普通に女の子
俺の言葉に周囲は茫然としていた。それはおおよそ狙い通りの反応だったのだが。
「え……? なんで……?」
問題は、その中に事実をしっているはずの早川も含まれてしまっていることだった。
頼むから余計なことを言ってくれるなと思いつつ、俺は強い口調で言う。
「何驚いてんだよ。優等生が泣いたのはテスト返しのときなんだから泣いた理由もテストにあると考えるのが普通だろうが」
俺は語気を強めて話し、周囲を睨んでこっちに注目を集める。
「それなのに、妄想たくましく人を犯人扱いしやがって。ふざけてんじゃねえぞ」
茫然としていた連中も、ようやく俺の言うことが飲み込めたのか、負けじと言い返してきた。
「本気でテストの点数が悪いから泣いたっていうの?そんな小学生みたいな理由で」
「じゃあ逆に聞くが、どういう理由があると思ったんだよお前らは?」
俺は腕を組み目を細める。
「……まさか深刻な事件にでも巻き込まれているとでも思ったのか? そんなわけないよな?」
皮肉とばかりに冗談めかして言ったのだが、現場を見ていた何名かが反応した。
……どっちが小学生だ。
「でも」とその中の女子が言う。
「それなら早川さんがここまで私たちに隠す意味もないでしょ。あんた自分の疑いを晴らしたいからってデタラメ言ってんじゃないでしょうね?」
「デタラメって。お前ら、俺が何言っても信じなさそうなんだが?」
「ちゃんと根拠があれば信じるわよ。馬鹿にしないでくれる?」
……マジで態度悪いな。この一件で一気に嫌われ過ぎだろ俺。
隙があれば俺に全てを押し付けようって魂胆が見え見えだ。
……なんでこうなったかな。と思いながらも俺は口を動かし続ける。
「俺は、あのとき七島優子の隣にいた。そのときにテストの点数を見てんだよ」
「はあ? 君、人のテストを覗いたの?」
「たまたま見えちまったんだよ。だから俺は七島優子が泣いたときに何もしなかった。テストの点数が理由なら、よそのやつが心配したって仕方ねえからな」
「証拠は?そこまではっきり言える理由はあるの?」
「そんなもんあるわけねえだろ。テストの点数なんて隠しておくのが普通だ」
自分では正論をぶつけたつもりだが、周囲の奴らが納得している様子はなかった。
「……そんなこといって誤魔化そうとしてるんじゃないの?」
……いや、納得するわけにはいかないというべきだろうか。
容疑者の言っていることをおいそれと認めるわけにはいかない。認めてしまえば自分たちが間違っていたことを認めることになる。
早川が俺の擁護に来た時点で、俺がシロであることはほとんど証明されていた。
早川は七島優子が泣いた理由を知っているのだから。だからこそ俺は放置され、代わりに早川が標的になったのだ。
俺の容疑が晴れようが、連中が納得しない限り、この騒動は終わらない。
「……わかった。じゃあ教えてやるよ。七島優子が何点を取ったのか」
だったら、納得できるだけの理由を作ってしまえばいい。
俺は、七島優子がどうして泣いたかを知らない。さっき言ったのはデマカセだ。
元がデマカセなら、いくらでも理由はつけられる。
「七島優子が取った物理のテストの点数は――
テストの点数を聞けば少しは連中も満足するだろう。そう思い俺は
ーー「言わせるかあ!!」
瞬間、俺の視界を柔らかくしっとりとした何かが遮った。
「あぶねえあぶねえ……危うく七島さんの個人情報が流失するところだった」
俺は自分の視界を遮るそれを手で拭う。
手にはべっとりと餡子がついていた。それから少量のゴマ。足元に散らばるパンの残骸。
……どうやらあんぱんを顔面に叩きつけられたらしい。
誰に?
……こんなことを俺にするのはあいつしかいない。
俺は目の前の坊主頭を両手で掴む。
「何しやがる愛田ぁ!!」
渾身のヘッドバットは綺麗に愛田の額を捉えた。
「それはこっちのセリフだ!軽々しく人のテストの点数をばらそうとしやがって!てめー何しようとしてんのかわかってんのか!?」
愛田は俺の襟をつかむ。ヘッドバットでダメージを受けている様子はなく、
むしろかました俺の方がよろけていた。どんだけ石頭なんだこいつ……!!
「進学クラスの奴にとってテストの点数ってのは大事なもんなんだよ!
愛田は物凄い剣幕だった。今までを振り返ってもキレてることはなかったように思う。
……もしやこの事態を誤魔化すための演技か?迫真の演技なのか?
