間違えてない
翌日、いつものように登校して教室に入ると奴が俺を待ち受けていた。
「……待ってたぜ」
俺の席でふんぞり返っていた愛田が言う。
「そこは俺の席なんだが」
愛田の目の前に鞄を置いて、退くように言う。
「てめーに話を聞く気があるなら退いてやるよ」
「じゃあ授業が始まるまでそこにいろ」
こいつの性格からして授業が始まるまでほかのクラスにいられるわけがない。
「逃げんのか!」
「面倒だとわかって避けないのはバカだろ」
「……だからなんもしなかったってのか?、ならバカはてめーだ」
愛田は険しい顔つきで俺を睨む。
「昨日の教室で何が起きてたのか詳しく天城とは早川さんから聞いたけどよ。やっぱり原因はお前にあるじゃねえか」
「知ったことか」
「てめーがもっと周りに関心を向けてりゃあんな風に責められることもなかった。授業中に寝るなんて怒るやつがいて当然だし、泣いてるやつを無視したら怒るやつもいるにきまってんだろ」
「正論をどうも。気は済んだか?」
取り合うつもりは毛頭なかった。適当に応対して、俺はその場を立ち去る。
「そういう風に自分は関係ねえって態度でいるからあんな目に遭ったんじゃねえのかって言ってんだよ!」
愛田は机を蹴り倒しながら立ち上がる。
「ちったあ自分の行動を省みろ!!」
「……」
……結局。俺はSHRが始まる時間まで教室の外で適当に時間をつぶした。戻った時には倒された机は綺麗に戻されていて、愛田はもういなかった。
■
それからは自分を訪ねるような奴もおらず、俺はいつも通りの一日を過ごしていた。
散漫に授業をこなし、昼には購買でパンを買ってそれを食べ、午後は睡魔と闘って、合間にある休み時間は先に配られていた夏休みの課題を消化する。
雑音がないせいで課題は順調に進んだ。二年生になり、受験のための勉強をそろそろ始めるべきという教師の計らいで量が減らされたのもあって、帰りのSHRになるころには課題は全て終わっていた。
「明日は物理の補習があるからな!補習だった奴はきっちり勉強しておくように!では解散!!」
最後のSHRもあっという間に終わり、俺はいつものように一番に教室を出る。
他のクラスはまだ帰りのSHRをやっているようだった。これ幸いと階段を降り、昇降口で靴を履き替えて駐輪場へ向かう。もう誰かに絡まれて帰りが遅くなるのはごめんだった。
そう思った矢先、俺の自転車の前に人影を見つける。
「やっぱり一番に来たね」
体育着姿の早川が俺の自転車の前で俺を待ち伏せていた。
何でいるんだという俺の視線に、早川は答える。
「だって私、体育が終わってそのままこっちに来たんだもん。鷲塚先生のSHRが早いってのは知ってたし、あんたなら絶対誰よりも先にここに来ると思って」
予想通りだったとばかりに早川はしたり顔だった。
「そうかよ」
それ以上取り合うことはなく、俺は自転車を引っ張り出す。
「ねえ、気にすることないからね」
唐突に早川は言った。
「あんたがしたこと皆は怒ってたけど、私はあんたのしたことも間違いじゃないと思う。
泣いている人がいたら心配するべきだとは思うけど……放っておいてあげるって選択も普通にありだよ」
フォローなら間に合っていた。別に自分が良いことをしたとも思っていない。
「それにね!実を言えば優子は泣いてるときは放っておいてほしい人なんだよ!
泣いてるときは一人にしてほしいってさ!たくましいよね!」
俺は自転車に飛び乗る。
「……だからさ、私があのとき優子の隣にいてもきっと同じことをしたよ。あんたは間違ってない」
間違っていない。と早川は再度強く言った。
「……同じじゃねえよ」
自転車のペダルに足をかけて、早川の方は見ずに俺は言う。
「それが良いとわかっててやるのと、わかってないのにやるのじゃまるで意味が違えよ」
自分を正当化するつもりはない。
俺は確かに、面倒だと思ったから何もしなかったのだ。
「そこまでわかってるならどうして優子を放っておいたの?」
背中越しに早川は言う。
「そうした方がいいって思ったから、そうしたんじゃないの?」
「ねえ、本当にあんたは優子を『無視』したの?」
「……」
俺はペダルを踏み込んで走り出す。これ以上、帰りが遅くなるのは嫌だった。
最後に早川はこう告げた。
「あんたが悪い奴じゃないって私は信じてるからね」




