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放置

「お前っ…!人がせっかく弁護してやってんのに!」

「ああ?名誉棄損の間違いだろ?」


 膝をつき痛みに悶える愛田に、俺は見下げて言う。


「俺は事実を述べただけだ!」

「そんな事実はねえよ!ふざけんな!」

「えっ……あんたってそういう人?優子に興味ないってのもそういうあれなの?」

「お前は疑うことを覚えろ早川!」


 愛田が虚構を叫び、早川は一歩後ずさりしていた。


「誰も味方がいないねえ。これは酷い」


 天城は腹を抱えて大笑いしており、


 ……マジでやばいなあいつ……

 ……あんま人と関わらない奴だとは思っていたがそういうことだったか……

 ……七島さんに興味がないってそう言うこと……


 クラスメイトは異物を見るような冷たい目を向けてきていた。


 ……この状況、先週のテストで出たな。確か四面楚歌って言うんだ。もしくは、お前もかブルータス。


「なんかやっちまった感があるが……ともかく! 疑いは晴れたな!」

 

 愛田が良かったなとばかりに俺の背中をバンバンとはたく。


「疑いが晴れたんじゃなくて、さっきよりも厄介な疑いが新しく生まれてんだよ!」

 

 俺はもう一度愛田を蹴り飛ばす。まさか弁護されて罪が重くなるとは思わなかった。


「でもあんたがこんなに皆から信用されてないとは思ってなかった。びっくりだよ」


 一向に改善しない俺の評価に早川はしきりに首を傾げていた。


「いやいや早川さん。こいつがそう簡単に信用できるような奴ですか?」


 それに答えたのは愛田だ。脚を押さえながら俺を憎々しげに睨んでいる。


「ふふ、それもそうだね」


 早川は立ち上がろうとする愛田に手を貸した。二人して俺が信用されていないのは当然と言った口ぶりだった。


「……マジで何しにきたんだお前ら」


 さっきから人のただでさえ低い評価を乏しめるようなことしかしていないのだが?


「さっきも言ったじゃない。あんたの疑いを晴らしに来たって」

「不本意だが左に同じだ。頼まれたからにはしっかりやってやる」


 愛田と早川はそう答えると、俺の前を固めるように並び立つ。



「早川さん。そいつが関係ないってのは本当なの?」


 俺たちのやりとりを眺めていたクラスメイトが言う。


「うん。なんか色々言われてるみたいだけど、全くの無関係だよ」

 

 早川は自信を持って答えた。


「その人が泣かせたんじゃないなら、じゃあどうして七島さんは泣いたの?」

「さっきも言ったけど知らないよ!」


 取り付くシマもなかった。優等生のことになると早川は途端にガードが堅くなるようだった。

 次いで連中の視線はその隣の坊主頭に向く。


「七島さんと親友の早川さんが知らねえのに俺が知るわけねえだろが!」


 しかし、愛田もそこは鉄壁だった。


「つうか、七島さんとは入学式以来、一回も口をきいたことが無い!」

 

 虚しい事実のはずなのに愛田はなぜか誇らし気だった。そんな態度がウケたのか周囲から失笑が漏れる。


「神と七島さんは二年間同じ進学クラスのはずなのに……そんなことって」


 すると、一人の男子が悲痛な声で言った。

 どこかで見覚えがあるような……クラスメイトだから見覚えがあるのが普通なのだが、なんだか印象に残っていない。


「……あの、誰だか知らねえがガチで哀れむの止めてもらっていいっすか?自分これでも満足してるんで」

「なんて健気な……さすが神」


 謎の男子は本気で感動を覚えているようだった。


「だから哀れむなって言ってんだろうが!」

「だってあまりにも不憫で……あそこまでやったのに、会話もないって……ボクですら一回はあるというのに……」

「さりげに自慢してくんじゃねえ!!ちょっとツラ貸せ!!」


 愛田は今にも泣き崩れそうな謎の男子を引きずって、教室のベランダへ出て行った。


 ……そこで俺はようやくその男の正体を思い出した。


 あいつ、勇者だ。初めて七島優子にまともなリアクションを取らせた奴。後続の愛田のインパクトが強すぎて忘れてた。同じクラスだったんだな……。


 そんな男子二人を尻目に、視線を周囲に戻すと、さっきまで俺の前にいた早川の姿が消えていた。

 ぐるりと周囲を見回す。

 

