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シロノの仕事帳(ワーキングブック)  作者: 黒色鍵盤
シロノの仕事帳 一頁目
6/11

それは、自己紹介と言う名の公開処刑

 空を飛ぶ魔女「鳥」の業務全般を取り扱う会社、その建物を一般的に鳥の巣と言う。

 その一つ、青葉と新緑の鳥の巣「ガーベルロンデ」がシロノの勤め先だった。

 正確には、これからなるであろう場所である。

 巨大な石造りの古い遺跡の様な場所に、大きな樹木がからみついたような外観をしているガーベルロンデ。

 幻想的な雰囲気を醸し出す巣の中を、まだ「雛鳥」であるシロノが歩いていた。その胸に響く鼓動は嫌なほど早く、手の平には嫌な汗をかいてきた。

 理由は、これからシロノにとっての最初の業務が待っているからである。

 自己紹介。

 それは、初対面の大勢の人たちに周囲を囲まれ、自らの個人情報を曝け出すという、軽い拷問の様なものである。

 それはまるで、ずっと昔に祖母との魔法修行で巨大な化け物と対峙した時の気分と同じであった。あの時は物理的な脅威から逃げきればよかったが、今はそうはいかない。

 逃げてしまったら、引きこもりルート待ったなしだ。

 合成石材の階段を昇り、一番奥の部屋へと向かうシロノ。そこでふと、シロノの肩に触れる手があった。

「緊張してる? まあ、緊張してくれてた方が面白みがあっていんだけど」

 シロノをここまで案内してくれた先輩にして同年代の友人、ソフィリアが笑いながら問いかけてきた。

 その様子に、シロノはいつの間にか、張りつめていた緊張の糸を手放していた。

「面白くなくて良いから。私は普通が一番」

「なら、私も普通が良いかなー」

「真似しないで」

「そっちこそ」

 調子の良い様子で答えるソフィリアに、シロノは溜息をついた。

 そして、

「……ありがと、ソフィ」

 小さく微笑みながら、そう呟いた。

「ん? なにが?」

「心配してくれてるんでしょ。でも、もう大丈夫だから」

 シロノがそう言うと、ソフィリアは頬をかきながら呟いた。

「ふむ、そんなつもりはなかったんだけどね~」

「ソフィがそう言うなら、そういう事にしておいてあげる」

 シロノがそう言うと、ばつの悪そうな様子でソフィリアが言った。

「ほんっとに、シロノは素直と言うか単純と言うか、真っ直ぐすぎて逆に心配になるよ」

「大丈夫。こう見えて、結構捻くれてるから。私」

「あっはは、なによそれ」

 冗談めかしてそう言うシロノに、ソフィは呆れた様子で微笑んだ。

 そして、シロノの背中を後押しする一言を呟いた。

「それじゃ、ようこそ。ガーベルロンデへ」

 言葉と共に、その扉は開かれた。


――ガーベルロンデ、局長室

 部屋の中にはシロノと同じ制服を着た同僚が数人、そして木製のデスクに壮年の男性が腰かけていた。

 彼がこの部屋の中で一番偉い人、つまりガーベルロンデの『鳥』を管轄する局長である。

「初めまして。シルヴィノ=フローラン君。私がここの業務を取り仕切らせてもらっている、ドランドという者だ。よろしくね」

 深みのある渋い声で、自分の上司になるであろうその人物が呟いた。

 言葉には意志が宿る。その意味通り、彼の言葉は、これまでの人生で培ってきた重みが載っているようだった。

「とりあえず、自己紹介をしてくれるかな」

 言葉に背中を押されるようにして、シロノは自己紹介を始めた。

 名前、出身地、好きな物、苦手な物。

 そこから先は、自分でも何を言っていたのかよく覚えていない。

 聞かれてもいない事を、沢山喋ってしまったかもしれない。

 だが、これだけははっきりと言えたのを覚えている。

――空を飛ぶのが好きだから、魔法使いになった、と

 その言葉を吟味するように頷いた局長は、シロノに問いかけた。

「なら最後に一つだけ質問。遅刻したことについて、何か言いたい事はあるかい?」

 瞬間、空気の纏う空気が変わったのを感じた。

 込められている意図とでも言うのだろうか。その声には明確な攻撃の石があった。その言葉に背筋がぞっとするシロノ。

 喋り方は、それまでと変わらない温和な声である。

 けれどもそれは、まるで肉食獣の鳴き声を聞いたような、そんな言いようのない心境だった。

 目の前の人間が、まるで人の皮を被っただけの「何か」に思えてしまう程、明確な恐怖だった。

 その言葉にソフィリアは「話が違う」と言いたげな様子で局長の顔を見た。

 だが、彼の目はシロノを射抜いたまま動こうとしない。

