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作戦会議

 人に聞かれては不味い話ということで俺たちは教室を出て、B棟の最上階の階段の踊り場まで移動した。

 この階段を上った先には屋上があり、秘密の会議をするなら屋上の方がよりふさわしいと思うのだが、鍵が開かないのでは仕方がなかった。


「はい!じゃあ聞いて!」


階段を少し上った場所を位置どった早川が俺たちの注目を集めた。協力者が見つかった嬉しさなのか表情は明るかった。


「今日の放課後にでもみんなで集まって考えてみようと思うんだけど……」


一度、会議の場を持とうということか。四人で動く以上しっかりとした話し合いをしておくのは大事だろう。

そこで早川と目があった。そしてげんなりとした顔を向けられる。

「でも、放課後だとあんたが来ないね……やっぱり放課後はナシで。四人そろわないとだし」


早川は俺の性質をよくわかっているようだ。もちろん俺は帰るに決まっている。


「そうだな。こいつはマジで帰るぞ」

「絶対に帰るね。僕も保証する」


 他二人も異口同音に早川に賛同した。

……なら遠慮なく帰らせてもらおう。それでこそ俺だろう。


「つうか早川の方こそ放課後は部活あるんじゃねえのか? 陸上部だろ。」

「そこは大丈夫。テスト前だから部活は休みになるんだ。だから放課後も時間があるんだよ」


……ちゃんと先の予定を立ててあるあたり、今回の取り組みに対するガチっぷりを感じた。


「となると、昼休みしか集まれる時間がないんだね……時間、足りるかなあ…?」

「その件なんだが、早川、今のうちにはっきり言っておく」

 

 俺は手を挙げて発言する。こういうことは最初にはっきり言っておいた方がいい。やる気十分だと勘違いされる前に。


「俺はあくまでサポートに徹するつもりだ。そんなにあれこれやるつもりはない」

「お前なあ……水を差すようなこというなよ」


 愛田が俺を咎めるが、構わずに言う。


「何でもできるって言って、いざとなったらやりたくないってなった方が迷惑だろ。変な期待をされても困るしな」

「そうだね。ここでちゃんと自分の立場を明確にしておくべきだ。」


 天城も俺と口を揃える。


「早川さん。僕も彼と同じで、それほど大きく動く気はないよ。申し訳ないけれどね」

「そっか……ま、頼んだのはこっちだからね! むしろ気にしないでってくらいだよ!」


 早川もなし崩し的に頼んだという自覚はあるらしく、気を落とすことなく答えた。

 俺はここが好機とばかりに、考えていた案を出す。


「基本、メインで動くのは愛田と早川の二人にして、手が回らない部分を俺と天城がカバーにするというのはどうだ」

「ああ、それなら」


 早川が頷きかけたが、愛田が黙っていなかった。


「おい、お前それ自分が動きたくないだけだろ」


 俺は当然だとばかりに頷く。


「当たり前だ。七島優子と縁があるのは親友である早川と、元「神」のお前だけなんだから二人が頑張るのが筋ってもんだろ」

「そうかもしれんが、だからって口に出して言うことか? おい」

「ううむ……手伝ってくれないわけじゃないんだよね?」


 早川が尋ねてくる。


「手伝う気がないわけじゃない。早川と愛田よりは頑張らないってだけだ」

「堂々とサボり宣言したぞこいつ」


 愛田が毒づく。誰もサボるとまでは言ってないだろうに。


「あんたがどれだけ働くのかは私と愛田君次第ってこと?」

「そうだ。」


早川の方はしっかりとわかっているようで、俺は頷いた。


「そういうことなら問題ないよ! 私も愛田君もばっちり頑張るからね! そうでしょ?」

 

 未だ得心がいかない様子の愛田に早川は笑いかける。


「ま、ハナから期待はしてねえよ」


 愛田は不満そうだったが、とりあえずは納得したようだった。


「じゃあ早速作戦会議と行こうか愛田君! 時間は貴重なんだよ! 陸上部の先生がよく言ってる!」

「了解っす」

 

 愛田は胸のポケットからメモ帳とペンを出して構えた早川よりも二段低いところに立って目線を揃えた。

「じゃあ俺たちは横で見てるわ。思うことがあったら言うから。天城もそれならいいだろ?」

「うん。なるべく動きたくないだけで知恵を貸すのはやぶさかではないよ。」


俺と天城は階段の上がって屋上の扉に背中を預けて座り、二人を観戦する。


 交友の幅とコミュニケーション能力においては他の追随を許さない。戸成高校イチの人気者で七島優子の親友、早川陸央。

片や、七島優子のために神になった男、愛田公平。

 

 果たしてこの二人でどのような話し合いが繰り広げられるというのか。


「では!作戦会議を始めます。」

 早川のウキウキとした開会宣言から話し合いが始まった。


「議題は『どうしたら優子に学校をサボらせることが出来るか?』です!」


 いつもよりハリのある声で早川は議題を発表した。


「……ちょっと待った。」


と、早速、愛田から待ったがかかった。開始一言目のことである。


「……学校をサボらせるって言ったか? 何かの聞き違いか早川さん?」

「いや? それであってるよ愛田君」


 早川はきょとんとしている。


「え?これってそういう話なんすか?」


 愛田もまた、きょとんとした顔で早川を見ていた。


「うん。そうなんだけど……まだ言ってなかったよね。そういえば」


「つうか、早川が何するか言う前にお前が引き受けたんだろうが」


 俺が上から口を出す。有無を言わせず引き受けたのは紛れもなく愛田のほうだ。


「や、そうだけどよ……つか、サボらせるって誰を? まさか七島さんを?」

「そうなんだけど、やっぱり驚くよね…」

「や、驚くっていうか…」


愛田は頭を掻きながらこう言った。


「……それって不味くね?」


もしや、と思った。愛田の特性は何もバカであることだけではない。


「不味いね。だからさ! 絶対にばれないようにしないと。そのためにはどうすればいいかな?」


「そうだなあ……ってそういうことじゃなくって!」


「そういうことじゃなくって?」


「いや、サボりはダメっしょ。」


ぴしゃりと愛田は言った。


「…ダメかな?」


恐る恐ると言った感じで早川は聞くが、


「ダメです。」


愛田は頑なだった。


「……どんな事情があっても?」

「そりゃ事情によっては…ダメだ、どんな事情があってもサボりはダメ。ダメっす。」


「や、でもさあ……」

「いや、ダメなものはダメっす」


「……そういう冗談じゃなくて?」

「冗談じゃないっす。」



「そっか冗談じゃないのか…あはは。」


早川は空笑いしていた。


「で、でもさ、もしかするとそういう冗談って可能性もあったりなかったり…?」


一縷の望みをかけて早川が仕掛ける。あくまで冗談として処理をするつもりだ。


「それはないです」


 しかし、残念。最後まで愛田は態度を変えることはなく。


「愛田君は真面目なんだね…」

「ええ、それだけが取り柄ですから」


「………」

「………」


二人の間に長い沈黙。お互いに相手の出方を伺っている。均衡状態に入った…わけじゃないよなこれは。


「話し合い、終わったな」

「そうみたいだね」


フィニッシュというよりジエンド的な終わり方だが。


「……何がいけなかったんだろうな。天城」

「そうだね、協力体制を敷く前に愛田君の考えもしっかり聞くべきだったかな」


天城の的確な解説。全くその通りだと感心するしかなかった。

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