「ねえ、早川さん。本当に何も知らないの?どうして七島さんが泣いたのか」

「うん。何も知らないよー」


 いつ間にか早川と、それからクラスの女子達が廊下へと移動して話していた。


「本当に知らないの?様子がおかしかったとかさ。何か気になること言ってたとか……」

「そう言われてもなあ……」と早川は困ったように頬を掻く。


「私と優子ってクラス違うし、お互い部活で忙しいから一緒にいることも少ないんだよね。思えば、高校入ってから会う時間がめっきり減ったなあ」


「それは寂しいねー……」と。女子たちが同情する。


「そうでもないって」と早川は笑って見せた。

「学校で合わなくなったってだけで、最近じゃ泊まり込みでテスト勉強したくらいには今でも仲良しだよ」

「えっ?あの学年トップの七島さんに勉強見てもらったの?いいなー!」

「うん……とってもいいよー……成績は上がるから」


 急に早川の声トーンが落ちたので、女子たちは何事かと顔を曇らせていた。


「いや……なんか優子との勉強合宿のことを思い出したら頭が痛くなって……」


 ふらふらと早川はその場でよろけてみせる。


「陸央ちゃんってけっこう根性あるって言われてるけどそんなに……?」

「……例えばさ、私の苦手な数学はひたすら問題を解いて出来るまで繰り返し。間違えたら同じ問題を10回解かされるの。もちろん問題文も全文書くんだよ?それを10回」


 早川は何かにとりつかれたかのように語り始めた。


「まだそれはいいんだよ。陸上やってるから反復練習が大事なのはわかるからさ。

 でも……本当につらいのは休み時間がないことだよ。長距離走の練習だって休み時間は挟むのにノンストップだよ?数学が終わったら英語。英語が終わったら国語。それが終わったら他のやってない教科……インターバルなしでただ科目を変えるだけ……それってどれも勉強には変わりないよね……?でも、優子はこういうんだ。「科目を変えれば気分転換になるでしょう?普通に勉強できる人はそうなんだよ。知らない?」って言うんだ。……私はバカだからわかんないけど……そういうものなんですか?」


 早川に同意を求められ、女子は一様にこう答えた。


「大丈夫よ早川さん。私たちにもわからないから」


 どんどん目が虚ろになっていく早川に対し、女子勢は懐から取り出したお菓子を渡すことで浄化を試みていた。

 それらのお菓子を目に捉え、早川は思い出したように言う。


「そうそう、途中で糖分が勉強にはいいって話になってさ……優子がくれた手作りのクッキーは甘さ控えめで美味しかったです」

「甘さ控えめクッキー……そこはもっとチョコとか甘いやつを寄越そうよ七島さん……」


「糖分の取りすぎは良くないってさ」

「あー……さすが優等生。勉強中に食べるおやつにも気を遣うのね」

「うん。糖分を摂りすぎるとトイレに行きたくなるからだってさ。優子が言ってた」


 それを聞いた女子たちの顔が引きつるのがわかった。


「ほんと色んなことを知ってるよ優子はさ」


 しかし早川はその意味に気づいていないようだった。

 女子たちは知らぬが仏とばかりに悲しむような、呆れるような複雑な表情を浮かべ、

 早川に手持ちの菓子を何も言わずにそっと渡していた。



 俺は自分の席にて課題を進めながらその様子を眺めていた。


「なんつうか妙な展開になったな……」


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