おかしいところ
とりあえず俺は持っていたポケットティッシュを渡し、愛田はそれで膝を押さえた。
「……で、話ってのは何だ?手短に頼むぞ」
「わかった」
愛田は早口で話し始めた。
「今日の昼休み、早川さんがこの前のことで謝りに来たんだ。で、そんときに早川さんがやろうとしてるサボりの作戦の内容を聞いたんだけどよ」
「……早川がやろうとしてるサボりの作戦?」
「ああ。俺が聞いてるってことはお前も聞いてるだろ?」
愛田は俺が作戦を聞いていると思い込んでいるようで、どんどん話を進める。
「ぶっちゃけどう思う?俺には穴だらけに思うんだ。だからどうするって話をしたいんだが。お前はどう思う?」
「……どう思うって」
話があるというから何か大層なことだと思っていたのだが……
「……なんだ? お前そんなことを聞きに来たのか?」
「そうだよ。で、どうなんだ?やっぱりおかしいと思うだろお前も」
「おかしいところしかないだろ」
「おお、そうか。言ってみてくんねえ?」
俺は指を立てながら一つ一つ言う。
「……まず、一つ目、そんなに大事な話だって言うなら、どうしてお前は昼休みに来ないんだ?」
「あ?」愛田が素っ頓狂な声を上げる。
「問題点ってそっちか? 早川さんの作戦の方じゃなくて?」
「お前の問題点に決まってんだろ。逆に何があるんだ他に」
「いや、だから作戦のこととかよ……全く、どんだけ早く帰りたいんだよお前は」
愛田は大きくため息をついていた。
早川の作戦のことは俺の中ではもう終わった話だ。あれに俺はもう関与しないのだから。
それよりも気になるのは今の愛田の行動だ。
「……昼休みは早川さんの話を聞いてて行く時間がなかった。帰りに引き留めたのは悪いと思ってる。すまんかった」
愛田は辟易しながらも答える。
悪いと思ってんなら……と、いろいろ文句は言ってやりたがったが、今はその時間が惜しかった。
言葉を飲み込み、次に移る。
「……二つ目。なんでお前はこの話を俺にしに来たんだ?」
「そりゃあ、お前の方が俺よりもこういう作戦を考えるのが得意そうだと思ったからだよ。俺がこれまでお前に何回出し抜かれたと思ってる」
どこか憎らしげな口調だった 確かに俺は愛田からあの手この手で逃げてきた。それでも俺を頼るのは見当違いだ。
「お前が俺に頼んでんのは、早川の作戦の穴を探すことなんだろ」
「そうだけど、なんだよ」
「そういうことだったら天城の方が適任だとは思わなかったのか?あいつの物事を冷静に分析する力の高さはお前も知ってんだろ?」
「まあ……確かにあいつは、色々と冷めてる分、冷静ではあるけどよ……」
「それにだ。天城はお前の友達なんだろ?だったら尚更、天城に話すべきだろ」
「いやそうだけどよ、あいつこういう面倒なのは嫌いだろ?」
「俺も面倒なのは嫌いなんだが?」
「だからそれは悪かったって」
愛田はおざなりに謝罪した。大分イラついたが、キレても時間を無駄にするだけだ。
「……言っておくが、天城はお前を心配してたぞ」
「天城が?」
愛田が目を丸くする。
「てめーはあそこで断るような男じゃない。なんかしら事情があるんだろうってな」
「なんでえあいつ……友達みてえなことを」
愛田は嬉しそうにはにかんでいた。
「……最後に三つ目」
殴り飛ばしたくなる衝動をこらえて、俺は次に進んだ。
「そもそも、何でお前は、早川からサボりの作戦の内容を聞いてんだ?」
「あ?どういうことだ?」
「早川は今日、お前に謝るためにお前のクラスに行ったんだ。面倒に巻き込んで余計な迷惑をかけたってな。だから、作戦も一人でやるって言いだしたんだ」
「だから、それがどうしたってんだよ?」
愛田は自分がしている行動の矛盾に気づいていないようだった。
「……だったら、早川が作戦の内容をお前に説明するわけがないだろ。例え作戦の説明はしたとしてもだ、お前に協力を頼むわけはずがないんだ」
