ドラゴンしよう型メイド
簡易人物紹介
私・・・自他共に認めるおつむが弱い子。根っからのおじいちゃんっ子でもある。
ワイド・・・館を統括している
じいちゃん・・・ドラゴン好き。私の祖父
ルロイ・・・大体いつも木の根元にいる。顔はいい。
うちのじいちゃんは昔からドラゴンが好きだった。
きっかけはじいちゃんが子供の頃。親の手伝いで畑仕事をしている最中に大きい翼で頭上を通り過ぎていくドラゴンを見たからという、なんとも簡易な理由である。
周りの人間はじいちゃんが言うことを信じなかった、若かりしおばあちゃんすらも。
そのせいでプライドと自意識だけは一丁前のじいちゃんはドラゴン絶対いるもん!と意固地になってしまい、孫が生まれた今でもドラゴンに固執している。
唯一、幼い頃よりドラゴンの洗脳教育された私だけがじいちゃんの話を信じた。
「ドラゴンはすごい」
「ドラゴンはカッコいい」
「ドラゴンはきっと強い」
じいちゃんは孫に語る言葉はそれだけ。
じいちゃんの語彙力と想像力は残念ながら貧相だった。
勉強する暇も金なく、畑仕事しかやってこなかったじいちゃん。そんなじいちゃんの苦労を思い、孫の私はとびっきりの笑顔で毎回こう答えるのだ。
「ドラゴンってやばいね!」
お わ か り だ ろ う か
祖父を上回る語彙力のなさ。そう、それが私である。
けれど誤解しないで頂きたい。私の住む場所は非常に廃れていて侘しい場所だった。それこそ学校という概念すら存在しなかった程。村人達はヤバイを多種多様に使い分けて会話することを得意としていたのだ。
『これはヤバイな』(今年の作物の出来はあまりよくないですね)
『ヤバイ』(確かにそうですね)
『違う意味でもヤバイ気がする』(国からの取り立てについても心配です)
『ヤバイな』(まったくその通りです)
外から来た商人たちはいつも頭を抱えながら聞いていた。「そのヤバイはいい意味か悪い意味かどっちなのだ!!」と。
そんなもの、聞けば分かるだろう口を揃えて住民は言う。
というわけでドラゴンは悪い意味ではないがやばい。それが私のドラゴンに対する当時の印象である。
そんな田舎育ちの私もすっかり大人になり、田舎で人生を終らせたくないと都会に飛び出して早3年。いろいろあったが、今はあるお屋敷で使用人として働いている。
完璧に整えられた庭、綺麗な建物。汚れひとつないメイド服。
それが当たり前の空間で、大きく息を吸った。
拝啓、米寿を5年前に迎えたじいちゃん。
「はぁー、世界征服したい」
私は相変わらず馬鹿のままです。
あらかじめ知っておいてほしい。私には特殊な力はないし、人より優れた頭脳もない。超人的な能力や魔法も勿論使えない。
あるのは適当な性格と、なんだかんだ生きていける運と対人能力くらいのものだ。
周りには何もないが、衣食住は全て均等に満たされている館。不満はないが、少しでも上を欲するのが人。それが私。
ほんとうに世界を征服したいわけではない、ここに思い切り寝そべって仕事をさぼりたい。でも怒られるのは嫌だ、だから世界を掌握して誰に怒られることもなくサボりたいという思考のみでぽろりと口に出したのが先ほどの言葉だ。
いい天気だなぁと空を見上げていると、後ろから声がかかった。
「こんな所で何を言っている、ユウリ」
背後にいたのはワイド様だった。
無骨が似合う男。この館の警備長であり、その他諸々をしている人だ。
体格もよく、全体的に黒い。つまり、威圧感が凄いのだ。
言い訳をするにしては少し遅く、今の言葉はばっちりと聞かれてしまっていた。
「休みたかったので・・・世界征服したら文句を言う人もいなくなるかなぁ、と」
「世界征服するほうがどう考えても今より休めなくなるだろう」
「真面目な解答ありがとうございます。そうですね、世界征服はやめて仕事に戻ります」
ワイド様特有の無言による圧力に押し負け、私は塵ひとつない地面を箒でささっと掃くそぶりを見せた。
神妙な面持ちで頷いたワイド様は低く唸るような声で囁いた。
「それが賢明だ。間違っても、“す”でその言葉を吐くなよ」
す?
