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苦手な方はご注意ください。

琥珀の月2 銀赤編 外伝

作者: 壱城 凜

はい、本文削除後のあらすじ紹介的な外伝です。

登場人物はこちらで確認いただければ嬉しいです。

ピクシブにも本文一部をUPしていますので、よろしければこちらもお願いいたします。

琥珀の月2 銀赤編 番外編


ここは、都心から少し離れた隣県の田舎町。

これと言って何の産業も無い町だが、一つだけ、他県に誇れるものがあった。

急勾配・九十九つづらおりの峠道だ。

バブル時代の頃からだったか……車好きの若者達が集まり、運転技術ドラテクを競い合う様になった。

全盛期はとっくに過ぎたとは言え、根強い車狂い(フェチ)はまだ健在だった。

そして、何時の頃からか、この峠に伝説が生まれる。

明け方近く……物凄い運転技術ドラテクを持った奴が現れる、と言うのだ。

鈍色にびいろの燻しダークシルバー車体ボディ

入れ替えられた特殊運転席バゲットシート

その、完全走り屋仕様の車。

後部座席は濃いスモークフィルムで覆われ。

その運転席側のスモークフィルムには黒い『S・W』のカッティングシール。

どれだけ挑んでも、登りは決して競争バトルせず。

下りのみでブッ千切る。

神がかりなドリフトで、完全連勝の不敗。

運転手はヴィジュアル系バンド顔負けの容姿。

お兄系ブランドの人狼(WEAR WOLF)の服を着て。

ハイセンスな銀細工シルバーアクセを好んで身に着ける。

そんな目撃情報が多々有り。

いつしか、彼は『シルバーウルフ』と呼ばれる様になっていた。

彼専用の追っかけ女子も居るらしい。

週末は滅多に現れず……

平日の明け方近くに不意に現れる。

出現の曜日や回数も総て不定で不明。

彼は今もますます伝説として語られている。


「はあーっ」

瑠架は工場兼自宅にある、小上がりになっている居間のこたつに入りながら大きく溜息をついた。

実は先日、その銀狼をついに瑠架は峠で目撃し……千載一遇の好機とばかりに彼に競争を申し込んだ。

この引っ込み思案で人見知りの瑠架には珍しく、申し込みを断る銀狼の車を自分の愛車で勝手に追いかけ、半ば強引に競争に持ち込んだ結果……。

接戦の末、とうとう僅差で勝つことが出来た。

だが、勝てはしたものの、極軽く、ではあるが接触事故を起こしてしまう。

その場は免許証を見せ、銀狼に名刺を手渡し、修理の連絡を待ってはみたものの……。

一週間経っても、彼からの連絡が全く無い!