 ふと、言い訳をしようと思ってしまう。

 人助けをしたから、はじめてきた街だから、仕方がなかったと。

 けれども、自分の中の心が許さなかった。

「すみません……でした」

 深く頭を下げ、謝るシロノ。

 その様子に、局長が問いかけた。

「何か、理由があったんじゃないのかい?」

「いえ、なにも。あの……私の不注意です」

「それだけ?」

「はい、それだけです」

 頑なに譲ろうとしないシロノ。その視線は、局長の視線と交差していた。

 見てる。ああ、すっごく見てる。

 視線を逸らしたら今にでも食べられてしまいそうな気分だ。なにこの草食動物よろしく肉食動物に睨まれているこの状況。

 目が逸らせない。でも、逸らしたい。どうしたらいいのだろう、このジレンマ。

 ほんの数秒、それでもシロノにとっては何時間にも感じられた時間が過ぎた。

 すると、

「ふむ、なら良しとしようか」

「……え?」

「キミの中で答えが出ているようだし、これ以上は僕から言う事でもないだろうからね」

 そう言いながら局長はソフィリアの顔を見た。ほんの少し、拗ねた様子のソフィリアを。

 状況が飲み込めないシロノに、局長は付け加えるように言った。

「ああ、でも一応遅刻は遅刻だから。今度は遅れないようにね」

「はい、分かりました」

 よく分からないけれども、許してくれたようだった。

 けれども、怒られたことに変わりはない。

 意気消沈したシロノは、心の中で溜息をついた。

 迷ったのも自分のせい。人助けをしたことで遅れたのも自分のせい。結局のところ、自己管理が出来ていない証拠なのだ。情けない。

 情けなくて、自分を張り倒したくなる。

 そんなシロノをよそに、局長は周囲にいる同僚の一人に声をかけた。

「それじゃ、ルリア。彼女に手近な施設や職場の案内を頼めるかな? あと簡単な業務の指導も」

 案内役に視線を向ける室長。彼の視線の先には、ショートボブの深い紺色の髪をした少女がいた。

 年の瀬はシロノより大人びて見える。もっとも、外見上の特徴がシロノの場合は幼く見られやすいため、年上かどうかは分からないけど。

「……くぅ」

「おーい、ルリヴィア=エドワード」

「……んあ?」

 ルリアと呼ばれた少女は、寝ぼけ眼をこすりながら重い瞼を持ちあげた。

「……寝て、ませんよ?」

「うん。そうだね。おはよう」

「おはようございます」

 ちょこんと頭を下げるルリア。それにつられて、彼女の帽子がずれて落ちそうになる。

 ぼんやりと首を傾げたルリアは、目の前にいるシロノを見て状況を把握した。

「ああ、なるほど。後輩ですね」

「そう。ルリアもこれから先輩なんだから、頼んだよ」

「えぇ……」

 了承ともため息とも捉えられる返事をするルリア。

 そして、半眼の瞳をシロノへと向けた。

「案内は必要?」

「え、あ、はい」

「……そう。めんどくさい」

 オブラートに包む気も無く、ルリアは愚痴を零した。

その言葉に、シロノはなんだか泣きたい気分になった。もう心の堤防は決壊寸前だ。

そんなシロノの内心をよそに、くるりと振り返って足を進めるルリア。

「それじゃ、私について来て」

「え、あ、はい。それじゃ、失礼します」

 ルリアに連れられて、部屋を後にするシロノ。

「……やっぱり、目立つのは苦手」

「? 何か言った?」

「いえ、何も。空耳ですよ」

 誰にでも無くポツリと零すシロノ。

そんなに自分のことを見ないでほしい。注目されるのは、昔から苦手なのだから。

 出来れば自分の事は空気程度の認識で接してほしい。そう切に願うシロノだった。



 二人の去った後、局長室の中は先程の静けさが嘘のようにガヤガヤと声がしていた。

 曰く、雰囲気作りのために黙っているのは疲れただの、私も後輩が欲しいだのと。これがいつもの、「ガーベルロンデ」と言う鳥の巣の本来の姿である。

 先程までのは、新人を試すための、言わば通過儀礼の様なものなのだ。

 喧騒の中の一人であるソフィリアは、局長に向けて言った。

「話が違うじゃないですか」

「なにがだい?」

「遅刻の件、あの子が助けた女の子の件で、チャラにしてくれるって」

「それはそれ、これはこれ。それに、あの子も特別扱いされるのは望んでなかったみたいだしね」

「……頑固者」

「そういうキミは、相変わらず素直になれないお節介だね」

 創立当時からの気の置けない中である二人は、いつも通りのそんなやり取りを繰り広げていた。

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