私は首を傾げた。
す?す、とはなんだ?ス?酢、巣?
私の部屋のことか?確かにシーツがいい感じに丸まって、鳥の“巣”のようになっている。
うーん、なんか違うような。
考えることを放置した私は笑って誤魔化すべく元気よく頷いた。
「わかりました!」
「返事だけは完璧なのだが・・・まぁいい。それで君は今日、何の仕事を任されている?」
「えーと、掃き掃除が終わったら町にご主人様達の衣類を取りにいく予定です」
「わかった、君は職務を全うしろ。達成した暁には今日は特別に使用人達にも夕飯のデザートを付けるよう料理長に進言しよう」
「ほんとですか!!」
私がばんざーいと両手をあげるとワイド様が笑った。
そのまま軽く私の頭をなでようとして、止めた。空気だけが私の頭上をビュン!と掠めた。あまりの勢いに毛が束になって一瞬空に浮いた。
いったいどれだけの力で私の頭を撫でようとしたのか、背筋が少し凍る。
ワイド様の顔も引きつっている。悪気はないけど力の加減はできない人らしい。
「わ、わぁ。夕飯、楽しみだなぁ・・・」
「あ、ああ。今日はオレンジが手に入ったらしい。楽しみにしておいて、損はない・・・」
私たちはギクシャクとしたまま別れた。
おそらく次にあったときも気まずいままだろう。サボり、よくない。
とはいえ、館から街までは結構な距離がある。
およそ往復5時間、若いから、その理由だけで町へのちょっとした買出しはいつも私の役目だ。とてもじゃないが散歩気分でいける距離ではない。なぜ館はこんな変な場所にあるのだろう。どこに行くにしても、森を通らなければいけないのが面倒だ。
馬車はどうした馬車はと思うが何故か館には馬車というものが存在しないのだ。というより、生き物は何かに怖がって寄り付かないらしいのだ。森が近くにあるにも関わらず鳥の囁きで起きるなど夢のまた夢。他の従業員は理由を知っているらしいが私だけが知らないのはきっと新人だからだろう。とはいっても、もう3年目なのだけど・・・5年目あたりには教えてもらえることを祈ろう。
預かったお金を首から下げていた袋にいれて、服の中に隠す。
靴は昔から履きなれたものを。履きすぎて擦り切れ始めているが履き心地については抜群だ。
そうすれば、いつもの私の買い物スタイルの出来上がり。街は治安がいいし、森にいる数少ない動物達も何故か館の人間は襲ってこない。故に、問題なのは距離だけだ。
鼻歌を歌いながら舗装されていない道を歩いていると、いつもの人が木の根元に座っている。
足を組み、頭は正面を向いたまま。目をつむった姿に何故か手を合わせたくなる。
私はそんな人にいつもどおり声をかけた。
「こんにちは!」
「ああ こんにちは。今日は何のために町まで?」
大きなマフラーから顔を除かせたその人は私を見ると嬉しそうに笑った。少し皺のある整った顔が緩むと、なんともいえない癒しを私に与えてくれる。
「おやかた様の服を取りにいきます」
「そうか、森を抜けるまで一緒に行こう」
「そんな大丈夫ですよ、一人で行けます」
いいやと首をふった男は立ち上がると隣に並んでさりげなく私が持っていた籠を持ち上げた。
なんともスマートである。
「少しでも長く君と話したいんだ、君と話すのは面白いから」
「お言葉は嬉しいのですが、あまり話すと支障が生じるといいますか・・・」
私は自他ともに認める馬鹿だ。故に、親しくなればなるほど馬鹿が露見してしまう。
使用人に知性がないと、館の主人の印象が悪くなってしまう。だからこそ私は外では必要最低限以外、話さないように心がけている。
「大丈夫だよ、私は町の人間ではないからね」