心配になった瑠架は勝手に銀狼の車のナンバーから調べ、その住所となっている銀狼の居る店へと昨夜、直談判に行ってしまったのだ。

そして、東京の彼の働く店で酔い潰れて彼の寮に泊めて貰った。

そして、そして……。

今も、銀狼の大きな手の感触が、髪に、頬に、手首に……残る。

時々、車の事が関わると、無鉄砲になってしまう自分が今更ながらに恨めしい。

「はあーっ」

瑠架はもう一度盛大に溜息をつくと、こたつにべしゃりとうつ伏せた。

冷たいこたつ板に当たった頬が火照っているのが自分でも解る。

銀狼は噂通り、銀髪碧眼の長身で、ビジュアル系バンド顔負けの容姿。

だが、彼の鋭い瞳にミーハーさは無い。

その普段はカラーコンタクトであわせている緑の彼の瞳は、実は、右が緑玉・左が青玉という稀有なオッドアイ……。

クールな彼にふさわしい、荒野を渡る風の様な錆びた男らしい声。

ホストでは無い黒服らしいが、東京のホストクラブ勤務というのも頷ける。

片や自分は、いかにも日本人にありがちな、ストレートの短めの髪に、楕円形の奥二重で切れ長の瞳。

身長も平均身長より若干高いくらいの極平凡な十人前の顔立ち。

なのに……。

『俺のどこを気に入ってくれたんだろう……』

ショーンの男らしい唇の感触が脳内で再現され、瑠架はもう一度赤面するのを自覚出来た。

同性同士という戸惑いはあっても、決して嫌では無い自分が居る。

それどころか……。

「そろそろ、帰り着いた頃だよな?」

唯一の肉親であった、父を亡くして二年。

独り言は最早日常になってしまっていた。

ふと思いついて、自分の赤い携帯をズボンのポケットから取り出すと開いて時間を確認する。

毎月の契約料もさることながら、4Gの繋がりにくい山中の峠道に走りに行くことが多いので、瑠架は今時のガラ携を使っていたのだ。

早速、先程ショーンから貰ったばかりのメールのメッセージをふたつ開いてみた。

『件名 Thanks。本文 俺こそ、ありがとうm(__)m修理、完璧だった。(^_^)b 金はお前の暇な時で構わん。お前もまた遊びに来い』

『件名 了解。(^_-)-☆本文 ありがとうm(._.)m』

銀狼らしからぬ、JK張りの顔文字満載メールに瑠架はもう一度くすりと笑った。いや、PCパソコンヲタクのショーンらしいのか?

