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鬼ごっこ

「よっし。これでOK! 待たせたね!」


早川の準備が完了し、本を読んでいた俺は顔を上げる。


「……で? 何するつもりなんだ?スカートだけじゃなくセーラー服まで脱いで」


 早川はスポーツメーカーのロゴが入ったハーフパンツに学校指定の白いシャツという装いだった。

 脱いだ制服は羽田の手で綺麗に畳まれ、羽田の脇に収まっている。


「鬼ごっこ。私が鬼であんたが逃げる。制限時間は10分。」


 早川は手に付けた腕時計を弄ってタイマーを設定する。


「あんたが10分私から逃げきれたら私はすっぱりあんたを諦める。私が勝ったらあんたは私の頼みを聞く」


 この歳にもなって学校で鬼ごっこというのもなんだが……それよりも、


「勝手にルールを決めるな。しかもそれじゃ俺にやる意味がねえじゃねえか。」

「あ、それもそうだね…」


 すると早川は2秒ほど考え、


「じゃあ私に勝ったらなんでも言うことを聞いてあげよう!何でもいいよ!」


 本当にこいつは……こういうことを軽々しく言う。


「そういうのはあんまり多用しない方が良いと思うぞ。」


「それくらいじゃないとフェアじゃないから。こっちは無理を承知で頼んでるんだもん。その代わり、私が勝ったら最低でも一週間は私に付き合ってもらうからね!」


「へいへい。さてどうすっかね……」


 なんでもいいならあれやこれやとは思いつくものの、一人でも出来なくはないことばかり思いつく。


「………。」


 見れば羽田は無表情で俺を睨んでいた。非難されるいわれはないはずだ。

 後先のことを考えず、なんでもいいなどと言ったあいつが悪いのだ。俺は悪くない。


 だが、羽田の視線も考慮して、冷静によく考えた結果、俺は最良の案を思いつく。


「何してもらうかは勝ったら言う」


 俺はまだ勝ってすらいないのだ。危なかった。言う前に気づいてよかった。

 俺は人知れず胸をなでおろす。自分の願望を人に知られるのは気恥ずかしいものがある。


「おっけー。で、あんた制服は脱がなくていいの?動きづらくない?」


 早川の問いに俺はワイシャツの袖を捲ることで答える。


「このままでいい。この恰好が一番慣れてるからな。」


いつだって俺は制服を着て登校してきた、苦楽を共にしてたユニフォームを着て動きづらいわけがない。


「わかった!じゃあいくよ!羽田ちゃん!スタートの合図!」


羽田は頷いて両手をすっとあげ――そのまま振りおろした。

無機質すぎるその動きに俺と早川はお互い固まる。

もっとこう……よーいドン! とか、スタート! とかそういう言葉があるものだと思っていた。


 羽田は早川を見て、それから俺を見た。その表情から合図の成否は読み取れない。振りおろされた手はそのままで、もう片方の手はポケットに入れられている。


「……始まってる、多分!」


 早川が先に動き出した。俺はそれを見てからスタートを切る形になった。捕まりこそしなかったが、早川が始まる前に自らに課した距離のハンデはなくなった。


「おい! 時間は測ってんのか?」


 すると羽田が今度はポケットに入れていた手を上げた。スタートのやり直し? ……違う。羽田は何かを掲げていた。

 あれは……ストップウォッチだ。羽田はストップウォッチを掲げていた。タイマーは作動している!


「覚悟!」


 早川が手を伸ばしてくる。俺はそれをすんでのところで躱し、廊下を駆け抜ける。

 スタートで出遅れたとはいえ、足の速さで女子に負ける俺ではない。毎日の自転車こぎで脚力には自信があるほうだ。


「流石だね! そうでなくちゃ意味がない!」


 早川は笑顔で追いかけてきていた。速度はそれなりで、大した速さではなかった。

 俺は階段を駆けあがり、一年生の進学クラスが並ぶ廊下を走り抜け、それから職員室の脇にある階段を下り、スタート地点の下駄箱のある一階に降り、一周が終わる。

 下駄箱の前にはストップウォッチを構えた羽田が立っていた。


 一周が終わったところで俺は速度を緩めて後ろを見てみた。早川は階段を降りている最中だった。 この調子で周回を続ければ捕まることはないだろう。


「さあ!どんどん逃げなよ。まだ一分ちょっとしか経ってないよ?」


 早川の声を背中に聞いて、俺はほどほどに相手をするのだった。


「くそ…!」


 早川との鬼ごっこ開始から5分が経過していた。階段の上り下りは存外きつく、俺は既に息が上がり始めていた。


「もうへばったの?」


 それに対して、後ろで追走を続ける早川は余裕の表情。どこか楽しげにも見えた。

 俺の後ろに着いて走らせ続けて休ませないこと。それが早川の作戦だと気づいた時には俺はかなりの体力を削られていた。


「単純なダッシュ力とかすばしっこさじゃ男子にはかてないからね!」


 早川は一周ごとに速度をあげながらじわりじわりと差を詰めてきていた。対して俺は自分の限界を早くも感じてきている。

 このままでは逃げ切れない。そう判断した俺は職員室から下駄箱へと続く階段を今までよりも速く駆けおりて、下駄箱の前で時間を計測している羽田の前で止まった。


 今はこの無口な一年女子が審判の役割を担っているはずだ。雰囲気的に。試しに「審判。」と呼んでみると羽田は顔を上げた。


「なあ、俺はとにかく逃げ切ればいいんだよな?」


 ルールを確認すると、羽田は小さく頷いた。


「常識的な範囲でなら、なにしてもいいか?もちろん変なことはしない。」

「………。」


少し迷った様子だったが羽田は頷いた。

……よし。それならやりようはある。


「こら!羽田ちゃんにちょっかい出すんじゃない!今はわたしとの勝負に集中しなよ!」


 確認している間にも早川は迫ってきていた。俺は最後の体力を振り絞って全速力で廊下を走り抜け、早川を引き離し、その勢いのまま階から三階へ駆け上がる。


 三階は俺たち二年生の教室がある階だ。早川がまだ来ていないことを確認しつつ、それから階段の一番近くにある教室の様子を確認。入り口の戸に手をかける。


「卑怯な気もするが…」


 しかし、負けた時のことを考えるとそんな迷いはすぐに消えた。とにかく勝てばいいのだ。いちゃもんをつけられたらその時はその時だ。

 俺はその教室の戸を開けて中に入る。


……鬼ごっこの次はかくれんぼといこうじゃねえか。

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