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容疑者

 戸成高校が誇る稀代の優等生、七島優子が授業中に涙したというニュースは瞬く間に校内中を駆け巡り、翌日の朝にはその話題で教室は持ちきりとなっていた。


「どうして七島さんが泣いたのか。そこがみんな気になっているようだよ?」

「そうかい」


 天城は騒ぎを俯瞰してそんなことを言っていたが、俺にとっては凄くどうでもよかった。

 それよりも、昨日の物理の時間、テスト返しが終わった後に配られた物理の夏休みの課題を終わらせることの方が重要だった。


 ……まさか、全体の平均点が60点を下回った場合にもペナルティがあるとは。

 夏休み課題の量を二倍にするとか聞いてねえぞ。 個人の努力だけではどうにもならない問題をどう回避しろってんだ。


「テストも終わったばかりだというのにせわしないね」


 課題に奮闘する俺を見て天城が言う。


「夏休みが始まるまでに夏休みの課題を終わらせないといけないんでな」


 俺はせわしなくペンを走らせる。


「そっか。君、家では全く勉強しない主義だっけ」

「ああ。だから終業式の金曜日までに終わらせないとな」

「学校にいる間に全部終わらせるつもりなのかい? 頑張るねえ」

「中学と違って高校は書道とか絵の課題がないから楽なもんだ」

「あはは、君ならそれも学校でやりかねないね」


 天城がどこか呆れ気味に言うので俺は顔を上げる。


「いや、さすがの俺でも絵と書道は家でやったぞ」


 隠れて学校でやろうとしたのもまた事実なのだが。いかんせん目立ちすぎるので諦めたのだ。



「ん? ああそうなのかい……」


 天城はどことなく生返事で、視線はあらぬ方を向いていた。

 何事かと天城の視線を追えば、そこには変わらず談笑を続けるクラスメイト達。


「なんか面白いことでもあったか?」

「うん。とってもね」


 天城に倣い、俺もクラスメイトの方を眺めてみる。しかし別段変わった様子はない。


「……ん?」


 すると、談笑をしていたクラスメイトの一人と不意に目が合った。女子だ。名前はなんだっけか。佐藤だったか、田中だったか。いや松本だったかもしれない。


 俺と目が合ったのがわかると女生徒は慌てて目をそらした。その態度から何か。ときめきめいたものは感じなかった。


 感じたのは、もっと明らかな……


「なあ天城」

「どうしたんだい?」

「……気のせいじゃなければ、俺たち、見られてないか?」


 別に視線を向けられること自体はそれほど珍しいことではなかったりする。

 俺と天城はクラスでも一人でいることが多い。そんなやつらに変に興味を持ってくる奴もいるにはいるのだ。だから、見られていることに関して驚きはしない


 ……だが、その眼に敵意や不信感を感じる場合は全くの別問題だ。


 女子が不審者を見る目だとすれば、男子のそれは敵を見る目。

 俺たち二人に何やら敵意が集まっているのは明らかだった。


「見られてるねえ。しかも何やら不穏な空気だ」


 天城は余裕たっぷりに口元から笑いを漏らしていた。


「お前がじろじろ観察してるのがばれたんじゃないか?」

「それは違うと思うよ。見られてるのは君の方だし」


 言うと天城はおもむろに席を立って俺から離れる。


「ほら、見てごらんよ」


 俺は天城が指すがままにクラスメイトを見る。

 ……いろんな奴らと目が合った。完全にクラスメイトは俺を見ていた。


「僕じゃないでしょ?」

「ああ、間違いなく俺だな。奴らは俺を見てる」


 天城が戻って来て席に着く。


「……で? お前なんか知ってんだろ傍観者」

「あはは、まあね」

「やけに行動に迷いがなかったもんな。それにこの手の話題はお前の領分だ」

「いかにも。風の噂と風評は僕の得意とするところだ」


 窓際の方を向いていた天城は、俺の方へと身体を向けて頷く。


「じゃあ聞くが、どうして俺は睨まれてんだ?」

「その前に少し、確認しておくけど」

「なんだ?」

「君は昨日物理室で起きた事件について知っているかい?」


 天城は頬杖をつきながら聞いてくる。


「……事件? 事件なんて起きたか?」


 そう答えると、天城が自分の頬杖からズルリと落ちた。


「そうくるか……。いやいや、起きたでしょ? ほら、君の隣の席の子がさ。なんだが様子がおかしかったらしいじゃない?」

「ああ……優等生がテスト返し中に泣いたことか」

「君が七島さんに興味ないのは知っていたけどさ……ほんと無関心なんだね。てっきり僕はそういうポーズだとばかり」


 天城は苦笑しながら言う。


「無関心なのは認めるが、忘れてたわけじゃないぞ。事件だなんて大げさに言うからわからなかっただけだ」

「そりゃあ君にとっては大したことじゃないんだろうけどさ……それでも、事件と呼べるくらいには騒ぎになっているんだよ」

「いや、事件って。いくら有名だからって女子が泣いたくらいで騒ぎすぎだろ」

「ただの女子ならいざ知らず、相手はあの七島優子さんだ。『神の一件』のせいで話のネタにも出来なかったところにこれだからね。話題になるのは当然さ」

「そんな芸能人じゃあるまいし……」

「まあ、タイミングもあるかな。テスト終わりで特に話題もないときだったから」


 わかるようなわからないような……まあ、天城の方がこの手のことには明るいし多分その通りなのだろう。


「で? その事件と、俺が今睨まれていることになんか関係があるのか?」

「あるある、大ありさ。なんたって君はその事件の容疑者になっているからね」

「……は?」


 ……容疑者?


「わからないかい? ならば、こう言い直そう」


 天城は僅かに口角を釣り上げながらこう言った。


「君はクラスメイトから七島さんを泣かせたのではないかと疑われている」


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