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陸上部のエース

遅くなりましたが新年あけましておめでとうございます。年末年始は身内の入退院の手伝いがあったせいで更新が滞りました。申し訳ないです。

と言うわけで、お詫びと言ってはなんですが、一気に三話投下です。

今年もよろしくお願いします。

騒がしいやつもいなくなったので俺は話を再開する。


「イマイチ話がよくわからないんだが、とりあえず、七島優子は帰宅部のエースとやらに用があるのは間違いないんだろ?」

「うん。だからあんたに声をかけたの。帰宅部のエースであるあんたに」


帰宅部のエース。またその名で呼ばれた。


「ちょっと待て、お前も勘違いしてるぞ。俺は帰宅部のエースなんかじゃない」

「え?違うの?」

「違う。誰かと間違えてるんじゃないのか?」

「えー?そんなはずはないよ。ちゃんと確認したもん」

「確認って誰に」

竹月力たけづきりき。私と同じ陸上部のやつに」


竹月力たけづきりき……聞き覚えのない名前だった。


「そいつがあんたを帰宅部のエースって言ってて、それを聞いた私が優子に紹介したんだけどさ…その様子だともしかして知らない? 竹月のこと」

「知らないな。誰だ?」

「うちの陸上部のエースだよ。去年も何度もみんなの前で表彰されてたでしょ。ひときわでかくてゴツイやつ。こう、明らかに高校生離れしてる感じのさ。あれが竹月だよ。」

「わからん。基本的にそういうときは寝てるからな」

「そうじゃなくても去年、体育祭のリレーやらスポーツ大会とかで嫌でも目立ってるよ?ほんとに知らない?」

「悪いが知らない」

「ほんとに他人に興味薄いんだねあんた……いや、いいんだけどさ。」


 早川が苦笑いしながら言う。


「それで、その竹月がなんで俺を帰宅部のエースだって言ってるんだ?」

「なんでも、あんたに走りで負けたからだってさ」

「俺に走りで負けた?陸上部のエースが?」

「竹月はそう言ってるよ。それもあったから私、あんたを陸上部に誘ったの。うちのエースに勝つような人材を放っておく理由はないからね」

「待て、俺の知らないところで話を進めんな。それになんだ、俺が竹月ってやつに勝ったって? 全く身に覚えがないぞ?」


 陸上部のエースに走りで勝ったどころか、誰かと足の速さを比べた記憶さえない。


「いやいや、全く身に覚えがないなんて冗談はよしなよ」


 すると、横に座っていた天城が笑いながら言った。


「どういうことだ天城」

「少なくとも僕には君が陸上部のエースに一目おかれた理由がわかるってことさ。君だって言えば思い出すと思う。あんなに白熱した勝負、忘れられるわけがないからね」

「俺が過去に陸上部のエースと勝負してるっていうのか?」

「そうだよ。きっと何か勘違いをしてるんじゃないかな。君はいつも誰かとレースしてるしね。」


そう言われて俺は帰り道の中で行って来た勝負を思い出す。

ゆっくり走るバイク、同じ帰宅部の人間。脱走した犬。帰宅の修行のためいろんなものと勝負をしてきたが、その中に陸上部のエースと呼べそうな人間はいない。

せいぜいマラソン中のおっちゃんの格好がそれっぽかったというだけだ。


「さっぱりわからん。そんなやついたか?」


 俺は諸手を挙げる。


「いたいた。この僕が知っているってことが最大のヒントだよ。君はいつも一人で帰るだろう?」

「ああ。帰り道で誰かと一緒になったことは高校では一度も……」


 そこまで言われてようやくわかった。 

 帰宅部のエース、帰宅部のエースとばかり言われていたから、帰宅しているときのことばかり考えてしまっていた。


「二週間くらい前、登校してるときに張り合って来たあいつか!」


 俺が陸上部のエースと勝負したのは下校中ではなく、登校中だったのだ。