男性は私に空いている手を差し出した。持っていた籠は既に持ってもらっている、空いているのは私の手だ。
いいのかなと自分の手のひらを見つめた後、恐る恐る手を上に重ねる。冷たい手にじんわりと私の熱が伝わっていくように熱がおびていく。
毎回思うが都会の人の手は何故いつも冷たいのだろう。
中には暖かい人もいるが館の住人と使用人、たまに街の人でも冷たい人がいる。
だから皆、厚着をしているのだろうか。夏でも長袖マフラー完備、見ているこっちが暑苦しい。
執事長であるワイドさんもそうだ。常にスーツは冬用、冬になると外ではもっふもっふのダッフルコートをこれでもかと着用している。
ワイドさんの手のひらはきんきんに冷えているわけではなく、ひんやりと、そしてつるつるとしている。
まるで皮膚が鱗のようで――
「どうしたんだい?」
まじまじと見つめていた手から顔を上げると、男性は目じりを下げて笑っていた。
ほんとに綺麗な顔をしている。
いつまでも見ていると少しだけ照れたように握られた手に力を込め、軽く引っ張るように歩き出した。
おお!私より一回り年上の男性が小娘に見つめられて照れている。
「可愛いかよ」
「?何か言った?」
無意識に出ていた言葉を否定するように私はぶんぶんと首を振った。
**
なんでもない雑談を重ねながら歩く私はいつものようにじんわりと達成感に似た喜びがこみ上げてくるのを感じる。
苦節3年、ここまで長かった。
実を言うと私は目の前のこの人に、2年間無視をされ続けた過去を持っている。
初めての遭遇と無視は当たり前ながら同時だった。
あれは、誰にでも挨拶という名の愛想を振りまこうキャンペーン中の最中だったと思う。
こんにちはーと挨拶をかけても男性はピクリともしなかった。
寝ているのかとその場は立ち去り、いつも同じ場所にいる男性に3回声をかけた結果、私は悲しい結論を見出した。一回目はしっかりと鳥のささやきに耳をかたむけ、2回目は目をぱっちりと開き、3回目は立ち上がっていたにも関わらず無反応だったため、完全なる無視だと断定できてしまったのだ。
ひょうきん者の割にはメンタルが弱い私の心はその時ばっきばきに折れて砕け散った。
普段なら道中口ずさむ歌は明るい童謡が多いがこの時ばかりは大声でデスメタルを歌いながら森を走り抜けたのを覚えている。
しかし挨拶がいいからという理由で雇われたことを考えると次回からは無視をすることも出来ず、仕方なく継続することにした。
安心してほしい、私のメンタルは弱いが回復は早い。ふつふつと湧き出る闘志、向こうが折れるまで意地でも挨拶は止めてやらないぞと決めたのだ。
返事が返ってこない一抹の寂しさは2ヶ月も過ぎればどこかに吹き飛ぶ、ようは慣れだ。
『こんにちはー』
2年と少しが経った頃、いつものように流れ作業のように声をかけると、突然男は顔を上げた。美しい藍色の瞳は見開かれている。
『もしかして、それは俺に・・・?』
私は無意識に周囲を見渡した。
なんの変哲もない澄んだ森だ。時折聞こえるのは森林が風によって動く音が微かに聞こえているくらいである。
唇が震えるのを賢明に抑えて男の人と目を合わせた。
『私が、誰もいないところに声をかける変態だと思っていたんですか・・・?!』
3年目にしての衝撃的な事実だった。
私の口が戦慄くのを見て、初めてその人はあわてたように立ち上がった。
『すまない!俺に声をかけてくる者などいないと決め付けていてっ』
「え、じゃあ私が誰に話しかけていると思ったんですか?」
『石…とか?』
せめて木にしてくれてもよくない!?