早速、返信を打つ。

『件名 さっきは 本文 ありがとう。そろそろ帰り着いた頃か?』

そこまで打つが……。

「やっぱ……迷惑かな?」

そのメッセージを送る事無く、瑠架はもう一度二つ折りの携帯を閉じた。

『普通の男友達だったらどうするかな?』

どうしても、そんな事を不自然に考えてしまう。

何故なら……。

また。

誰も触れた事の無かった最も敏感な自分自身に、ショーンの熱い大きな手の感触を思い出す。

「ゔゔゔっ!」

瑠架は小さく唸ると思わず反応してしまう自分自身を抑える様に両手を太腿に挟み込んだ。

言葉で表現する事が苦手な瑠架が、つい言葉を喉に詰めて発してしまう声。

『くくっ、うさぎ、みてえ』

この声を聞いてショーンはそう言った。

改めて、極耳元で囁かれた荒野を渡る風の様な錆びた声を思い出し、ぞくりと、する。

ピルピルピル

そこに、いきなり携帯電話の着信音が鳴った。

「ゔゔっ!」

瑠架は条件反射で軽く飛び上がった。

相手は……峠の走り屋友達からだ。

「はい、もしもし?」

「瑠架、お前、あの銀狼に勝ったって本当か?」

いきなり、仲間の興奮した声がそう問いかける。

「え……? 何で知ってるんだ? 翔太」

翔太は仲間内では一番社交的なムードメーカー。

だが、まだ誰にも銀狼とのバトルの事を話していない瑠架は驚いた。

「ええっ、何て?」「あー、やっぱり!」「まぢか? スゲエ!」

電話は瑠架の声が聞き取れる様にスピーカーにでもしているのだろう。

他にも聞き覚えのある友人の声が複数飛び込んでくる。

「いやさ、先週、峠で赤いAEが銀狼のインフ抜いた、って噂が今、あっと言う間に広がっててさ。俺達、絶対お前だ、って思って!」

そう、社交的な翔太は仲間代表で確認の電話を掛けてきた様だ。

「そ、そうなのか……」

瑠架は面食らう。確かに、小さな田舎町で、しかも車好きと言ったらほぼほぼ顔見知り状態ではあるのだが……。

「なな、瑠架、お前、今日休みだろ? 今、俺達、いつものエンジョイにいるんだけどさ」

峠に向かう途中にある、瑠架達のたまり場みたくなっている二十四時間営業のファミレスの名前を翔太は伝えて来る。

「今から来て話聞かせろよ! 飯おごるぜ? 夕飯、まだだろ?」

「絶対来いよ、瑠架!」「待ってるからな」「早く来て下さいよ」

電話口で他の友人達からもそう口々に誘われては、断る訳にもいかない。

何より……あの銀狼の神ドリフトや競争の様子を気心の知れた仲間に話したい、という欲求の方が強かった。

「う、うん……。解った。今から行くよ」

そう言って瑠架は携帯を切るとファミレスに向かった。

家から三十分ほど車を走らせて、瑠架は友人達の待つ峠の麓のファミレスへと着く。

駐車場に車を停めて、少し、迷って……。

先程、ショーンに宛てた製作途中のメールを再び開く。

『件名 さっきは 本文 ありがとう。そろそろ帰り着いた頃か?』

そこに更に数行、文字を入力して送信ボタンを押すと車を下りた。



ショーンは愛しの兎の隠れ家から職場に車を走らせた。

瑠架の工場で先日の接触事故の修理を終えた燻し銀のインフをいつもの寮の駐車場へと停める。

時刻は店の開店時間の三十分前。

そのままショーンは今日は休みだったはずの職場へと向かった。

「お疲れ様です、ショーン!」

本日のご予約の最終確認をフロントのパソコンでしていた細身の男性が顔を上げるとそう柔和に声を掛けた。

綺麗に切りそろえられた清潔感溢れる短めの髪と、銀縁眼鏡が彼の真面目さと聡明さを物語っている。

背は瑠架よりも若干高い。

『琥珀の月』の専属パティシエ、櫂だった。

「……」

ショーンは微かな首肯で挨拶を済ませるだけ。不機嫌丸出しの三白眼。

『うわぁ、いつにも増してご機嫌ナナメですね、ショーン(;・∀・)』

今日はショーンはお休み、しかも、今までデート中だったはずだ。無理も無い。

櫂は別段機嫌を取る風でもなく、やんわりとした口調で説明し始めた。

「お休みの所をわざわざすみませんねえ。何でも、紅児のお姫様がおひとり、大変な事になってしまったら……」

「ああ、紅児から聞いた!」

自分の言葉に被せられる、取り付く島の無い返事に櫂は苦笑する。

紅児とはここ『琥珀の月』のナンバーワンホストの名前。

紅児指名のお客様が自殺騒ぎを起こしてしまったらしいのだ。

この日は通常なら紅児は休みの日のはずだった。だが、先週も何か用事があったらしく、紫亜と休みを交代して貰っていた。

紫亜とは、ここのナンバーツーホストの名前だ。

「申し訳ありません、今日は紫藍がキッチンですし、紅児の変わりに紫亜に出て来て貰ったら、彼、十二連勤になってしまうので……。今日は他に誰も都合のつく方が居なくて……本当にすみません」

