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エピローグ「その後の帰り道にて」

愛田がどうして早川に協力したのかを補完する話になります。

夏休み前最後の学校は終了し、俺は一人、帰路についていた。


「……全部バレてたんだな」


 全部わかったうえで早川は行動を起こしていた。わかっていなかったのは、俺のほうだった。

 思えばとんだ道化を演じたもんだ。自分の思うように上手く行くとタカをくくっていたのかもしれない。


「かなわねえな。全く」 

「なに、一人でにやけてんだよ」


 おもむろに横から声がした。


「傍から見れば変人だぜ? また容疑者扱いされっぞ?」

「……終業式で全校生徒の前に晒された問題児が何言ってやがる」

「けっ、減らず口を叩ける程度には人への関心を取り戻したか」

 

 問題児こと愛田公平が歩き……ではなく、自転車で俺の横を並走していた。

 頭にはハゲ隠しの帽子を被っている。しかしその帽子もマラソン用の通気性重視のタイプであり、網目の布地から肌色が透けていた。


「これか? 早川さんから協力のお礼に貰ったんだ」


 俺の目線に気付いた愛田が言う。

 早川の性格的に考えても、これだけ協力した人物にお礼はしているとは思っていたが……

 もう少しマシなものはなかったのか? 余計にみじめさが増しているように見えるだんだが。


「それと、先に言っとくが、お前を追いかけてきたわけじゃねえ。駅の方に用があるだけだ」

「別に、そんなのどっちでもいい」


 愛田の弁明を聞き流し、俺はペダルを踏みこんでスピードを上げる。


「置いて行こうたってそうは行かねえぞ!」


 愛田も速度を上げて後ろについてきた。自然と勝負のような形になる。


「というかお前! なんだかんだいいながら早川さんに協力してんじゃねえか! 自分は協力しないとか言ってたくせによ!」


 愛田が後ろから叫ぶ。


「絶対に協力しねえとは言ってねえ。てめーこそなんだあのお粗末な作戦は? あれでよく行けると思ったな?」


 前を向いたまま俺は言う。


「うっせー! それでバレてねえんだからいいだろ!」


「犠牲は大きかったみたいだけどな」

「こんなのすぐに生えんだろ! 成長期舐めんな!」


「もう成長期って年でもねえだろ俺達」

「うっせえ! つうかこれお前の提案だろうが!」


「俺はお前に反省しろとしか言ってない」

「嘘つけ! 明らかに『ハゲろ』って目で言ってたかんな!? あんときの目は忘れねえぞ!?」


 そこで信号に捕まり、俺と愛田は横に並んだ。俺は再び視線を愛田の頭上へとやる


「なんだよ、人の頭をじろじろ見て……そうだよハゲてるよ! ほれ! 良く見とけ!! お前の罪の証だ!」


 やけくそになって愛田は帽子を脱ぎ去った。なんだかいたたまれなくて笑う気にはならなかった。


「……何でお前は、そこまでやったんだ? そんな頭になってまで」

「あ?」

「お前がやったこと、あの優等生はまるで気付いてねえぞ?」


 愛田はきょとんとしていた。しかしすぐに合点がいったのか、「ああ」と頭をさすった。


「そうか。お前は七島さんが学校をサボりたがってると思ってるんだよな? それはちげえぞ。 七島さんはむしろその逆で……」


「サボりたくなかったことは七島本人から聞いてる。俺が聞きたいのはそこじゃ……」


「何!? お前七島さんと喋ったのか!? 一度ならず二度までも!」


 愛田が大きな声で言う。思わず俺は耳をふさいだ。


「いちいちそこに反応すんなよ、めんどくせえな。そんなに喋りたいなら自分から話しかけりゃいいだろうが」

「それが出来たら苦労しねえよ! 話しかけようとして馬鹿やった結果、七島さんが誰とも話せない状況を作っちまったんだぞ!?」


 そこで信号が青に変わる。俺は走り出す前に、愛田に尋ねた


「……もしかしてお前、だから早川に協力したのか? 自分のせいで、あの優等生の周りに人が寄り付かなくなったからって」


 愛田は苦虫を食い潰したような表情になっていた。

 

「……ああ、そうだよ。だからせめてもの罪滅ぼしに早川さんに協力した。七島さんの願いがそれで叶うって話だったからな」


 どこかずれているような気もしたが、それを口にすることはしなかった。


「だから、気づかれるとか気づかれないとかはどうでもいい。力になりたい人の力になれた。それだけで俺は十分なんだよ」

「……ただのカッコつけだな」

「ああ。カッコつけだよ。人助けなんてしょせん自己満足だしな」


 愛田は前を向くと、勢いよくペダルを踏みこんだ。俺も同じように走り出す。


 自分が満足できる結果が得られたなら、自分が何をしたかは知ってもらわなくていい。

 それはそうかもしれない。感謝されることを目的に人を助けるのはどこか違う気がする。


「それでも……自分が何をしたかわかってもらえた方が嬉しいとは思うがな」


「あ? 何か言ったか?」


 愛田が振り向くが、俺は首を横に振った。


「……何も言ってねえよ。そんじゃあな」


 俺はそこで角を曲がった。家までまだ距離はあるが足取りはどこか軽かった。

 明日からは夏休みだ。一人の時間を満喫するには十分すぎる時間がある。


「ちょっと待てや。何一人で帰ろうとしてんだ?」

「……」


 横を見れば別の道を行ったはずの愛田が横についていた。


「……おい、問題児。駅があるのはあっちのほうだろ? 道もわかんねえのか?」

「わかっとるわ。けどせっかくだからお前んちにもお邪魔しようかと思ってな?」


 愛田は意地の悪い笑みを浮かべる。


「天城から聞いたぞ? 家族総出でスゲーもてなしてくれるんだってな?」


 ……あの傍観者め、あれだけ釘を刺したのに、よりにもよってこいつに喋りやがった。


「まさか髪の分くらいはもてなしてくれるよな? 帰宅部のエースさんよお?」


 そしてその話を聞いた愛田は、自転車まで用意して俺の家までついて来ようとしているってわけか。


「さあ今日こそ」


 愛田が憎らしげに頬を釣り上げながら言う。

 ……深いため息が出た。本当にこの馬鹿はロクなことをしない。

 

「お前の家で遊ぼうぜ?」

「……断る」


 そうして俺と愛田の一学期最終レースが幕を開ける。やはりこいつのことを友人だとは思えそうもなかった。

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