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我慢の限界

 何の問題あるのか?優等生によって投げかけられた質問に周囲は固まっていた。

 質問の意味がわからなかったわけではないだろう。おそらく、周囲がわからなかったのは、そんな質問をする優等生の意図だ。


「ですから」


 七島は自分の質問の意図が伝わっていないことを察してか、もう一度、よく通る声で言った。


「私の名前が補習者リストにあることの何が問題なんですか?」


 もう一度改めて尋ねられたことで質問の意図を周囲は理解し始めた。その理解はざわつきと驚きとなって広がっていく。


「……どういうことなの優子?なんでそんなこと聞くの?」


 その中で唯一、七島の一番近くにいた早川だけがまだ事の次第を理解できていないようであった。


「わからないの? 陸央。……恥ずかしいことだから余りはっきりと言いたくないんだけどな」


 七島は穏やかな声で言う。


「……わからない」


 早川は細い声で言った。


「わからないか。……そうだよね」


 七島は、それだけ言って、結局、早川にわかるようには言わなかった。


「つまりあれか。お前はこのリストの通り補習なのか?」


 リストを見ながら鷲塚が言う。


「はい。その通りです先生。私は今日物理のテストの補習を受けます」


 七島優子は毅然とした態度でそう言った。


 自然と、周囲の視線は俺に向く。

 テストの点数を見たと言い、七島優子は合格点を取っていたと証言したこの俺の方に。


「その方がどうしたんですか?」


 周囲の視線が俺に集まっていることに気付いて、七島は鷲塚に尋ねる。


「それがだな。七島。さっきお前が来る前に、俺がお前のテストの点数を見たやつはいないかって聞いたんだ。普段の成績からしてお前が補習になるとはにわかに信じられなくてな」


 鷲塚は事実とは少し異なる言い方をした。教師である自分が尋ねたことにした方が角が立たないと判断してくれたのだろう。


「……彼がですか?」


 七島は俺を見て少しだけ眉をあげた。しかしすぐに表情を戻す。


「それで何と言ったんですか?」


「……お前はちゃんと合格点を取っていた。お前自身は納得していないみたいだったけどな。そう言ったんだよ」


 俺は自分の口で答えた。


 すると七島は微かに微笑んで。


「……そうですか。約束通りに答えたんですね」


 と、言った。


「……はあ?」


「もう、隠して下さらなくて結構ですよ」


 七島は不自然なほど柔らかな笑顔と声で言った。


「この通り、私が先生に捕まった時点で作戦は失敗に終わっています。……もう私が補習であることを隠す必要はありません。ご迷惑をおかけしました」


 優等生は俺に向かって頭を下げる。


 ……前々からよくわからない奴だった。勉強しながら笑うことがあったり、友人を止めるために人に伝言を頼んだり、テストを返されて急に泣いたり……

 しかし今回のそれはまるでレベルが違う。血迷っていると言っていい。誰がどう見たってこいつはおかしい。


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「……そうか。そういうことだったのか!」


 俺と七島のやり取りを見ていた、クラスメイトのの一人が声高々に叫ぶ。


「お前と早川さんは七島さんが補習になったことを隠すためにアレコレやってたってわけだな!? そうなんだろ!?」


 もちろんそんな事実はない。俺はすぐさま否定する。


「そんなわけねえだろ。なんでそんなことをしなくちゃいけねえんだ」


 しかし、俺の言葉はまるで聞き入れられなかった。周囲はざわつき、そこには納得の色が広がっていく。


「……だから七島さんが泣いてるとき何もしなかったの? 下手に騒いで七島さんが補習だってバレちゃいけなかったから」


 俺をこの前まで責めていた女子が言う。俺はすぐさま反論する。


「仮にそうなら、お前らが俺を責めたときそう言うだろ。七島は補習だから泣いたってよ。でもそう言わなかったのは、七島が補習じゃないからだ」


「本当にそうかしら……? ああ。わかったわ」


 全てに合点が言ったとばかりにそいつは手を打った。


「実際に君が補習だとは言わずに『七島さんは悪い点数を取った』なんて曖昧な表現をしたのは、補習の事実を隠しつつ、自分のことも守るためだったのね」


 ……どこまでもお気楽な考え方に寒気すら覚えた。


「……ほんと、てめえらは都合よく解釈するよな。俺がそんなことして何なると?」


「あら、言ってほしいの?」


 すべてをわかりきったような表情で目の前の女子は俺を見た。殴り飛ばしたくなる衝動をぐっとこらえる。


「わかるぞ。七島さんのためにカッコつけようとしたんだろ?」


 その女子の横にいた男子が言った一言に、思わず足が出た。周囲から悲鳴が上がる。


「いってえ……! てめ! 本当のことだからってムキになんなよ!」

「……うるせえ。いっつも自分たちに都合のいいように解釈しやがって! いい加減にしろよ!?」

「やめろ! なんでお前らが熱くなってんだ!」


 鷲塚に後ろから羽交い絞めにされて、俺は押さえつけられる。


「……おい。七島。お前は本当に補習なんだな?」


 俺を押さえたまま、鷲塚は厳しい声で七島に聞いた。


「はい。その通りです」


「なら、さっさと補習を受けるんだ。お前らもだぞ! 補習者は物理室に移動しろ! それ以外の奴はさっさと帰れ!」


 鷲塚の怒号にクラスメイト達は一目散に階段を駆け下りていった。

12月15日追記

 少しわかりにくいところがあったので、文章を書き足しました。

なろうでは文字を強調する傍点表示が使えたんですね。今まで知りませんでした…

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