正当化はできないが
翌日、木曜日の昼休み。
「お呼びみたいだよ」
一緒に昼食を食べていた天城が俺の肩を叩く。天城が指差す先では早川がこっちへ来るように手を振って合図をしていた。席を立ち早川の元へ向かう。
「何してんだこんなところで。話があるんじゃなかったのか?」
「そうなんだけどさ……」
早川は教室の中を見ていた。その視線の先には愛田と天城がいた。
「ほら今回は私じゃなくて優子のことじゃない?だから迂闊に話すわけにもいかなくて……」
優等生が学校をサボりたい。それは一種のスキャンダルだ。
やろうとしていることがことだけに、多くの人に知られて騒ぎにでもなれば、サボりがどうこうの話ではなくなってしまう。
すでに天城はこの話を知っている。つまり早川が警戒しているのはあの坊主頭だ。
「愛田くんが悪い人じゃないってのはわかるんだけど……ほら、神様だったこともあるし」
「神には頼れないってか」
「神の一件」という名前からもわかる通り、あの物理室での騒動の首謀者は愛田ということになっている。
このお人好しでも人並みに人を警戒することがあるんだなと思った。誰彼構わず話しかけていくイメージがあったのだが。
しかし、愛田のことを信用してもらえないとなるとこっちの都合が悪い。
「別に、あいつの肩を持つわけじゃないが。あいつはな……」
と、あれこれ愛田の評価が上がりそうなエピソードや長所を述べようとしたのだが。
『今日こそお前の家で遊ぼうぜ?』
『って!お前、上履きしまってねえじゃん!』
『これは踏切だよ!』
『これから大魔術を披露する!』
「どうしたの?急に黙ったけど。」
「…いや、改めて考えて見るとあいつバカなことしてんなあと思ってな。もうちょい上手く立ち回れば結果も違ったと思うんだが。」
思えば、あの物理室での騒動が神の一件なんて呼ばれるようになったのも、あいつの立ち回りが悪かったからと言える。
そのことを恐らく早川は知らない。
「……なあ、早川は物理室で起きたあの騒ぎ、学校の奴らが『神の一件』と呼んでるあの事件を誰から聞いた?」
「えっ?何を急に。ええと…同じクラスの友達からだったと思うけど。」
「そうか」
それならその同じクラスの友達とやらもこの話を人づてに聞いたはず。早川のクラスは文系で、文系の選択科目に物理の授業はないからだ。
「じゃあどうしてあの騒ぎが『神の一件』なんて大層な名前になったのかは知らねえんだな?」
「知らないけど……」
「じゃあ愛田が何故、この一件において神と呼ばれるのかも知らないよな」
早川は首を横に振った。話の切り替えが少し唐突だったせいか、突然語り出した俺を不思議そうに見ている。
この話をしても愛田の評価は上がらないかもしれない。なんと言おうと愛田が騒ぎを大きくしたという事実には変わらないからだ。
しかし、早川が愛田の評価を改めるきっかけにはなるだろう。
「神の一件において、どうして愛田が怒られたかわかるか?」
早川は怪訝な顔をしながらもすぐに答えた。
「あれでしょ?無断で学校の鳩を持ち出したから生物の黒岩先生が怒った」
「そうだ。しかも授業が始まるってのに物理室にいたんだから余計にな」
「おかげで大騒ぎになっちゃったわけで…あっ、いや、優子の気を惹くために頑張ってくれたってのはわかるんだけど…」
「変な気遣いはいらねえぞ。あいつの鳩が原因で騒ぎが大きくなったのは紛れもない事実だからな」
「そうなんだけど…悪く言うのも悪いような…。愛田君だって悪気があったわけじゃないんでしょ?」
「俺も悪く言ってるつもりはねえよ。ただバカだなと思うだけで」
「じゅうぶん悪く言ってるからねそれ」
……愛田のことを警戒していたはずの早川の方が愛田の擁護をしているという矛盾に早川自身は気づいているのだろうか。
俺が予想していたより、早川は愛田を悪くは思っていないのかもしれない。
ここまでの早川の言動や態度を見るに、早川の懸念しているのは、おそらく、『七島優子が学校をサボりたい』ことがバレることで騒ぎになることだ。
だから前科のある愛田を警戒している。
「悪気がなかったでいうなら、愛田以外のやつだってそうだろ。ほとんどの男子は勉強中の七島の気を惹こうと何かしらやったんだから」
「それは……」
早川はううんと考え込んでしまった。答えづらいことを聞いたかもしれない。
俺は愛田の方に目をやった。
「でも、こういうとき罰を食らうのは目立ったやつ、先生の目に留まったやつなんだよな。もちろん一番バカをやったのがあいつだから、罰を受けるのは当然といえば当然なんだが」
早川はうんとは言わなかった。構わず俺は話し続ける。
「しかし、愛田が先陣きって怒られたおかげで騒ぎは収まって、あれから優等生にちょっかいをかけるやつはいなくなった。あいつがバカやったのもある意味じゃ良かったのかもな」
自分でも詭弁だという自覚はあった。どうやっても、愛田のやったことを正当化することは出来ない。
「あいつが神なんて大層な名前で呼ばれてるのも……」
一人、代表して怒られたから。
七島優子に一番のリアクションを取らせたから。
あれだけやって報われなかったから。
天城曰く、謂れは諸説あるが、
「あいつがあの騒動を終わらせたからだ。……意図してそうしたとは思えないけどな。」
愛田のやったことが全て無駄だったとは言いきれない。少なからず状況は動いたのだ。
早川はじっと教室にいる愛田の方を見ていた。
「……それじゃあんたからみて愛田君はどう思うの? あのことを話しても大丈夫だと思う?」
「そうだな……」
人をホモサピエンス扱いするやつを信用できるかと言えば嘘である。
それでなくともやつには細かい恨みがある。帰り道を探られたり、家の住所をそれとなく聞かれたり、帰宅を邪魔されたり、同じ帰宅部とは思えない所業だ。
「あいつはご覧の通りバカだし、お世辞にもデリカシーがあるとはいえない。」
でもそれは、俺に対してそうであるというだけ。
「けどな、七島優子のためだっていうならあいつは頼りにできると思うぞ。」
好きなやつの為ならなんだってできる。愛田はそう言っていた…気がする。違うな、愛田がこんなかっこいいセリフを言うはずがない。実際にやつが言ったセリフは、ニュアンスは一緒でも、もっと残念な感じだった。
『七島さんの為なら俺は死ねる!』
これだ。同じ意味なのに急に薄っぺらくなった。
「……愛田君は優子のためなら頑張ってくれるってこと?」
「じゃなきゃ手品の練習に三ヶ月もかけないわな。」
「三ヶ月かあ……すごいとは聞いてるけど、そんなに手間がかかってたなんてよっぽど凄かったんだね。その手品」
「まあ、結果はアレだったがな。手間だけなら参加したやつの中でも一番だったんじゃないか」
すると早川は微かに笑った。
「そっか……じゃあ信じてみようかな。誰かのために努力出来るのはいい人の証拠だから」




