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陸上部のエースとのレース(後半戦)天城視点

僕はその日、朝の支度を終えて、学校に行く丁度いい時間になるまでテレビを見ていた。


「天城―!!」


すると、天城一家を呼ぶ声がして、僕は慌てて外に飛び出したんだ。聞き覚えのある声だったからね。

外に出てみれば、なにやら切羽詰まった様子の自転車に乗った人間が家に突進してくるじゃないか。

それが彼だと気づいて更に驚いたよ。


「急いでるんで通らせてもらうぞ!お邪魔します!」


 彼はそう言いながら、僕の家のど真ん中を猛スピードで通過していった。

律儀に「お邪魔しましたー!」と叫ぶのも忘れていなかったね。急に家を横断するなんて失礼なのに、礼儀は正しいという。


僕はこの時点で、「あ、何か面白いことをしているな」と直感した。


 なんでかといえば早川さん。彼が、叫ぶ、走る、頼む。など何か大きなアクションをしている時は大抵面白いことが起きるときなんだ。今回はなんとその三つを満たしている。

 これは行くしかないと思った。ここで行かなきゃ僕じゃない。そう思ったんだ。


 僕は自転車を引っ張り出して君を追いかけていた。着替えるのも忘れて自転車を漕いだ。

 だけども彼の漕ぐ自転車の速いこと速いこと。僕が引っ張り出した自転車がお父さんのロードバイクでなかったら追いつくこともかなわなかっただろうね。


 彼は一直線に学校に向かっていた。そして、その少し先で陸上部のエースこと竹月君が校門に向けて全力で走っていた。

 学校まで二人が競っているとすぐに僕は理解できた。きっと二人はお互いの意地をかけて戦っているのだと。

 僕はそんな二人の先に行って校門で待っていたんだけど…


――え?なんで僕がその二人を追い抜いて門にいるのかだって?それは単純にマシンの性能差だね。後は僕の傍観者としての意地というか……まあそれはどうでもいいでしょう?


 話を戻そう。

 勝負は白熱し、差は拮抗していた。竹月君がリードして君が追う展開。

 流石の竹月君でもここまで走って来たせいか、自慢の健脚にも陰りが見えた。対して彼は尚もスピードを上げる。差は極限まで縮まり、ゴールの直前、二人は並んだ。


――最後に勝敗を分けたのはきっと、どんな手段を使っても勝つ。という信念の差だったんだろう。


 彼はなんと最後の最後、体を前に出して無理やり突っ込むようにして校門というゴールラインを割った。

 それとほぼ同時に竹月君も胸を突き出すようにしてフィニッシュ。

 どこからをゴールとするのか。それで勝敗は決まってしまうほどに差は僅かなものだった。


 自転車の先端をゴールとするなら彼。

 自転車全体が入り切るまでをゴールとするなら竹月君。


 判断に迷った僕は勝敗を告げられないでいた、傍観者としてフェアな判定をしなければならなかったからね。


そんな中、竹月君は言ったんだ。


「体の胴体が先に入ったのはどっちだ?」


 陸上部の早川さんなら知っていると思うけれど、それが陸上競技におけるゴールの定義なんだね。竹月君は一介の陸上選手として勝負に臨んでいたんだ。


 僕はその言葉を受けて自転車から投げ出され、派手に転倒している彼の体を起こして告げた。



「君の勝ちだ」と。


 君はそれを聞くと、転んだことも忘れて大きくガッツポーズしていた。


 そしてひとしきり喜んだあと、校門の陰で休んでいる竹月君に近づいて、君は声をかけた。


「やるな。あんた。」


 彼が差し出した手に竹月君は捕まって立ち上がった。


「そっちこそ。レースで負けたのは久しぶりだ」


 負けはしたけれど、竹月君の表情は晴れやかだった。


「こっちは二人みたいなもんだったからな。一人じゃ俺は負けてた。」


 彼がそんな、らしくないセリフを竹月君に言っていたのでたまげたね。

 そして彼は竹月君に勝利したからか。とても満足げな様子で学校に向かっていった。


――ちなみに。その竹月くんがきみが放置していった自転車を駐輪場へと戻してくれていたから感謝した方がいい。勝利に酔いしれていたからといって登下校の相棒を放置していくのはいただけないね。


 残った僕は竹月君に聞かれたんだ。「あいつは何者なんだ」とね。

 そこで僕はこう答えてあげた。


「彼は帰宅部。登下校に熱心なだけのただの帰宅部さ」


竹月君は君がただの帰宅部であることに驚きを隠せない様子だった。いつも寡黙で眉一つ動かさない竹月くんが目を丸くしていたのは中々に珍しい光景だったよ。


「そうか。覚えておこう」


 そう言って竹月くんは彼の自転車を押してら駐輪場へと向かっていった。

 僕はとりあえず家に戻った。部屋着のシャツにズボンのままだったからね。


「こいつが陸上競技のルールに則ってレースに勝ったのは分かったんだけど、なんでこいつは天城君の家の敷地を通ってるの?」

「それはね早川さん。この登下校のプロは、僕の家から学校にまっすぐ通過できるのを知っていて、イチかバチか僕を呼んで門を開けて素通りしようとしたんだ。角の多い場所を避けて一直線に学校に向かうためにね。目論見は上手くいって、彼はスピードを維持したままショートカットに成功。ゴール前で掻いて竹月君とのレースに見事勝利したというわけさ」

「なるほどー。竹月にこいつが言った。『二人で勝ったようなもん』っていうのはそういうことなのね」


「……」


話を聞き終えた俺は机に顔を伏せていた。早川に対しての後ろめたさなら、もうなくなっている。

それよりも天城がちょいちょい挟んできた情報の方が俺には堪えた。


どんなに頑張ってもマシンの性能差には勝てないという事実とか。

俺はあのとき自分の自転車をほっぽりだしていて、あまつさえ陸上部のエースに自転車をしまってもらっていたこととか。

負かしたはずの陸上部のエースの方が、なんかカッコいいこととか。


今まで知らなかった事実に、軽い絶望感を覚え、そして恥ずかしくなった。


「しかし、あんたも勝負事でこんなに熱くなるんだね。かわいいところあるじゃん」


そこに早川のとどめの一言。俺はさらに深く机に顔をうずめる。

男子にかわいいはないだろう。その言葉は女子に変態というのと同じくらい酷いんだぞ。


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