俺は愛田を睨む。
「確認するがお前はサボりには反対で、早川には協力しないっていったよな?」
「……ああ」
愛田の顔は既に曇っていた。
「それなのに、なんでお前は作戦の穴を探すなんて言いだしてんだ?」
それは早川に協力しているのと同じことではないかと俺は暗に問いかける。
「それはだな……」
愛田の言葉は続かず、険しい顔をして愛田は押し黙った。
「……どういうつもりかは知らんが、こういうことで人を引き留めんな。迷惑だ」
本当に時間の無駄だった。俺はペダルを踏み込む。
「待て、俺も最後に聞かせろ」
走り出そうとした自転車の荷台を愛田が掴む。タイヤが空回りをして地面に強く擦れる。
「……そういうお前は早川さんに協力するんだよな?お前こそ早川さんから話は聞いたんだろ?」
俺は舌打ちをしながらさっさと答える。
「……早川には、さっきお前が言った作戦とやらが上手くいきそうなら協力するとは言った」
「でも早川さんは一人でやるって言ってたぞ? 断ったのか?」
「俺が断る前に早川から一人でやるから大丈夫だって言われたんだよ」
「てことは……作戦はアレだし、お前はどのみち協力しなかったってことでいいんだよな?」
「そう言ってんだろ。さっさと放せ」
荷台を掴む愛田の手を強引に引き剥がす。
「……本気で言ってるんだよな?あんな事情聞かされてもか?」
愛田は信じられないことのように言った。
「……事情だ?」
「だから、七島さんの家の事情のことだよ。サボりなんてする理由だ。早川さんから説明は受けてんだろお前も」
愛田は当然のことのように言う。しかし俺には寝耳に水だった。
「……聞いてねえよ」
「え?」
「俺はその事情とやらを聞いてないって言ったんだ。あんなに隠したがっていた親友の事情を早川が俺に話すと思うのか?」
愛田は固まっていた。
「……その感じじゃお前は聞いたんだな? 優等生の事情が一体何なのか」
「聞いたっていうか、教えてもらった。が、正解だけどな。どうしても…気になっちまって」
「はあ……なるほどな。道理で態度が煮え切らねえわけだ」
俺は合点がいったと同時に、どうしようもないやつだとばかりに愛田を見る。
「んだよその眼は! あのな! 言っとくけど俺はサボりには反対だからな!」
……だったら、どうしてお前は今ここにいるんだ?とは言わなかった。
……陸上部の部室前で早川が言っていた、自分を誤魔化せる人間。
その対極にいるのは多分、愛田みたいなやつのことかもしれないと思った。
早川がどういうつもりで愛田にその話をしたのかは俺にはわからない。しかし、俺は愛田公平という人間が、どういう人間かをそれなりに知っているつもりだ。
愛田が、早川の頼みを断った理由について、天城は何か事情があるからだと言っていた。多分それはその通りなのだろう。
しかしこいつは、事情があるなしに関わらず、動くときは利益度外視で愛田は動く。
だからこいつは神になって、あんな馬鹿げた最高にネタになるようなことをしたのだ。
誰に頼まれるでもなく、自分の意志で。
こいつが動く理由はいつだって単純だ。あとは、自分に動けるだけの動機があることに気付けば勝手に動くだろう。
だから、俺は一言だけこう言ってやればいい。初めから、こうするつもりだったのだから。
「そうか。早川は、お前だけには話したんだな」
愛田は黙りこくっていた。険しい顔をして何やら深く考え込んでいるようだった。
俺はそれ以上何も言わず、荷台を掴んでいた愛田の手を払いのけて自転車を漕ぎだす。
もう、愛田は俺を引き留めようとはしなかった。
「だあー!! くそっ!!俺にどうしろってんだよ!!」
……何やら背後で大々的な葛藤が繰り広げられているようであったが、スルーして俺は家に帰った。
帰宅時間にして10分の遅れだった。




