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シロノの仕事帳(ワーキングブック)  作者: 黒色鍵盤
シロノの仕事帳 一頁目
7/11

それは、白と瑠璃色の混ざり合った空色

――シロノの自己紹介が終わって、すぐのこと

 石畳の廊下。影が包み込むその通路は、ステンドグラスから射す陽の光で仄かに照らされていた。

 数百年前から存在する場所を、十数年しか生きていない自分が歩く。まるで、今この瞬間、この場所だけがタイムスリップしているような気分だった。

 その事実に、シロノは心を高鳴らせていた。初めての街、初めて見る景色、初めて出逢った人。その全てに、シロノは心を奪われていた。

 その気持ちを胸の中だけに閉じ込めて、いつもと変わらない様子で歩くシロノ。

静謐に包まれた廊下を、二人分の足音が響いていた。

 かつかつ、と。

 何もない空間に浮かび上がるように、少女たちの存在が音となって、静かな世界の空気を揺らした。

 窓には簡素な装飾が施され、外光が程よく取り込まれた屋内はおとぎ話の中のような幻想的な雰囲気に満ちていた。

 そんな中、先に口を開いたのはルリアだった。

「なんて呼べばいい?」

「え?」

「名前、どうせなら呼びやすい方が良いから」

 ルリアがそう言うと、シルヴィノ=フローランは慣れた様子で答えた。

「地元ではシロノって呼ばれてます」

「そう……シロノ、シロノ」

 名前を聞いたルリアは、シロノの言葉をインプットするように、繰り返し呟いた。

「ルリヴィアさん?」

 シロノが問いかけると、ルリアは半眼の瞳をシロノに向けた。

「ルリアで良い。それに、1年ぐらい早く入社したからって、先輩顔するのは面倒。それに、ソフィから聞いて無かった?」

「?」

「うちの会社は、ガーベルロンデはみんな近い歳だからだから、敬語を使わなくて良いって」

 確かに、言われていた。

 けれども、それが本気だとは思っていなかった。あれは、ソフィが単にそういう人柄だったからであって、シロノの気を紛らわせる冗談だと思っていた。

 シロノの顔を覗き込むルリア。半眼に開かれたやる気の無さそうな瞳ながら、真っ直ぐとシロノを射抜く視線。

 それを受け、シロノは意を決したように呟いた。

「分かった。これからお世話になるけど、よろしくね、ルリア」

「うん、よろしく。まあ、お世話するかどうかは微妙だけど。私、人に教えるの苦手だし」

「えー……」

 苦笑いをするシロノに、淡々と呟くルリア。

 けれども、このぐらいの距離感の方が心地よかった。変に干渉されるよりは、自分は空気のように扱われていたい。

 そんな引っ込み思案な性格なのだから。

 シロノとルリア。

 真っ白な長い髪の少女と、瑠璃色のミドルヘアーの少女。二人が歩いている場所は、もとは遺跡だった場所だった。

 分析によると、今の文明が出来あがる前の世界の建築物だとか。世界中に無数に存在するそれらの遺跡の一つを、ガーベルロンデでは事務所として使っていた。

 水路に並走するように走る石畳の通路。それと同じく石造りの屋根は外光を程良く取り入れ、静謐の中に柔らかな日の光を取り込んでいた。

 従業員用の通路であるこの場所は、「鳥」である空飛ぶ魔法使い達が円滑に飛び立てるよう、離陸や着陸を補助する離発着エリアへの道でもある。

 けれども、ただの従業員用通路という言葉では足りないような、一つの異世界がそこには形成されていた。

 ちょうど一頁、お伽噺の物語を開いたように。

 これはまだ序の口である。この街には、こういう場所が無数に存在しているのだから。

 古き街並みの中に新しい街並みが形成されている、そんな不思議な本の物語の様な世界。それを想像しただけで、シロノの胸は高鳴っていた。

 そんなとき、

「さっき」

「ん?」

 ぼそっと呟くルリアの声に、シロノは振り返った。

「どうして黙ってたの?」

「えっ、なんのこと?」

 気分が高揚して完全に上の空だったシロノは、困惑気味に答えた。それを誤魔化していると勘違いしたルリアは、詰問するように問いかけた。

「遅刻した理由、人助けをしたからでしょ。なんで黙っていたの?」

 そう言うと、ルリアは深い青色の双眸をシロノに向けた。

「あー……それ。いえ、実際そうでもないというかなんというか」

「?」

 シロノの煮え切らない回答に、ルリアは首を傾げた。

「あれ、偶然なの。この場所を探していたら、偶然目に入って……元から遅刻しそうだったから、結局怒られて当然なんだよね」

「ほんとうに?」

「嘘言っても何にもならないよ。それに私、嘘は嫌いだから。でも、やっちゃったなぁ……」

 しょんぼりとした様子で呟くシロノを見て、何かを察した様子で頷くルリア。

「わかった、そういうことにしておいてあげる」

「え?」

「シロノがそうしたいなら、それでいい」

