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納得できないこと

「どれだけ腹が立っても手を出すのはナシだ。どうやら俺の知らないところでいざこざがあったみたいだから謝れとは言わないが、しっかり反省はするように! わかったな!?」


 俺がクラスメイトを蹴り飛ばしたことに対する鷲塚の説教はすぐに終わった。


「悪い。助かった」


 俺は早川に礼を言う。俺とクラスメイトに軋轢があることを知っていた早川が鷲塚に弁明をしてくれたからこの程度のお咎めで済んだのだ。


「あんなにコロコロ態度を変えられたら誰だってムカつくよ。むしろよく今までキレなかったね」


 早川は気にするなとばかりに笑った。

 ……こいつにはなんだかんだと、味方してもらってばかりだな。


 俺とは早川は鷲塚によって2-E教室に戻されていた。


「でも優子が連れてかれちゃった。なんで今日に限って補習かな……」


 早川は肩を落としていた。


「……やっぱり今日が作戦の日か」


 俺がつぶやくと、早川はなぜわかったとばかりに俺を見た。


「あれだけ必死に先生に噛みついてればな。あそこまでする理由を考えればなんとなく予想はつく」


「……そっか。当たりだよ。ほんとなら今頃、私が優子を連れ出して学校を抜け出している予定だったんだ」


「……どうやって」


 今まで聞かないようにしてきたが、とうとう俺はそれを聞いた。

 どうしても確認しなくてはいけないことがあったのだ。


 早川は訥々(とつとつ)と作戦のあらましを話した。


「今日って先生が忙しいから短縮日課でしょ? だから部活の顧問の先生はギリギリまで様子を見に来ないんだ。だから優子と同じ部活の子たちの目さえ誤魔化せればどうにかなったんだよ」


「今日は二時には帰れるから、部活が六時上がりだとしても四時間。それだけあれば優子がしたいことをするには十分。時間も奇跡的に合ってたんだ」


「……でもそれじゃ万が一ってことがあるからって、愛田君が職員室で待機して、優子の部活の顧問が部活の様子を見に行くことがあったら足止めしてくれるって言ってくれて」


 そこまでが作戦の内容。俺が聞きたいのは一つだった。


「お前の考えた作戦は完璧だったのか?」 


「完ぺきだったと思うよ。まあ……優子が補習に連れてかれてもうダメになっちゃったけどさ」


 早川は諦観したように目を伏せていた。

 ……完璧だったはずの作戦。もしあのとき早川からこの作戦を聞いていたら俺は協力しただろうか。


「……なら、俺抜きでも作戦は大丈夫ってことだな」


 答えはノーだ。早川がどんな作戦を考えてきたとしても俺は協力しなかった。


 ……だが、今の俺には一つ、納得できないことがある。


「じゃあ言っとくけどな、七島は絶対に合格点を取ってたぞ」

「いいよ。今更。気を遣わなくてさ。あれでしょ? 今日がその日だってなんとなくわかったから先生に嘘をついてくれたんだよね?」 


「先生相手にそんな嘘を吐いてどうすんだよ。そんなの池尻に確認すれば一発でわかるっていうのに」


 自分で言って気づく。


 ……もしかして、確認されればわかってしまうようなことだから七島はあんな真似をしたのか?確認するまでもなく自分が補習だと先生に印象付けるために。


「またまた……じゃああんたの言ってることが本当だとしてだよ?」


 早川は俺の言うことをまだ疑っているようだった。


「どうして優子は補習だなんて言い出したのさ? 優子が嘘をついてるとでも?」


「そうだ」と俺は自信を持って言う。


「何のつもりか知らねえけど、七島は確実に俺を利用した。俺がクラスメイトに信用されてないことをあいつはわかっていたんだろう」


「それは私が優子に話したからね。クラスの人に全然信用されてなくてびっくりしたって」


 人の信用の無さすら会話のネタにするお前に俺はびっくりなんだが?


「……そういうことなら間違いないな。七島は、俺が本当のことを言っていることを逆手にとって、あたかも自分が補習であることのように見せかけたんだよ」


 実際に七島は俺と協力関係であるかのようなことを言って、俺が七島をかばうために嘘をついているとクラスメイトに思い込ませていた。


「そんなわけないじゃん。ムカついてるのはわかるけど、ちょっと落ち着こう? 人のせいにするなんてらしくないよ?」


「確かにこれ以上にないってくらいムカついてはいるけどな。大した確証もなくこんなこと言わねえよ」


 俺はがりがりと頭を掻く。


「俺のことが信用できないのもわかる。けどな、俺は本当に七島のテストの点数を見てんだよ。あいつは確実に合格点を取ってた。それだけは間違いないんだ」


 俺が納得できないこと。それは、七島に上手いこと使われたことだ。あの優等生は俺を利用して、自ら補習を受けに行った。


 ……何を考えてそんなことをするのかはわからない。あの優等生のことなどわかりたくもない。ただ、自分が上手く使われたという事実が腹立たしかった。

 そしてそのせいで、クラスメイトに浮ついた誤解をされて、それが頭にきて手を出した挙句、説教をくらい、今まで続けていた最速帰宅記録はここに潰えた。


 ……このまま帰っては腹の虫が収まらない。あの優等生にどうにかして一杯食わせてやらねえと。


「なあ、もう一回聞くが、作戦は完璧だったんだろ?」

「うん。理論上は完璧だって愛田君も言ってた」


 愛田がそう言うと途端にダメな気がしてくるんだが? ……とは思っても言わないでおいた。


「じゃあ補習の件をどうにかすれば、あいつは学校をサボれるんだな?」

「そうだけど。……何? ずいぶんとやる気じゃん。私が協力してっていったときはあんなに渋ってたのにさ」


 どこか咎めるように早川は言う。


「七島を助ける理由がないから協力しなかっただけだ。でも今は事情が変わったんだよ」


「……協力してくれるってこと?」


「利害が一致したと言った方が正しいな」


 もっとも、利害が一致しただけで、目的はまるで正反対だが。


 俺は今から人を助けに行くのではない。自分の思い通りに人が動くと勘違いしてるやつに一泡吹かせに行くのだ。


 鞄を担いで俺は席を立つ。


「とにかく俺は行くぞ。お前はどうするんだ?」


 早川は勢いよく立ち上がった。


「行くに決まってるでしょ!この状況に納得できてないのは私も同じだかんね!?」


 だろうと思った。こいつがこんなことで本気で諦めるわけがない。


 ……作戦開始だな。

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