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シロノの仕事帳(ワーキングブック)  作者: 黒色鍵盤
シロノの仕事帳 一頁目
9/11

それは、時計塔と言う名の演じる舞台で

「いらっしゃいませ。「鳥」の魔法使いの皆様ですね」

 透き通るようなオートマタの少女の声が、時計塔に響き渡った。

 そこには、異世界があった。

 幾つもの歯車が組み合わさった構造に、天高く伸びる螺旋階段。

 淡いオレンジ色の明かりが入口の大広間を照らし出し、その明かりの数は上に登るにつれて減ってゆく。

 しかし、見上げたその先が暗くなっている事はなく、階上に行くにつれて窓の数が増え、自然の明かりが塔の中を照らしていた。

 一歩一歩、空に近づいてゆくように。

 まるで、小さい頃に読んだ、童話の世界のお城の様な光景。

 そんな世界に、真っ白な長い髪の少女と、瑠璃色の気だるそうな少女がいた。

 初めて見るその光景に、この街に来たばかりのシロノだけでなく、住みなれている筈のルリアまで目を奪われていた。

「お気に召しましたか?」

「あ、えっと、はいっ! あっ、ごめんなさい。私、ガーベルロンデ所属の鳥で、名前はシルヴィノと言います。シロノって呼んでください!」

 景色に見とれて、話しかけられていたことに気が付かなかったシロノは、慌てて自分の名を口にした。

「シロノさんですね。承りました」

 慌てた様子のシロノに対し、オートマタの少女は柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。

「クラヴィール時計塔の管理者兼、鐘弾き。自動人形のリヴィアンネです。ルリアさんとは、何度か仕事でご一緒させて頂いた事があって、面識がありますよね?」

 リヴィアンネの問いかけに、生返事で答えるルリア。どうやら、目の前に広がる光景に夢中で、それどころではないらしい。

 シロノと顔を見合わせて、微笑むリヴィアンネ。

 そんな彼女に、シロノは話しかけた。

「素敵な場所ですね。なんだか、どこか遠い世界に来たみたいな気分です」

「そうですね。扉一枚隔てたこの場所は、一つの目的のために作られた場所ですから」

 リヴィアンネの謎かけの様な言葉に、シロノはふと考えた。

 この場所、時計塔の目的。刻時的な意味以外にこの時計塔だけが持つ特徴。

 それは、シロノがここに来るまでにすでに「体感」していたものだった。

「音……もしかして、時計塔そのものが音響魔法の展開設備、ですか?」

「正解です♪」

 シロノの答えに、気付いてくれたことを嬉しそうに、答えるリヴィアンネ。

「音を奏で、響かせ、想いを届ける。それが、このクラヴィール時計塔です」

 大事な物を眺めるような目で、見上げるリヴィアンネ。

 その横顔を見たシロノは、静かに口を開いた。

「あの……」

「?」

「ご、ごめんなさいっ!」

 突然の言葉に、リヴィアンネは首を傾げた。

「塔の壁を壊したの、私です。大切な場所なのに、本当に、ごめんなさい」

 シロノが勢いよく頭を下げると、その白い髪がふわっと広がった。

 呆けた表情のリヴィアンネは、ふと何かに気付いた様子で頷くと、呟いた。

「ふむ、なるほど。なら、お仕置きが必要ですね」

 ニヤリと笑い、手の平を開閉させるリヴィアンネ。

 その様子にびくっとなりながらも、シロノは答えた。

「……はいっ」

 手の平を見つめるリヴィアンネを見て、目を閉じ歯を食いしばるシロノ。

 だが、

――ぷにっ

「……ふぁい?」

 次の瞬間、シロノは頬をつままれた。

 同時に、張っていた気が一気に抜けてしまった。

「あ、柔らかい」

 ふとつぶやくリヴィアンネ。

 すると、楽しくなってきたのか、上下左右にその頬を引っ張った。

 されるがままに、為すがままに、その柔らかい頬を引っ張られるシロノ。