再びやんわりと事実を説明する櫂。

実は、紫亜と紫藍は双子だった。

元々、接客の苦手な紫藍がショーンや櫂が休みの時のキッチンを担当しているのだが、週に1回~2回、紫藍がフロアを担当し、とりかえばやを楽しんでいたのだ。

勿論、お姫様方には内緒で。そして、今まで、それがお姫様方にバレた事は無かった。

そして、今日も急遽、ショーンにキッチンをして貰って、紫藍が『紫亜』としてフロアとしてシフトに入る事になったのだ。

「ああ、解ってる!」

それも、先程紅児から聞いた内容だった。

こちらも被せ気味に答え、早速奥の更衣室へと向かうショーン。

「はあ……」

櫂は小さく溜息をついた。

今日一日、あの不機嫌極まり無い偏屈狼と一緒に仕事をしなければならないのだ。

♪シャララ~ン♪

そこに、耳慣れない着信音がして、ショーンが私服のポケットから私用の携帯を取り出した。ショーンは二つ折りの紫の携帯の画面を開けてみる。

『件名 さっきは 本文 ありがとう。そろそろ帰り着いた頃か? 修理箇所、もし具合が悪いようだったら、遠慮無く言ってな?』

そう、愛しのうさぎからのメール。ショーンの頬には無自覚の微笑が浮かぶ。

そして、改行された文を続けて読んだ。

『それと、友達にあんたとの競争の事、話してもいいか?』

「……」

ショーンは無言でそのままメールを打った。

『件名 Re:さっきは 本文 ああ、今店に着いた所だ。修理も完璧だ、って言っただろ?俺の事は好きに話して構わん。今度お前の友達も紹介してくれ』

「おや? ……瑠架君からですか?」

銀狼の頬に世にも穏やかな、綺麗な微笑が浮かんでいる事を確認して、櫂はやんわりと聞いてみた。

「ああ」

こくりと頷く銀狼。その間にも瑠架からの即レスで返信がある。

『件名 ありがとう 本文 うん、みんなにも聞いてみるよ。休日出勤お疲れ様。今から仕事だろ? 頑張ってな (p>ω<)尸" Fight』

友人達に紹介すると言うことは……知らずと、ショーンの頬にまた微笑が浮かんだ。

この日本人独特の可愛い顔文字にもショーンはくすりと笑う。

「着替えてくる」

ショーンは上機嫌で更衣室へと姿を消した。傍目にはそうは見えないが。

『グッドタイミングですよ! 瑠架君!(´;ω;`)』

櫂は心底、瑠架に感謝をした。

本当に瑠架はこの偏屈な銀狼の機嫌を瞬時に治す特効薬だった。

「あ……」

丁度、ファミレスの玄関の階段を上がっている時に、ショーンからの返信が瑠架に届き、バイブの振動がディパックから伝わってくる。

慌てて携帯を開いた。

『件名 Re:さっきは 本文 ああ、今店に着いた所だ。修理も完璧だ、って言っただろ?俺の事は好きに話して構わん。今度お前の友達も紹介してくれ』

「しょ、紹介って……」

思わず、頬が赤くなる。

『これって……車友として、だよな?』

自惚れそうになってしまう自分をそう自重しながら、返信を打った。

『件名 ありがとう 本文 うん、みんなにも聞いてみるよ。休日出勤お疲れ様。今から仕事だろ? 頑張ってな (p>ω<)尸" Fight』

そのままファミレスへ入っていく。

「おお~、瑠架、こっちこっち!」

奥の席に幼馴染や顔なじみが四人、陣取っていた。

翔太は社交的でこの四人の中で一番幹事的な役割をすることが多い。

瑠架の中学時代からの友人だった。

健人は翔太とは正反対の慎重で無口な性格で義理堅い。

健人は自分と同じ高校の自動車工業科で仲良くなった友人。

他にも、大樹さんは三つ年上の、今の瑠架のバイト先のガソリンスタンドの先輩。

同じ自動車工業科の卒業生で、車好きが高じて峠でも親しく話すようになった友人だ。

また、亮は翔太の二つ下の後輩で、やはり車好きで翔太に紹介してもらった友人だった。

「ほら、何でも好きなもの頼めよ! コーヒーでいいか?」

翔太がそう言ってメニューを差し出すとドリンクバーからホットコーヒーをとって来てくれる。

「あ、ありがとう」

瑠架は腰掛けながらメニューを開いた。

「で? いつ競争したんだ?」

食事の注文が終わってから大樹は待ちきれない、という風に瑠架に聞いてくる。

「えっと……先週の月曜日の夜……いや、火曜日の朝、かな?」

指折り数えながら、瑠架は答える。競争をしてから優に一週間は過ぎていた。

「何だよ、水臭いぞ、瑠架! 早く言えよ!」と翔太。

「そうだよ!」「で? どんな感じだったんだ?」「やっぱり、神ドリフトだったのか?」

「でも、良くあの銀狼に会えたな?」

翔太の声を口切りに、仲間達が興味津津で口々に聞いてくる。

話が余り上手ではない瑠架は、頭で時系列に記憶を並べながら、ゆっくりと話し初めた。

「うん、最初は本当に偶然だったんだ。偶然、峠のパーキングエリアで燻し銀のインフ見つけてさ。『SW』のイニシャルのカッティングシール貼ってたし、絶対そうだ、って思って……」

「それでそれで?」

急かす翔太。瑠架の話に一同は黙って耳を傾ける。

「うん、で、その車の側に立って、煙草吸ってた人に声かけて見たんだけど……」

「へえっ、銀狼ってどんな人だった?」

一番年下で童顔の亮が目を輝かせて聞いてくる。

その時のショーンの姿が瑠架の脳裏に鮮やかに再現された。

「うん、噂通り、銀髪で、緑色の眼の外人さんだった。背も超高くってさ。超格好いい人だった。外人さんだけど、日本語が超上手くて……」

朝日に映える鮮やかな銀髪。スラリと伸びた四肢。キラリと光るハイセンスな銀細工……。

瑠架は銀狼を見た第一印象を鮮やかに思い出す。

「瑠架……お前、顔赤いぞ?」

翔太にそう誂われてしまった。

「ええっ? そうかな?」

瑠架は慌てて自分のほっぺたを撫でる。

「で? その銀狼? に競争申し込んだのか?」

珍しく無口な健人が先を急かす。

「うん、思い切って銀狼か? って尋ねたけど、知らないって言われて……。そう言えば、俺達が勝手にそう呼んでるだけだって事に気づいてさ。そのまま競争申し込んだんだけど、断られた」

「ええっ、マジで?」「で?」「それで? それで?」

他の連中も、益々興味津津で深くツッコんでくる。

「うん……。ただ、銀狼が車を発進させるまでに少し時間があってさ。俺、その隙きに自分の車に乗り込んで、そのまま発進した銀狼の車を追っかけたんだ」

「うわ、やるな、瑠架!」

翔太が本気で感嘆してみせる。仲間内でも、普段は大人し目の瑠架が、車が絡むと途端に大胆になる事があることを知っていた。

「……後追いで銀狼抜いたのか……」

健人も感心した様に低く唸る。

「やっぱスゲエな、お前……」「はあ、マヂすげえッス……」

達也も涼も素直に感心した。

噂に寄ると完璧にフルチューンナップしているあの銀狼のインフを瑠架のAEが抜くことが機械性能的にどれだけ大変な事なのか、車好きであればあるほど理解出来てしまうからだ。