 思えば早川から部活の勧誘を受けたはじめたのも二週間前のことだし時期的にも当てはまる。


「じゃあ、あのときのランニング野郎は高校生だったのか……あのガタイで?」


 俺を追いかけて来た筋骨隆々のジャージ男を思い出す。とても同じ高校生とは思えないほどがっしりした体格をしていた。


「あのガタイでだよ。もしかして高校生って思ってなかったの?学校まで来てたのに?」

「だってあいつ高校生に見えなかったぞ。身体ありえないくらいごついし、足なんか俺の何倍の太さだよってレベルだった。それにジャージも学校指定のやつじゃなかったし」

「それも陸上部のエースって言われれば納得できるでしょ。」

「ああ、あの化け物スペックも陸上部なら納得だ。陸上部はある意味変態だからな」

「あのー…私も陸上部なんだけど。変態はさすがに酷いよ。」


早川が小さく手を挙げた。俺の言葉が琴線に触れたようだった。


「……や、変な意味じゃない。むしろかなり誉めてる。昨日の鬼ごっこの時も思ったがお前ら人間じゃない。いい意味でだ」

「どう考えてもそれはバカにしてるでしょ!こっちは練習頑張ってるだけなのに……!」


早川はむくれてそっぽを向いてしまった。

けなしたつもりは毛頭なかったのだが、本人は気に入らなかったらしい。


「あらら。やってしまったね」


言葉とは裏腹に天城は愉快そうに言う。


「人が下手を打ったっていうのに楽しそうだな?」

「あはは、僕がイイヤツでないことくらいもうわかってるだろう?」


 天城が悪びれることなく言う。


「まあ、でも普段楽しませてもらってるお礼に助け舟くらいは出そう」


 と、天城はこちらに背を向けてしまった早川に声を掛ける。


「早川さん。どうか彼を許してやってほしい。ごらんの通り彼に悪気はなかったんだ」


 だが、早川は振り向かなかった。


 それは織り込み済みだったのか天城は話を続けた。


「タダで許してもらうほど虫が良い話もないよね。そこでだ」


 天城は軽く膝を打ち、それから俺を手で差した。


「お詫びと言ってはなんだけれど、竹月君と彼の勝負がどんなものだったか、実際に勝負に臨んだ彼が自らの口で話してくれるそうだ」


「は?」


 天城は尚も早川に向かって続ける。


「実を言うと、僕は彼と竹月君の登校レースを見ていた観客の一人でね。しかもこれが中々に名勝負。手に汗握る展開だ」

「……」

 

早川の肩がピクリと動いたのがわかった。

……いや、今のどこに興味を惹かれる要素があった?


「それに、彼が誰かから逃げるときに、毎回一計を案じるのは早川さんも知っているだろう?彼はこのレースでもちょっとした工夫をしたんだ」

「……へえ?」


 そこまで話すと、早川はくるりと振り返った。

……や、だからなぜ? 興味が湧くポイントなんてあったか?


「それと聞いた話によると、早川さんは確か……陸上部のメンバーを集めているんじゃなかったかな?この話はそれの参考にもなると思うよ?」

「ふーん…そうなんだね……」

 

 天城がそこまで言うと、早川は俺の方をちらりと見て。


「うん! 面白そうだね。ぜひ聞かせてよ!」


 そして俺の方を向いて座り直した。…だから何でお前はそんなに興味を惹かれてんだ?


「ほら、お膳立てはしたよ。あとは自分でなんとかするんだね」

 

 天城も早川と同じように俺の方に椅子を向ける。二人そろって完全に話を聞く体勢。早川に至っては犬の尻尾のごとく足を上下にバタつかせている始末だ。


 語るほどのことでもないのだが……どうやら話をしなくてはならないらしい。俺は観念して手を挙げる。


「わかったよ。話一つで手をうってくれんなら安いもんだ」


 仕方なく俺は二週間前の記憶をたどって、話し始めるのだった。

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