そこからまぁ、いろいろあったが認知されてから仲良くなるのは早かった。
負い目があるのかその人はそれ以来返事をしてくれるようになったのだ。
名はルロイ。森の中に住んでいるよく分からない人だ。
と、私は勝手に思っている。何故か私はこの森の中でしかこの人の記憶を保持できず、相談が誰にも出来ないため、浅い見解のまま終わってしまっている。
森から出ると私には森を抜けた記憶しかないのだ、しかし少しでも森に入るとルロイさんを思い出す。なんとも不思議な魔法がかけられた森だった。
「何故、私はルロイさんのことを覚えていられないのでしょうか・・・」
「覚えているじゃないか、いつも私に声をかけてくれる」
「でも、ここにいないと忘れてしまうんです。いつもお花を摘んでこようと思うのに、私はここにきて始めて何も持ってきてないことに気づくんです」
「ここは持ち込み禁止だから正しい行動だよ。えらいじゃないか」
「えへへ」
思わず顔が緩む、もって褒めていいのよと。
それにしても持ち込み禁止の森とは一体なんだ。
不思議だなーと思っている私にルロイさんは話しかけた。
「最近何かいいことはあった?」
「はい!もうすぐ長期休みがもらえるので実家に帰れることです!」
「――へぇ」
空気が凍った。
雰囲気ではなく物理的に凍っている。あまりの寒さに地面を見たら霜柱ができ始めていた。
「さむ・・・」
ぶるっと体を震わせた瞬間、ルロイさんがはっとしたように私を見た。
それと同時に暖かくなる空気。今度はむしろ暑いほどだった。
「あっ、すまない!」
「いえ、魔法がお上手なんですね」
田舎者の私は魔法の存在を都会にきてから知った。
魔法使い、魔術師、世の中には天変地異さえ変えてしまう人もいるらしく、感心するばかりだ。
「本当にすまない。君にしばらく会えないと思うと寂しくて、つい」
そっかぁ、寂しいと気温まで変えちゃうのか。
悲しそうな顔に免じて、私はなんとか笑顔を作って許した。
友達がいない男というのもなかなか考え物である。私も都会に友達1人もいないけど。
「ルロイさんはいいことありましたか?」
「君に会えたことだよ」
「へぇ」
褒めるのが上手なことだ。
けれど今はそういう解答は求めていない。質問には答えてほしいと思っていると、ルロイさんは眉を寄せた。
「・・・つれないね」
「そうですか?」
「そうだね、逆に困ったことはあるかい?」
「うーん、しいていえば仕ご――」
『間違っても、”す”でその言葉を吐くなよ』
す ス 巣・・・?
何故かワイドさんの言葉を思い出し、軽口として出そうになった言葉を飲み込んだ。
ルロイさんは促すように私を待っている。えへへ、と笑ってごまかすとルロイさんは目を細めて笑い返してくれたが、瞳の奥が全く笑っていないことに気づいてしまった。
「し、ご、なんだい?」
「し、仕事場で出てくるご飯がおいしすぎて食べ過ぎてしまうことですね!」
ほんのりと首を傾げたその後、ルロイさんは同意するように頷いた。
「ああ、それは困ったことだ。不味くするように言っておこう」
「ええ!?それはやめてください。毎日の楽しみなのに!」
「でも君は今、困っているといっただろう?」
「うーん、なんといえばいいのか」
伝わっているのに、伝わっていない。ルロイさんは冗談を言わない人だ。
言葉をそのまま飲み込み、会話をする。
だから時折、こういった勘違いの応酬のようになってしまう。
というよりルロイさんは館の食事をどうこうできる権限を持っているのだろうか。
「それなら君は今、嘘をついたのか?」
ルロイさんが私の肩を掴んで引き寄せた。
深い藍色の瞳の中で、私は目を丸くして驚いている。
「ち、違います」
「なら何故、君は困ったこととして食べ過ぎるといったんだい?美味しすぎて食べ過ぎるなら、不味くすればいいだろう?」