「それで? やっぱ、神ドリフトだったのか?」

自分もドリフト派の達也がほぼほぼ好奇心満タンの目で聞いてくる。

「あ、はい……峠から二つ目のカーブがあるじゃないですか? あそこまでは」

「ああ、中央分離帯のある区間だろ?」

流石は地元。何百回と無く走り続けている達也は即答でそう答える。他の仲間達も大きく頷いて見せた。

「はい、白線を後2ミリか3ミリで踏まない……そんな超精密なドリフトでした」

瑠架は正直にその時の実況を伝える。

「あの狭い一車線分の幅で四輪ドリフト? スゲエ……うわ、サブイボ立った! くうーっ、俺も見たかったなあ」

達也は想像で自分の鳥肌の立つ両腕をゴシゴシと擦るとブルブルと震えてみせる。

「でも、二つ目までって?」

一番冷静な健人がそう問う。

「うん……。三つ目のカーブからは、俺がドリフト無し派って気づいたらしくて……。いきなりオングリップに変えられた!」

「!!!!」「まぢで?」

一同が息を飲む。

180に乗る達也・NAに乗る翔太・S15乗りの健人はドリフト派。

EGに乗る亮はオングリップ派。

走り屋は大概、自分の車の特性でも二分され、得意分野はどちらかに偏ってしまいがちなのだが……。

銀狼の運転技術が伝説だけでは無い事を思い知らされる。

「銀狼がオングリップでも……勝てたのか?」

達也が年長者として代表して皆が一番聞きたいことを瑠架に問うた。瑠架がドリフトで空いた隙間に鼻を捩じ込むようにして勝ち上がって来た事は百も承知だからだ。

かく言う達也もそうやって瑠架に負けた過去がある。

「はい……」

少し気恥ずかし気に瑠架はこくりと頷いた。

「おおーっ!」

一同は大いに盛り上がる。

「やっぱ、INからだよな?」「それでそれで?」「どこで抜いたんだよ、瑠架!」「はあ、やっぱスゴイっす、瑠架さん!」

また口々に感心しながらも続きを急かす。

「ああ、三個目のカーブでオングリップに戻されてからは、追いかけるだけで俺、必死でした。俺の車でアウトコースから回り込むのはまず無理なんで……」

「うん」「うんうん」

当然の瑠架の言葉に一同はまた再び深く頷く。

本来なら銀狼のGC相手に、機械性能的にも瑠架のAEで追いすがるだけでも奇跡と言える。

「何とか銀狼の車を追いかけて……あの、元うどん屋の三個前のカーブがあるじゃないですか?」

全員、こくりと頷いた。皆の脳内に峠道がはっきりと再生されているに違いない。

「あそこ、ちょっとだけ道幅が広くなってるんで、もう、俺、あそこでしか抜くチャンス無いと思って……峠下りきった後だから、スピードも乗ってたし」

「ああ」「それで?」

「あそこでIN側の路側帯に思っきりはみ出しながら、ギリギリですり抜けたら……抜けました!」

瑠架の話に一同はまた大きく溜息をつく。

「はあ、そうか……」と達也はそれきり腕を組んで考え込んでしまい。

「ははっ、あの銀狼を抜かしちまうなんて、マヂすげえよ、お前!」と翔太は感心。

「うわあ、俺もその場に居たかったなぁ……」同じオングリップ派の亮もひたすら感動。

「良くあの車幅で抜けたな……」健人もあの道幅を思い出しながらそう低く唸った。

「うん、でも、もう一回勝てるかって言われると、俺、自信無い!」

瑠架は正直にそう答えた。あれは、自分が地元のこの峠を知り尽くしているからこそ出来た技だ。

「それに……実は、俺、抜く時に銀狼のGCのミラーに車体掠っちゃってさ」

照れながら、これも正直に話す瑠架。

「で。今日、俺の工場に修理に来て貰ってたんだ」

恥ずかしげに瑠架は縮こまると、冷めたコーヒーをひとくち、飲んだ。

「ええっ、お前ん家にあの銀狼が来たのか?」

翔太は大袈裟に驚いて見せる。

「なんだよ~、早く言えよ!」と達也。

「俺も会って見たかったな……」とボソリと健人が呟く。

「そうッスね、俺も会って見たいッス!」と亮も素直に頷いた。

「う、うん……今日は急に仕事が入ったらしくて、すぐに帰ったんだ」

もう一口、コーヒーを飲んでから、瑠架は付け加える。

「でも、みんなに競争の事話していいか聞いたら、今度紹介してくれ、って」

