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協力者

俺から愛田の評価を聞き終えた早川は教室の中へ入っていき、愛田に声をかけた。


「愛田君。ちょいといいかな?」

「むぐ?」


 早川から声をかけられるとは思っていなかったのか、愛田はおにぎりを口に入れたままだった。

 愛田は早川に手で待ったをかけて、口の中身を飲み込もうとしていた。


 その間に俺は自分の席に戻る。


「うまく行きそうかい?」


 天城が声をかけてくる。


「最善は尽くした」

 

 俺は短く答える。


 結局、信用なんてそんなすぐできるものでもない。早川が愛田を信用できなければそれまでだ。


「ふいー、なんすか早川さん」


水筒のお茶でおにぎりを一気に流し込んで愛田が尋ねる。


「……ちょっと話があってね。聞いてくれるかな?」


早川は硬い笑みで言った。やはり、まだ警戒はしているようだった。


「……早川さんが俺に話っすか。なんすかね。」


愛田の態度もどこかよそよそしかった。お互いにあまり感触は良くないようだった。


「その、愛田君と同じクラスの優子のことで――「聞きましょう!」


 愛田は勢い良く立ち上がった。余りの勢いに早川がびくりと一歩後ずさった。


 そして俺を見る。不安そうな顔だった。


 俺は親指を立ててゴーサインを出す。ここまで来たらごり押しだ。

 

 早川はそれをみて小さく頷くと、また愛田に向き直った。


「じ、実はね、愛田君。今、優子はとても困った状況にいるの」

「なるほど、それで俺は何をすればいいんすかね」


愛田が食い気味に言う。まだ何も頼まれていないのに気が早い。


「え、えっと、お手伝いをしてくれたらなと思うんだけど……」

「いいっすよ。それで何を手伝えば?具体的に言ってもらえると助かるっす」


愛田はきびきびと尋ねる。


「具体的に? いやあ……それはまだ、決まってないんだけど……」

「じゃあ何するか決めるとこからっすね」


淡々と愛田が話を進めていく。


「うん。そうだね、まずは作戦会議からだよね。」


愛田の勢いに、戸惑っていた様子の早川だったが、なんとか調子を合わせてきているようだった。


 愛田は頭の回転が速くなっているのか、反応がスピィーディーになってきていた。それもう速すぎてうっとおしいくらいに。このうっとおしさは実に愛田らしいのだが…なんだ?雰囲気がどうもいつも違うような。


「それで他に手伝ってくれる人はいるんすか?」

「一応…まだ私だけってことになるかな?」


 俺と天城に目配せをする早川。

……確かに俺はまだやるとは言っていないが、優等生の秘密を知ってしまった以上、ほとんどやると言ったようなものだ。

 それに、早川は愛田にあまり良い印象は持っていないようだし、このまま愛田に丸投げするわけにはいかないだろう。


「……できる範囲でなら手伝ってもいいぞ。」

「わっ!本当?手伝ってくれるの!?」

「そんなに驚くなよ……手伝うって言っても、できる範囲でだ。面倒だと思ったら即降りる」

「うん、うん! それでいいよ! 手伝ってくれるだけで大助かり!ありがとう!」


 早川は俺の手を取ってぶんぶんと上下させた。こんな気のない返事でそこまで喜ばれるとは思わず、俺は少々面食らう。


「えっと……じゃあ、天城君はどうかな?」


 早川に尋ねられ、深く椅子に座っていた天城はゆっくりと身体を起こす。


「あんまり乗り気じゃないけれどね……ま、彼と同じで、出来る範囲で手伝うくらいならいいよ。乗り掛かった舟ともいうしね」

「ありがとう天城君。その、無理はしなくていいからね?」


 乗り気でないのは察しているのか優しい口調で早川は言う。


「お気遣いどうも。初めからそのつもりだから安心してよ」


天城は薄く笑っていた。あくまで傍観者として深入りはしない方針のようだ。


「じゃあ……」


最後に早川は愛田の方を向いた。


「……愛田君も協力してくれるってことでいいんだよね?」

「もちろんっす」


 愛田は黒縁の眼鏡をクイッと上に持ち上げて静かにうなずいた。

……いや、いつの間に眼鏡を掛けた。


「おお~」


早川が眼鏡姿の愛田を見て感心していた。


「なんだか愛田君。進学クラスの人みたいだね」


 それを聞いて思わず俺は噴き出した。


「いやいや、早川さん。彼は二年連続進学クラスだよ。忘れがちだけど」

 

 天城は笑い混じりに言う。フォローになっていそうでなっていない。


「早川さんも天城もひっでえな!」


 本当に酷かった、この事務員さんが使っているような黒縁の眼鏡を掛けた人が進学クラスでないわけがないのに、その言い方はあんまりである。


「……あ、でも、そのうるさい反応…やっぱりお前は愛田なんだよな。」

「何で今、お前は俺が俺であることを確認したの?」

「確信が持てなかったからに決まってんだろ」

「おい、ちょっと疑ってんじゃねえよ。俺が眼鏡かけるのがそんなにおかしいか?」

「うんちょっとおかしかった」


この言葉に反応したのは俺ではなく早川だった。


「ごめんね愛田君。普段とのギャップがあったからさ、ちょっぴり意外で。良いと思うよ眼鏡姿も」

「……まあ。それならいいすけど…俺これでも進学クラスだから!覚えといて!」

「うん。優子と同じクラスだもんね。よく覚えておくよ」


 早川は笑いながらもしっかり頭を下げて謝罪した。愛田もこれには怒るに怒れないようだった。


「僕もよく覚えておくことにするよ。つい忘れてしまいがちだから。ごめんね」

「俺も忘れていたから覚えておくわ。すまんな」


早川が許された流れに便乗して俺と天城も軽く謝罪を済ませておく。


「お前らなあ……俺を何だと……はあ、もういいわ。疲れた」


愛田は大きく息を吐くと、椅子に座って目を伏せた。


……かくして、俺と天城は当初の目的を達成した。

誰かから逃げ切れないときは、囮を用意すればいいのである。

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