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早川陸央(はやかわ りお)

「あはは、また捕まえられなかったんだね。」

「なんなのあいつ。いつもはボケっとしてるくせに帰る時だけゴキブリ並みの素早さになりやがる。」

「彼は戸成高校でも指折りの帰宅部だからね。仕方ないよ。」

「誰がゴキブリだ。誰が。指折りの帰宅部でもない。」


翌日、火曜日の昼休み。 購買にてパンを購入して戻ってくると、友人の天城と友人(仮)の愛田が俺の席の周りでたむろしていた。


「お前いたのか!」


俺を見て愛田がわざとらしく叫ぶ。


「こっちのセリフだバカ野郎。2-Dはあっちだぞ?元の巣へ帰れ。」


俺の席に座っていた愛田を退かして俺は自分の席へと座る。


 退かされた愛田は自分の居場所の確保をするのに手間取っている様子だったが、近くにいた男子生徒に机を借りることを伝えて、律儀に了承を貰ってから俺の隣の席に座った。


「今日もあんぱん一個だけ? 僕が言うのもなんだけど足りるのそれで」


栄養ゼリー1個で昼飯を済ませる天城に食事の心配される。


「足りる。というか無駄に金使いたくないからな。」

「おいおいそんなんだと持たねえぞ!これくらい食わねえと!」


愛田はおにぎりを両手に持って豪快にほおばっていた。


「そんなゼリーとかパン一個じゃなくてよ、もっと食った方がいいぜ?それは食事とはいわん。」

「食事なんて栄養が取れればいいじゃない」

「パン一個だろうと腹が膨れたと思えればいいんだよ」


愛田の文句に俺と天城はそれぞれ答える。


「…お前らにとって食事は作業なんだな。乾いてんなあ。」

 

 愛田は呆れていた。作業と言われればその通りなのかもしれない。


「そうだ。乾いていると言えば、お前さあ」


愛田が思い出したように呟いた。

四月に物理の授業が始まって以降、愛田がこんな風に俺に声をかけてくるときは、決まって例の話題だ。

俺は文庫本と、食べていたあんぱんを持って静かに席を立った。


「七島さんと隣になって何か会話したことは……あれ? いねえ!?」

「すごいめんどくさそうな顔して出てったよ。」

「かーっ!ほんと付き合いの悪い奴だな!」

「何十回も同じことを聞いてたら呆れられても文句は言えないと思うけどね。」

「まだあいつには5回しか聞いてねえ!」

「僕はもう20回同じことを聞いてるけどね」

「じゃあ、21回目だ!」

「うわあ、ほんとによく飽きないねえ…」


二人の声は廊下まで聞こえてきていた。

……天城もよく愛田の与太話付き合えるもんだ。俺は初回からすでに面倒だったというのに。

 天城の気の長さに心の中で敬礼をしつつ、どこか静かな場所はないかと俺は教室すぐ近くの階段を降りた。


 教室のある三階から階段を降りて一階へ。天気も良いし外にでも行こうかと下駄箱の前を通りかかったときのことだった。


「あっ!いたいた!」


後ろから聞き覚えのある声がして俺は足を早めた。


「おーい!」


背後からは小気味よい足音が迫ってきていた。足音はすぐに俺を追い越していき、そいつは俺の前へと躍り出る。


「やっほー私だよ! 元気してた?」


 自己主張の激しい挙手を伴った挨拶。跳ねるたびに揺れるショートの黒い髪。人懐っこそうな大きな目は今は狙った獲物を逃さぬ犬のように見える。ここ最近ずっと見ている顔だ。