「「「「ま、マジか?」」」」

四人が四人とも同じタイミングでハモってしまい、後は大爆笑になった。

「ぶは、超ハモった!」「あはははっ!」「ははっ、まぢウケるっ!」

笑い転げながら口々にそう言い合う。

瑠架も大笑いしながら、気心の知れた友情の楽しさを噛み締めた。

「で? いつ? いつにする?」

翔太は本当に興味津津で膝を乗り出す様に聞いてくる。

「ああ、ショーン……あ、と。銀狼の本名なんだけどな? 多分平日が休みだと思うから、今度聞いてみとくよ」

「へえ、どんな人だ?」と翔太。

「うん、最初はぶっきらぼうでちょっととっつきにくいかもしれないけど、いい人だよ?」

「年はいくつなんだ?」と達也。

『そう言えば、誕生日は聞いたけど年はまだ聞いてない』

「えっと、多分、二十代後半?だと……思う」

「外人さんって言ってたけど、何人?」と健人。

『これも敢えて聞いてない……綺麗な英語だけど……』

「えーと、多分、イギリス人? かな? 綺麗な英語喋ってたし」

「何してる人なんですか?」と亮。

「東京のホストクラブで働いてるんだ。ホストじゃないらしんだけど……」

こうやって改めて突っ込まれると、自分はショーンの情報を何一つ正確に知らない事を痛感する。

「実は、昨日会って修理の話しして、今日家に来てもらったばっかりで、まだあんま込み入った話ししてないんだ」

「そっか。そうだよな……」

友人の情報はわざわざ改めて聞き出す事は少なく、大概、会話の流れで頭に入れていくものだ。亮は素直に頷いて見せる。

『でも、キスとか、あんな事はしたけど……』

不意に。銀狼の男らしい唇の感触と……。

自分のキャンピングカーのベッドでの事が脳内に再現されてしまう。

「……お前、また顔赤いって!」

翔太は目敏く見つけてそう突っ込んでくる。

「ゔゔっ」

顔を赤くしたまま無言で突っ込まれたままの瑠架に達也はクスリと笑った。

「はは、そんなに格好いい人なのか? 銀狼って」

「う、うん。超格好いいよ!」

「ははっ、即答?」

即答の上に更に乙女の様に顔を真っ赤にする瑠架に亮もくすりと笑う。

「うん、モデルさん……って言うか、ゲームの主人公みたいだ。多分、身長、185センチ以上あるんじゃないかな?」

あの浮世離れした美貌を的確に表現しながらも、自分との身長差を考えながら目算で答える。

「「デカッ!」」

自分とほぼ同じ背丈の翔太と自分より低い亮はそう言って驚いた。

自分よりも若干高い健人もこくりと頷いて見せる。

この中では一番高い達也でさえ、180センチあるか無いかだ。

「さっすが、ガイジンさんだよな……」

健人はしみじみとそう呟いた。

「おお、会えるの楽しみにしてるぜ、瑠架。俺ら、夜だったら大概暇だし、出来るだけスケジュール合わすから」

達也はみんなの意見を代表して瑠架に伝えた。

「うん、解った。ショーンに予定聞いたらまた連絡するよ」

その後は皆で楽しく夕食とお喋りをして自宅に向かう。

今日はゆっくりと湯船に浸かり、部屋着のスウェット上下に着替えてから、瑠架は自分のキャンピングカーベッドに戻った。

「ゔっ」

自分のベッドに、銀狼の香水の残り香が微かに香る。

風呂でさっぱりして自分の体臭が無くなっているせいか、何故かその匂いを敏感に感じ取れた。

「ゔゔっ」

若い身体は意識とは別の所で素直に反応する。

銀狼の熱い指が、唇が、舌が、吐息が。

また鮮やかに脳内に再現される。

「ゔゔゔっ。あんな事されたなんて、絶対にみんなには言えないよ……」

日常になってしまっている独り言を呟くと、瑠架は思わず反応する自分自身を抑え、ベッドに丸くなった。

次に逢った時には、彼との仲は更に進展してしまう可能性大だ。

だが、成り行きだったとは言え、その行為自体に関しては嫌悪感は抱いていない自分に驚く。

「はあ、どうなっちゃうんだろ、俺……」

期待と不安という思考を闇に溶かしていきながら、瑠架はゆるゆると眠りの縁に沈んで行った。


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