「それをなんだ、横から覗いた挙句、皆にばらすだと?ざけんじゃねえ!しかもそれが悪い点数ってわかってんのに言うなんて言語同断だ!」
……というかなんでここまでキレてんだこいつ……テストの点数ごときで。
……待てよ。
見れば、突然乱入してきた愛田に女子たちは完全に面食らっていた。
そして俺はさっき得た、七島優子に関する情報を思い出す。
……この勢いを利用しない手はない。
「おい愛田!」
「んだよコラ! 言い訳なら聞かねえぞ!!」
「お前!勉強するときどうやって気分転換する!?」
「はあ!?」
「良いから答えろ! 勉強で煮詰まったときお前はどうやって気分転換すんだよ!」
「煮詰まるってなんだ! 息詰まるの間違いだろ!」
「細けえよ! とにかく答えろ! 勉強で息詰まったらどうすんだよお前は!」
「勉強している教科を変えるに決まってんだろ!」
……うわあ、冗談かと思ったがマジか。好都合だけども。マジなのか。
「休まねえのか……ゲームとかしないのか?」
「そんなん時間がもったいねえだろうが!」
「もったいなくねえよ! 休めてねえし! それとも進学クラスってのは皆そんな奴ばっかりなのか!」
「そうだよ! それくらい勉強に掛けてんだ!だからテストの点数が悪いなんて絶対に知られたくもねえんだよ! 頑張って悪いってなら尚更な! わかったかくそったれ!」
愛田は啖呵を切るようにいった。おおよそ狙い通りの、百点満点の答えだった。
「……わかった。よおくわかったよ。……だから、放しやがれ」
俺は体を捻って首元を掴む愛田の手を振りきる。
「坊主頭君……今の話は本当?」
女子の中の一人がおそるおそるといった感じで尋ねる。
「ああ? なんすか?」
愛田は不機嫌であることを隠さなかった。
「今言ってた、気分転換に勉強の教科を変えるだけってやつ……」
「そうですけどそれが何か?」
愛田は半ギレ気味に答える。
「もしかして勉強の合間にゲームするのかお前らは?なら、言っとくがそっちの方がおかしいかんな?」
愛田は自分の正しさを疑っている様子はなかった。
「……その、進学クラスさん。聞きたいことがあるんだけど」
「俺は愛田です。初めまして。……なんすかその呼び名は。馬鹿にしてんすか?」
愛田はキレすぎて口調が変になっていた。いつもの愛田なら初対面の相手にここまで強気には出ない。
「ええと……ごめんなさい。では愛田君。あなたはテストの点数が悪かったら泣いたりするのかしら?」
愛田は突然の質問に訝る様子を見せたが、女子たちが真剣に聞いているとわかり、幾分か落ち着いて答えた。
「……泣きはしねえかもだが、頑張ったときに点数が悪かったら死ぬほど悔しいとは思う。それがなんすか」
「その……だったら七島さんがテストで点数が悪かったら泣くと思う?」
「そりゃ泣きもするだろ。あの人がどんだけ勉強を頑張ってるか知ってんのか?」
愛田はあからさまに声を苛立たせた。
「それになあ、いくら優秀とはいえ、七島さんだってあんたらと同じで普通に女の子だぞ? 涙の一つや二つ流すに決まってんだろうが!それをがやがやと騒ぎすぎなんだよ!! ほっとけ!!」
愛田は女子たちに向かって一喝する。
それでウチのクラスの女子たちが怖気つく様なことはなかったが、連中に文句を言わせないだけの勢いはあった。
愛田の言っていることは紛れもなく正論だった。
……きっと、俺が同じことを言ってもそれは詭弁にしか聞こえなかったと思う。
「……これでよくわかったろ。七島優子はテストの点数が悪くて泣いた。こんだけ勉強にかけてるやつもいるんだよ」
今度は俺のいうことに文句を言ってくるようなやつはいなかった。
俺の意見に納得するわけにはいかない。
だが、それが俺以外の奴の意見なら話は別だ。
「もういいか? ……いい加減腹が減ったんだが」
俺は連中にポケットの財布を見せる。昼休みはもう半分ほどしか残っていなかった。
連中もこれ以上の詮索は意味なしと判断したのか、それ以上追求してくることはなく、各々自分たちの昼休みへと戻っていった。
……とりあえずこの場は収まったらしい。俺は人知れず胸を撫で下ろす。
「おいどこ行くんだ! こっちの話はまだ終わってねえぞ!」
そのまま購買に行こうした俺に向かって、愛田が怒鳴っていた。
俺はそれを無視して階段を降りていく。
これ以上面倒なやつの相手をしている時間も気力も今の俺にはなかった。
「おい! 聞こえてんだろ! シカトしてんじゃねえ!!」
「ま、待って愛田くん! ストップ!」
見れば、俺を追いかけようとした愛田を早川が袖を引っ張って引き止めていた。
……愛田の相手は早川に任せよう。
俺はそのまま階段を降りて購買へと向かった。




