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補習の心当たりがある者は

物理担当の池尻はほどなくやってきた。自分の席から離れていたクラスメイトはいそいそと自分の席へと戻ろうとした。


「あ、いいよーそのままで。どうせ後半はテスト勉強にするから」


 この池尻の一言で、教室はみんなでわいわい勉強する派と、一人で静かに勉強する派でざっくりと席が分かれることになった。前の方がみんなで勉強する組で、後ろの方が一人で勉強する組だ。


 俺は元々の自分の席が一番後ろなので、一人で静かにのグループに入ることになる。

 もとから一人で勉強するつもりだったので、移動する手間が省けた。


「号令はいつものごとく省略。今日は58ページから。テスト範囲を今日で終わらせるよ」



「はい。じゃあ今日はこまで。あとはテスト勉強でもしていて。」

 

 テスト範囲はほどなく終了し自習の時間になる。

 まどろんでいた俺は本格的に机に突っ伏す。授業はもう終わっているようなものだ。寝ていても問題ないだろう。


「あ、そうそう。連絡があるんだった。テストのことね?」


黒板を走るチョークの音に俺はむくりと身体を起こす。

池尻は黒板に大きな字でとこう記していた。


『今回の物理の補習は60点以下のものが行う』


……なんだって?


「先生!なぜですか!普通、補習は赤点の30点からじゃ!?」


 俺と同じ、普通クラスのやつが叫んだ。


「ほら、前回のテストが簡単すぎたでしょ?」


池尻は理由を説明し始める。


「前回の物理の平均点は68点だった。他の教科が50点前後だったのを考えると物理だけ簡単すぎたってわかるよね? ちょっとどうにかしてくださいって先生、上の人にに怒られちゃってね。」


困ったように池尻は腕を組む。


「でもだからって、急にテストを難しくするのはどうかと思ったわけ。物理のテストだけが平均点低くなるのもダメでしょ? 君たちだって出来れば良い点数取りたいだろうし」


池尻の言葉に生徒は一様に頷く。


「だから先生考えました。どうすればみんなにまた60点くらいを取らせてあげられるのかって。問題の方はそれなりに難しくするように言われているから、前回みたく露骨に点数を取らせる問題は入れられない。そこで、先生は閃きました」


池尻は名案とばかりに手を打つ。


「みんなが勉強すればいいんだって。先生の問題が簡単なんじゃなくて、みんなが勉強したから点数が高いってことにすればいいんだってね。」


得意げな池尻に対して生徒達の反応は芳しくなかった。それが出来たら苦労はない。


「そんなわけで、点数が低かったらペナルティを与えることにしました。それが補習というわけです」


池尻は呑気な声で言う。生徒達の恨めしい視線には気づいていないようだった。


「あのー……先生、補習って具体的にどんな感じでやるんですか?」


教室の中の一人がおずおずと尋ねる。


「はい。まずテストを受けてもらって、合格者はその場で解放。不合格者はそのまま時間いっぱいまで補講を受けてもらいます。そして後日またテストを受けてもらって合格したら解放。ダメだったらまた補講を受けてもらって後日また再テストです。」

「つまり…再テストに合格するまで補習を受け続けないといけないってことですか?」

「そういうこと。もっと言えば試験を受けられるのは一日一回限り。どう?緊張感あるでしょ。」


 クラスから呻きにも似た声があがる。画期的な試みでしょとばかりの池尻の顔が腹立たしかった。


「はいはい。嘆くヒマがあったら試験についてわからないところを聞いたらどう?」


池尻は生徒達に質問を促した。その一言は効果覿面だったようで。


「……その積極性を授業でも発揮してくれると良いんだけど」


ほとんどの奴が挙手をしていた。誰だって自分の身は可愛い。再テストの危険があるならなおさらだ。


「先生! 質問です」


補習予備軍による怒涛の質問攻めが始まった。

「先生! 補習は再テストということですが、そのときに問題の内容は変化しますか?」

「もちろん問題は毎回変化させるよ。そうしないと答えを暗記するだけで勉強しないでしょ」


「先生! 補習のとき、教科書の持ち込みはありですか?」

「テストを教科書見ながら受けるという意味ならばナシ。自力で解いてください。」


「先生! 補習のときは問題を変えるそうですが、そのときに問題の難易度も変えるんですか?」

「難易度は変えません。単位や数字を変えて同じような問題を作ります」


「先生! 補習の際は当然、カンニング対策として先生が見回りしますよね?」

「もちろん。本番と変わりなくするよ」


「先生! 補習はどこでするんですか?」

「基本的には物理室。あんまり補習者が多かったらどこかの教室を借りるかも」


「先生! 補習は60点以下で受けるのは確定ですか?」

「確定です。平均点をあげるためですから、合格点を上げることはあっても、下げることはないので悪しからず」


「先生! 補習は、」

「はい、ちょっと待ってね。」


あまりの質問の多さに池尻からストップがかかる。


「みんな補習を受ける前提で話をしていない?」


 質問者たちは顔を背ける。図星だったのだ。大多数の人間は物理の授業をサボっていたようなもの。

 そんな人間に60点の壁は厚すぎる。


「あと、僕が聞けと言ったのは、試験に出るところでわからないところがないか? ということであって、補習のやり方やルールを確認しろとは言っていません。」


挙がっていた手はひっこめられ、教室は沈黙が流れた。


「……もう質問のある人は?いないね?じゃあ打ち切るよ?」


池尻はもう質問はないかと教室を見まわす。


「先生、まだ俺がいます」


クラスの奴らが手を引っ込めた中、 俺はまっすぐに手を上げ続けていた。


「お?後ろの方にいるから進学クラス…じゃないね?なんですか?テストの内容は教えないよ」


酷い言い草だった。しかし呆れられようとも俺には確認することある。


「先生、補習は、」

「はいはい」

「補習は……いつやりますか?」

「君も補習のついての質問か……」


 池尻は疲れ切った声でこう答えた


「授業の終わった放課後を予定しています。……他に補習に対して質問のある人は? いないね? では頑張って」


 池尻は一方的に質問を打ち切ると、自分のパソコンの元へと戻っていった。


質問終えた俺はひとり震えていた。


(補習は…放課後だって?)


断固、回避だ。

絶対に回避だ。

何としても回避だ!


 何があろうとも放課後に補習を受けるわけにはいかない。一秒でも速く帰るために涙を呑んで友人(仮)から逃げたり、悪いとはわかっていても廊下を走ったり、階段を飛び降りたりして下校しているというのに!


 そんな俺が補習になって学校に居残るなどもってのほか。素早い帰宅は俺の至上命題。何が何でも補習は回避だ。

 それには勉強するしかない。どんなに余裕をかましたって成績は上がらない。


 だが、俺は家で勉強を基本的にしない。というかしたくない。俺にとって勉強は学校でするものであって、家でするものではない。課題だっていつも学校で終わらせている。


 俺は学校で勉強に充てられる時間はどれだけある? 今日は火曜日。

テストが一週間後の水曜。テスト当日になるまで後8日。

物理の授業はこれからずっとテスト対策という名の自習になる。テストまでの物理の授業は3回。

昼休みや休み時間も含めれば、もっと勉強時間は増える。


……これだけあれば、なんとかできる!


 俺はすぐさま勉強を開始した。ノートを取っていない俺が頼れるのは教科書だけ。だが、ノートを取っていたとしても俺は使わない。

テストの問題は教科書を元にして作られるものだ。教科書の内容をすべて理解すればテストで失敗することはありえない。俺は今までのテストも全てそうやって乗り越えてきた。

今回だって乗り切ってみせる。

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