今度こそ立ち去ろうと、フェンスを後ろ足で押して身体を起こす。あとは脚を前に出して、邪魔にならないように校庭の端を通り、校門から出るだけ。

 ──それだけなのに、何故か脚は言うことを聞かない。


「……桜井さん」

「何?」


 気がつけば彼女の方を向き、名前まで呼んでいた。

 呼ぼうと思って言ったのではない。勝手に口から言葉が出ていたのだから、続きなど考えていない。何も言わなければ、彼女をただ足止めさせることになってしまう。


 いや、言いたいこと、もしくは言うべきことなら山ほどある。あの箱の中身はどういう意味なのか、あの会話は本当なのか。そもそも何故あの日、声を掛けてくれたのか。

 しかしそのどれもが、言ってはいけないものだと感じる。それを尋ねるのはあまりに無粋で、彼女に失礼だ、と。


「桜井さんは、その……好きな人いるの?」


 そして結局、こんなに簡単な、かつとんでもない発言を繰り出した。直後、彼は赤面するのを感じ、慌てて両手で覆う。


(なんて事言っちまったんだ俺!! 流石にマズいだろ!)


 そのうち顔を隠すだけでは足りず、両足をじたばたさせていると、微かに砂の音が聞こえた。桜井さんがこちらに歩み寄ってくる音だ。

 走り去ってしまおうかとも考えたが、失言に失礼を重ねてどうするのかと、なんとか自制した。

 続いて微かに声が聞こえる。


「……るよ」

「えっ、ご、ごめん。聞こえなかった」


 伏し目で確認すると、彼女もまた俯いているのが分かった。耳まで赤くしている。

 申し訳なさと戸惑いと焦りとで訳が分からなくなった頃、次はハッキリとした声が放たれた。


「い、……いるよ!」

「そうだよなぁーいるわけ……っ?」


 その驚きは言葉にならず、彼は忙しなく周囲を見回すばかりだ。

 部活中でもある為、この一連のやり取りを聴いている人は流石にいないようだ。それでも驚愕の度合いは変わらず、彼は目を丸くして見つめた。彼女は顔を見せず、後ろを向いた。


 遂に日が沈み、乾いた冷気が全身を包んだ。暗闇を橙のライトが照らす。

 2人の位置は変わらない。彼はこれ以上引き止めるつもりはなく、彼女は足一歩動かさず。 


「……そうなんだ。ごめん、いきなり変なことを」


 先に沈黙を破った彼は、つっかえないように早口で話す。だが、依然として彼女は顔を上げないままだ。冷気のせいか肌の色は既に戻っている。


「……今のは、忘れて。何でもないの」


 言い終えてからこちらを向く──ことはなく、彼の右をすり抜けて行った。すれ違い様に「じゃあね」と呟き、部活棟の方へ駆け出した。

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