「……えっと、何か壮大な勘違いをされているような気がするんだけど、ホントに大した理由じゃないから」

 慌てて手を振るシロノに、ルリアは溜息をついた。

 自分の行いの大きさに気付いていない。シロノを見たルリアは、そう感じていた。

 本当は聞かないでも、ルリアはシロノがどういう理由で遅れてしまったのかを知っている。

 情報化社会の現代において、ネット上の情報拡散は驚くべき速さなのだ。ルリアだけでなく、既にこのガーベルロンデの人間は、殆どがその事実を知っている。

『鳥』の少女が我が身も顧みず観光客を助けた、という称賛すべき出来事を。

 有事の際、『鳥』には一部法的規則が免除される。就業時間なんて、本当は気にする必要なんてなかったのだ。

 それに、咄嗟の判断でそこまで身体が動くこと、そして高度からの急降下に物怖じしない胆力。どちらを取っても、ルリアは彼女のことを本心から凄いと思っていた。

 これでも自分はそれなりの腕前だと認識していたが、シロノの腕前は比べ物にならない。

 ルリアの知る限り、「鳥」を生業にする大勢の航空魔導士の中でも、シロノほどの腕前を持っている人は数える程度しか知らない。

 だが、ルリアが目を惹かれたのは、そんな上っ面だけの技術では無く、シロノ自身の表情だった。

助けたことが偶然だとしても、他の全てが見えないくらい、送られてきた映像に映る彼女の顔は真剣だったのだから。

 でも、なのに、

「もう、初日からなにやってるんだろ。私」

「人助け」

「それは偶然だって」

「(……よく、分からない人)」

 素晴らしい飛行技術を、人助けをしたということも、どちらも本来なら褒められるはずなのに、彼女はただの遅刻として責められていた。

 自分の能力や功績を誇示することもなく、言い訳もせず。

 いったい、シロノは何が目的なのだろう。この物語の登場人物の様な不思議な少女の思惑なんて、ただの一般人である自分には理解出来ないのだろうか。

 ルリアはそんな事を思いながら、黙って歩を進めていた。

「……」

「どうかした? ルリア」

「散らかった感情の整理中。邪魔しないで」

「う、うん……」

 怪訝そうな顔を浮かべるシロノの隣で、ルリアは自分の気持ちを整理していた

 なんか、釈然としない。なんか……もどかしい。

 いったいシロノの中ではどのような感情の整理がされていて、どういった軸を持っているのだろう。

 見える筈もないのに、ルリアは心の中を覗き込もうとするように、シロノの表情を伺った。

 凛とした表情はまるで人形のようで、感情を読み取ることはできない。

 憂いとも達観とも取れるその表情、それはまるで絵画の中の存在がそのまま出てきて歩きまわっているようにさえ感じられた。

 けれども、そんなわけはない。目の前にいて、話している。ならば人間の筈だ。そんなシロノに向けて、ルリアが思い切って言ってみた。

「友達一号」

「……ふぇ?」

 ポカンとした表情を浮かべて首を傾げるシロノ。

「シルヴィノ=フローランがこの街に来たのは昨日。だから、私が最初の友達のはず。違う?」

「違わないけど……友達?」

「そう、友達。私と貴方は同い年。それとも、嫌?」

 ルリアの言葉に、一瞬だけ躊躇う表情を浮かべたシロノ。その様子に、ルリアは自分の質問が誤りであったと思った。

 無理やり過ぎた、唐突過ぎた。もっとゆっくりと、人間関係は積み上げていく筈のものなのに。

 そんな結論を胸の内で出していると、シロノが口を開いた。

 何を言っているのだろう、と言った様子で。

「うーん。というか、私としてはもう友達気分だったんだけど……改めて言うと恥ずかしいね」

 その言葉に、ルリアはポカンとした表情を浮かべると、すぐに噴き出した。

「……っぷ」

「え、わ、私へんなこと言ったかな?」

 戸惑うシロノをよそに、口を抑えて腹を抱えるルリア。感情の起伏が乏しい筈のルリアは、久しぶりに心の底から笑ってしまった。

 どうやら、自分はこのシロノという少女の事を勘違いしていたのかもしれない。ルリアはそう思っていた。

 透き通るような白い髪を持った幻想的な外見も、年齢からは考えられないほどの卓越した箒の操舵技術も、全てはシロノの外を覆う付随的なものでしかない。

 その中身は、自分と同じで、どこにでもいるような普通の女の子なのだと。それも、おっちょこちょいで頼りない、何処か抜けているような、そんな妹みたいな存在。

 だから、ルリアは言った。慣れない笑みをぎこちなく作って、新しい友人の顔を見ながら。

「ううん、そんなことない。よろしく、シロノ」

 ルリアの言葉に、シロノの愁いを帯びていた表情は一気に晴れ上がり、満面の笑みを浮かべた。

 本当に、子供のように無邪気に。

こんな顔を出来るのに、曇った顔をしているなんてもったいない。

 そんなルリアの考えを遮るように、街に鐘の音が響き渡った。

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