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シロノの仕事帳(ワーキングブック)  作者: 黒色鍵盤
シロノの仕事帳 一頁目
8/11

それは、感情を奏でる自動人形

 風が頬を撫で、広がる視界は全ての方向から街と青空とを見渡せた。 

 少女が笑うと、軋む音が聞こえた。

 身体中の螺子と、歯車が駆動する音。そして、


―――コーン


「……ふぅ」

 身体の芯を揺さぶる音。少女のいる広い空間から甲高い音が響いた。

 音の発生源は自分の頭の真上、時計塔の頂上付近。計365段の階段を昇り切ったその先にある、無数の鐘からだ。

 巨大な金属が空気を震わす音。それは町全体に、遠く空を舞う『鳥』にも届くように作られた大鐘楼によるものだ。

 時計塔の最上階に位置する鐘突室には、一人の少女の姿があった。無数の鐘を、ピアノのような演奏機器で『弾く』少女。

 クラヴィール時計塔に住まう、機械仕掛けの自動人形。

 オートマタ―の少女、リヴィアンネは空を見上げた。正確には、窓ガラスの先に映る、真っ青なキャンバスを見つめていた。

 小さな点のように見える無数の『鳥』の少女たち。

 水路を見守る魔女を眺めながら、リヴィアンネは自分の心に久しぶりの感情が渦巻くのを感じた。

 ずっと昔、届かない空の雲に手を伸ばした時に近い感覚。

 そんな想いと、今見える景色を記憶するように、リヴィアンネは深く目を閉じた。

 そして、

「今の気分はダールトーン」

 白と黒の鍵盤を、その細い指で叩いた。同時に緻密に組み合わされたギミックが動き出し、無数の鐘がメロディを奏でる。

 空気を揺らし、鼓膜を震わせ、心臓に響く音。

 今日もまた、一日が始まる。

 自律人形である鐘弾き少女の変わらない一日が。でも、

「今日はちょっぴり、ビビッドトーンかな」

 つい先ほど見た、一人の『鳥』の少女を思い出して微笑んだ。

 突然に、自分の大切な時計塔を足蹴にしてくれた銀髪の少女。

 けれどもその顔は凄く必死で、とても人間らしかった。

 ほんの少し、いつもと違う色合いの世界を感じながら、リヴィアンネは鐘鍵楽器を奏でた。

 彼女の心模様を表すかのように、いつもよりも軽快なステップの旋律を。

 

「奏楽用自動人形」

 彼女の役目はこの街で鐘を鳴らし、時を刻むことにある。

 そのためだけに彼女は生まれ、そしてこれまでの百年間、ずっとそうして過ごしてきた。

 彼女を作った技術者もメーカーも、今はもう存在していない。補償対象期間はとうに過ぎてしまっている。

 今の彼女は、誰かの指示で動いているわけではない。この鐘も、もう鳴らす必要はないのかもしれない。

 でも、それでも彼女はこの街で鐘を鳴らし続けている。

 誰のためでもない、ただ自分のために。

 リヴィアンネは今日も、鐘を弾く。

 

――♪

 鐘の音が響く中、二人の少女は空にいた。

 真っ白な長い髪の少女と、瑠璃色の髪と瞳の少女。

 シロノとルリアは、今日の最初の仕事に向かう途中だった。

「この音……なんだろ」

「時計塔の刻時曲、今日は気分が良いみたい」

 シロノの問いに、ルリアが答えた。その答えに、首を傾げるシロノ。

「曲? 音じゃ無くて?」

 鐘の音と言えば、音をイメージする。

 例えば正午に鳴り響く鐘といった、時間を知らせるただの音のように。

 けれども、ルリアは曲と言った。

 その意味を、シロノはすぐに知ることになる。

「この鐘は、時計塔の鐘楼台にある無数の鐘を奏でているの。ほら、今も聞こえている」

 箒に跨り街並みを俯瞰するシロノの耳に、鐘の音が聞こえた。

 音と言うより、旋律だった。

 巨大な鐘からは想像しがたい、繊細なメロディ。まるで、意識に直接響いて来るような音が、シロノの意識を震わせた。

 その隣で、ルリアが口を開いた。

「オートマタの少女が鐘を弾く。それが通称、クラヴィール時計塔」

「そう言えば、パンフレットに載ってたね。へぇ、これがそうなんだ」

「こういう案内も私達の仕事だから、覚えておいて」

「うん、大丈夫。私、記憶力は良い方だから」

 真面目な口調でシロノに説明するルリア。それだけ聞けば、ちゃんと先輩らしい指導をしているように思えた。

 こんな、やる気の無さそうな飛び方をしていなければ、だけれども。

「ルリア、よく落ちないね」

「これが私のベストポジション。シロノもやってみる?」

「いい、やめとく。それより、この音なんだけど」

箒に全身を預け、物干しざおにぶら下がった洗濯物の様に器用に飛ぶルリア。そんな曲芸飛行に驚きながらも、今はこの音色のほうが気になった。

「気になる?」

「うん、すっごく。なんだろう……感情に直接触れているっていうか、誰かの心の声を聞いているような、そんな気がして……ぁっ」

 黙考するシロノを不思議そうな顔で見つめるルリア。その顔に恥ずかしそうな様子でシロノが言った。

「えっと、なんていうか、どんな人が弾いているのか気になって」

「それなら大丈夫。これから向かうところだから」

 そう言うと、ルリアは箒の周りをなめらかに動き、姿勢を正した。

 ちょうど、目的地が見えてきたところだった。

 今日一日で何度目になるだろうか、この街を象徴する大きな時計塔が見えてきた。

「なにしに行くの?」

「壁の修理。古くなった建物の補修も、「鳥」の仕事の一つだから。どっかの誰かが壁を蹴って穴を開けたらしいんだけど」

「……あっ」

「ん?」

 ルリアの言葉に、シロノははっとした表情をした。

「どうしたの?」

「壁の修理って、もしかして頂上付近?」

「そうだけど……え?」

 何かを察した様子のルリアにシロノは言った。

 とても申し訳なさそうに、白い肌の頬に冷や汗を流しながら。

「多分、私が蹴ったとこだ」

 今朝の出来事を思い出しながら、そう言った。


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