「ルロイさんの勘違いです!今のは愚痴という大義名分を与えられた惚気です。困っちゃうわーなんていいつつ実際は自慢しているだけなんですよ。コミュニケーションにおける会話手法の一つなんですよ」
「つまり、君は俺に嘘をついてないのか?」
「そうです!!」
頭が混乱してちんぷんかんぷんだが力強く頷けばルロイさんは慌てたように肩から手を放した。あーびっくりした。
「すまない。だが、くれぐれも俺に嘘はつかないでくれ、君を傷つけたくないんだ」
「軽い会話の応酬も命がけって凄いですね!」
裏切りには死を、って奴なのだろうか。嘘の代償がやたら重い。
「そういう習性なんだ、すまない」
恐縮したようにしゅんと肩を落としたルロイさん。習性って意味がさっぱり分からないけど可愛いから許した。
そもそも、人馴れしていないルロイさんに軽口を叩いた私がいけないな、反省反省。
こほん、と気をとりなおして話を続けた。
「そうですねー、ならお詫びとして少し相談に乗ってもらってもいいですか?」
「勿論、なんでも聞いてくれ」
「実家に帰るときにおじいちゃんにお土産を渡したいんです」
「そうか・・・帰らなくては駄目なのかい?」
ルロイさんの心なしか沈んだ声に私は首を傾げた。
「兄が結婚するので流石に帰らないと」
「戻ってくる予定は?」
「勿論ありますよ!あ、向こうで親がお見合い相手でも見繕ってない限りは」
「・・・」
ぱっと明かりがついたように喜んだルロイさんは一瞬にしてシュンとなり、ついには黙りこんでしまった。
なんと声をかけていいか分からず、しばらくお互いに黙った
「わたし自身は結婚する気、まだないんですけどね」
ぽつりとつぶやいたのが聞こえたんだろう、きゅっと目を見開いたルロイさんは少しだけほっとしたようにまた話し始めた。
「あー、そうだね。・・・お土産は祖父にだけ買うのかい?」
「いいえ、他の家族にも勿論買うんですけど。じいちゃんだけが特殊で・・・」
「特殊・・・?」
「はい、じいちゃんはドラゴン関係じゃないと嫌だというんです。ドラゴンって実在するかどうか分からないっていうのが世間の見解で、存在もあやふやじゃないですか。でもじいちゃんは信じていて、生半可なものじゃ納得しないんです。その状況で何を買っていけば満足するのか分からなくて・・・ルロイさん?」
黙りこんだルロイさんは口に手を当てて眉を寄せた。
しばらくそのまま整った顔を見つめていると、ふいに私を見つめてきたので少しだけどきっとしてしまった。
「君はどう?」
「どうって?」
「ドラゴンを信じているのかい?」
その答えの回答は既に決まっている。
私は勿論と頷いた。
「信じてますよ」
「何故?」
「じいちゃんが見たって言ったから」
「君の祖父が?・・・勘違いじゃなくて?」
「勘違いだとは思いませんし、例え勘違いだったとしてもウチのじいちゃんがいると言ったなら、私はそれを信じるだけです」
「祖父のために?」
「祖父を信じている自分のためにです」
ドラゴンというおとぎ話でしか存在しない生き物。
それを見たと言い張るじいちゃんはずっと、数え切れないほどの嘲笑と、影での悪口に耐えてきた。
意固地なじいちゃんとて、心が弱ることもある。周りから馬鹿にされるからやめてくれと家族に言われて黙り込む祖父の背中を見て、何があろうと私だけは最後までじいちゃんを信じようと決めたのだ。意固地なのは私も一緒だったのかもしれない。
「家族には言えませんでしたが、私はドラゴンを探しに都会に出たんです」
「馬鹿だね・・・」
「はい、私をそう思います。それでも、あの田舎でいるかどうか分からないいまま過ごす位なら、都会にきて白黒つけたかった。」
「・・・」
「あ、でも働きはじめてからはほとんど館にいてドラゴンは探してないんですけどね」
「そうか、だからか」