「…どちら様ですか?」


 俺はあんぱんを食べながら自分より頭一つ分背の低いそいつを見下ろす。


「えっ!? いや、私だよ。早川陸央だよ」

「ああ…はいはい早川さん。去年同じクラスだった。」

「なんでそんな他人行儀なのさ?」

「見つかるたびに捕まえられたらこうもなる。……いい加減にしてくれ。」


俺は二週間ほど前からこの早川陸央にある理由から追いかけ回されている。


「それは悪いと思ってるけど…こっちだって簡単に諦めるわけにもいかないんだ。でさ…考えは変わった?」


 早川は俺の顔を覗き込むようにして聞いてくる。


「変わってない。何度こようが何をしようが俺の考えが変わることはない。悪いが諦めて他をあたってくれ。」

「そんなこと言わずにお願い!一週間だけでもいいからさ!お試し期間を頂戴!そしたらきっと気も変わると思う。いや変えてみせるから。」

「離してくれ。俺はまだ飯を食ってるんだ。」


 掴まれた腕を強引に振りほどこうとしたが、早川は俺の腕を離そうとはしなかった。


「あんたはそうじゃないかもしれないけどさ…こっちは本気なんだよ。…どうしてもだめ?ちょっとだけでもいいんだ。これじゃあ私諦められない。」

「んなこと言われてもだな…」と俺は口に放り込んだあんぱんを飲み込んでから、早川の方を向く。


「……だからってお前の誘いに俺がちょっとでも乗るのも違うだろ。それでお前はほんとに諦められるのか? 第一、俺の都合はどうなる?」


「それは…」


 俺が強い口調で言うと早川は押し黙ってしまった。

下手に期待を持たせた方が相手に悪い。それにこの件はきっぱり断るとちゃんと決めていたのだ。


「お前ならもっと良い奴を見つけられんだろ。そんじゃあな。」


 最低限のフォローだけして俺はその場を後にする。


「待って!」


と早川は俺を呼び止めた。


「やっぱ諦められない。最後にもう一回だけチャンスをちょうだい。」


「あのな…」


ダメなものはダメだと言おうとして


「おい…なにをしてんだお前は。」

振り返った先の光景に俺は目を疑った。


早川はスカートを脱いでいた。


…いや、もちろんここは学校だから、早川がスカートの下にハーフパンツを履いていることはわかっている。俺が困惑したのはスカートを脱いでいるということではない。こんなところでいきなり着替えを始めたことに俺は困惑したのだ。。


「ごらんの通り着替えてます!」と早川は俺の疑問に元気よく答え、

「あっ、ごめんこれちょっと持っててもらっていいかな?」と、通りがかりの一年女子に脱いだスカートを渡した。 

 

 通りすがりの女子生徒はそれを素直に受け取って綺麗に畳み直してわきに抱えている。

 そのあまりに自然なやりとりに、俺は尋ねずにはいられなかった。


「……なあ早川よ。そいつは誰だ?まさかと思うがお前の知り合いなんだよな?」

「一年生の羽田はたちゃん。一回バスの中で話したことがあるの。ちょっと無口だけどいい子だよ。」


 羽田ちゃんと呼ばれた一年女子は紹介されて俺にお辞儀をした。羽田は前髪に視線を隠した大人しそうな雰囲気の女子だった。背は女子にしては少し高く、後輩だと言われなければ早川の方が年下に見える。


 早川は準備体操をしながらあれやこれやと羽田に話しかけていた。

 羽田はそれに対し、無表情に首を縦か横に振るしかしない。無口なのは本当らしい。

 だが、そんなことはお構いなしといった感じで早川は楽しそうに会話を続けていた。


 この、一回喋ったくらいでもうそいつのことを友達扱いしてしまうほどの気安さと、その正確に裏打ちされた高いコミュニケーション能力が早川陸央の特長である。


 早川にとって、名前を知ったらそいつは顔を見ていなくても「知り合い」であり、ひとたび会話をすればそいつはもう「友達」である。


 早川陸央は友達100人を地でいく猛者であり、コミュニケーションのプロフェッショナルでもある。早川陸央ことを知らない戸成高生はいないし、その逆もしかり。

 少なくともこいつのことを悪くいうような人間を俺はみたことがない。


 だから俺はそんな早川からできるだけ離れようと関わり合いにならないように努力した。

 こいつを交友に加えると確実に友達が定員オーバーする。友達100人の輪に入るのは俺には苦痛でしかない。


……それでも俺が、こんなにも友達を厳選することに心血を注ぐ俺が、最も交流を避けるべき早川をこれまで避けるに避けられなかったということが、彼女の人の好さを表しているともいえるのだが。

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