 少しして満足したのか、リヴィアンネは手を放した。

 涙目で頬を抑えるシロノに、リヴィアンネが問いかける。

「痛かったですか?」

「ひっひひゃいです」

 痛いです、と答えるつもりが上手く声にならなかった。だが、意図は伝わったのか、リヴィアンネは悪戯な笑みを浮かべると呟いた。

「なら、これでおあいこです」

「え?」

「もう気にしなくていいですよ」

 そう言うと、満面の笑みを浮かべた。その笑顔につられて、シロノも笑った。

本当は、リヴィアンネは全てを知っていた。

 シロノが時計塔に足を付けてから、何をしようとしていたのか。

 目と、そして音で。リヴィアンネは全てを見ていた。

 だから、最初から気付いていた。

 目の前にいる小さくて白い「鳥」の少女が、とっても良い子だという事を。

 そして、良い子すぎて、気にしてしまっているという事も。

 だからリヴィアンネは、シロノの気を楽にさせようと、お仕置きと言う形で頬を引っ張った。

 半分は、触ってみたいという興味本位だったのだけれども、それは内緒だ。

「この場所を素敵と言ってくれる人に、悪い人はいません。では、参りましょうか」

 リヴィアンネが踵を返し、歩きだそうとする。

 すると、シロノがポツリと呟いた。

「……ありがとう」

 その言葉に、リヴィアンネは少しだけ驚いた。

 どうやら、このシロノと言う少女は、自分が思っている以上に「人」のことをよく見ているようだ。

 そのことに、暖かな気持ちになったリヴィアンネ。

 今日の自分が弾く鐘の音は、きっといつも以上に軽快な音に違いないと感じていた。

 だって、こんなにも「楽しい」と感じる気持ちは、ひさしぶりなのだから。

 胸の高鳴りを感じながら、リヴィアンネはそう思っていた。


 リヴィアンネの服の裾を、ルリアが引っ張った。

「どうしたんですか、ルリアさん」

「……その呼び方、背筋がぞっとする」

「ふふっ、どうしたの。るーちゃん」

 柔らかな笑みを浮かべて問いかけるリヴィアンネ。

精巧なその笑みに、ルリアは怪訝そうな表情で問いかけた。

「今日は、あの子……オートマタの子はいないの?」

「ええ。なんだか今日は気分が良いから、いっぱい弾けそうなんだって。邪魔しちゃ悪いから、私が接客しているの」

「ふーん」

 リヴィアンネの言葉に、気の無い返事をするルリア。

 そこでふと、気になっていた事を尋ねた。

「ねえ、いつまで“オートマタのフリ”なんかしてるつもり?」

 その言葉に、リヴィアンネはにっこりと笑った。

 精緻に出来た人形の様で、けれどもここにいる彼女は人間だった。

 このクラヴィール時計塔には二人の少女が棲んでいる。

 一人は鐘を弾く自動人形としてのリヴィアンネ。

 もう一人は、彼女のメンテナンスを行うとともに、接客や施設維持などの全てを担うリヴィアンネ。

 顔付きも言葉遣いも、何もかもが同一になるように演じている二人は、ほとんど見分けが付かないほどの完成度を誇っている。

 だが、彼女の事を幼い頃から知っているルリアには、今目の前にいる少女が自動人形では無く、自分の良く知る幼馴染であると見抜いていた。

 シロノは気付いていないけれども。

「多分、あの顔は本気で信じちゃってると思う。教えてあげないの?」

 石造りの階段を、疲れを知らぬ軽快さで昇るシロノの背を眺めながら、ルリアはリヴィアンネに問いかける。

 すると、リヴィアンネは悪戯をする子供の様な表情で、人差し指を立てて呟いた。

「面白そうだから、もうちょっとこのまま」

「イジワル」

「私は昔っからこうよ。るーちゃんなら、良く知ってるでしょ?」

 満面の笑みを浮かべる“幼馴染”の表情に、ルリアは小さく苦笑いを浮かべた。


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