ルロイさんは心底嬉しそうに私の手のひらを突然持ち上げるとそこに口付けをした。
田舎者の自分にはその刺激は強い。思わず「ふぺ」と妙な悲鳴を上げてしまった。
「そういう君に私は惹かれたんだね。いい物があるんだ、お土産にはこれを持っていけばいい」
持ち上げられた手のひらにぽとんと落ちてきたのは一枚の黒い鱗だった。
恐る恐る持ち上げて空に翳すときらきらと黒く光沢を放ち、私はつい見入ってしまう。
「わぁ!凄いですねこれ」
「気に入った?それは龍の鱗・・・と、言い伝えられているものなんだ」
「へー!おじいちゃんにはもったいない!私が欲しいくらいです」
「本当に?」
「ええ!」
少し考えたように瞳を伏せたルロイさん。
おもむろに顔を上げて私を見つめた。
「実はもう一枚あるんだけど」
ルロイさんが何故かマフラーをごそごそしてもう一枚、今度は白い鱗を取り出した。
七色に輝くそれは黒い鱗よりなんだか不思議な魅力を秘めているように見える。
「くださるんですか!?」
両手を広げた私にルロイさんはおかしそうに笑う。
「これはそうだね、君が戻ってきたら渡すよ。だからちゃんと、帰ってきてね」
「え!?」
すぐに貰えると思っていた私の欲しいゲージは既に満タンで実家に帰るまで我慢できそうになかった。既に一枚貰っておいてなんて厚かましいんだと自分でも思うが欲しいものは欲しい。不満なのがありありと伝わったのだろう、ルロイさんは苦笑して私の頭を撫でた。
「ごめんね。けれど君が帰ってこなかったら私は寂しいから、保険をかけたいんだよ」
「私が帰ってこないことが嫌なんですか?」
今更だけどルロイさんは私のことが大好きである。まるっと無視された2年間分を精算するかのように好意を示してくれている。私の今の問いかけにもルロイさんは戸惑いもなく頷いた。
ひらめいた、ひらめいてしまった。
にんまりと笑ってルロイさんの手のひらを掴んだ。
「それならいい考えがあります!」
「なんだい?」
「私と一緒に実家に行って一緒に帰ってくるのはどうですか?!交通機関が徒歩とロバ以外しかなくて行くまでに相当時間はかかりますが、ルロイさんは私が帰ってこないと心配しなくていい。私はすぐに鱗がもらえる!」
私天才だなーと自画自賛が溢れてしまう。ルロイさんと一緒に行ってしまえば両親からのそろそろ結婚しろオーラからも逃れられて一石二鳥、いや三丁である。
「いいのかい?」
「勿論!移動で往復10日、滞在2日になりますがそれでよければ是非!無駄に家は広いので泊まるところは困りません」
「それはとてもいい案だね。同行させてもらおう」
「あ、でもお仕事とかは・・・」
「平気だよ、たまには若者を働かせないと」
ルロイさんも一応仕事をしていたらしい。
意外だなーと思いつつも、いいならいいかと流した。
行く途中はどうやって行くか、持ち物は何にするかとわいわいと話しながら歩く。
ルロイさんもとても機嫌がよさそうに笑っている。心なしか見えない尻尾がふりふりと動いているような気がする。というより、何かお尻のほうで風を感じるからそう思うのだろう。
そういえば
「これって結婚の挨拶に行くみたいですね」
ルロイさんが珍しく蹴躓いた。
倒れこんだルロイさんに手を差し伸べつつ、このまま既成事実でも作っちゃおうかなーなんて思いながら起き上がるのを待つのであった。
簡易登場人物紹介2
主人公・・・馬鹿というより田舎育ちのため物を知らない。恋愛には疎いが本能に従ってがんがん行くのでそれほど鈍くはないのかもしれない。
ワイド・・・館の管理人であり竜の守り人でもある。苦労人。
ルロイ・・・館の当主。おそらく龍界隈ではかなり有名な龍。仕事は森で気とかそういったものを調整する仕事をしていると思われる。少しヤンデレ気質だが主人公と相性はいい。
おじいちゃん…この後ルロイと出会い2重の意味で腰を抜かすことになる。