それは、雛鳥と言う名の瑠璃色
ゆらゆらと揺れる水の上。木の葉のように浮かぶ小さなゴンドラで少女が横たわっていた。
水底のように深い紺色の髪に、瑠璃色の空の様な済んだ瞳の少女。
彼女の名前はルリヴィア=エドワード、愛称はルリアと言う。
一定リズムで刻まれる震動は、鼓動と同期して言いようのない心地よさをルリアに生み出していた。
陸の上では味わえないこの感覚、それはまるで自分だけの秘密基地のような気分だった。この場所は自分にとっての特等席。ルリアはそう思っていた。
体を横たえたまま見上げる空は、自分をまるで別世界にいるような錯覚を覚えた。
遠く遠い空。目を凝らして見えるのは、静止衛星軌道上に浮かぶ航空列車網だった。
なんでも、無重力下による革新的なインフラ設備によって、今では世界の裏側まで半日とかからず行けるとか。ここ数世紀であれ以上の構造物は生まれないだろうとさえ言われている。
そんな現実離れしたスケールの、遥か彼方を見つめる少女の胸には、いつも浮かんでいる感情があった。それは、大好きなものが目の前にある喜びと、それを手に取ることのできない落胆が混ざり合ったような、中途半端な感情。
自分でもよくわからなかった。でも、この場所で空を見上げるといつもそう思う。
あの場所から見る世界は、いったいどういう世界なのだろう、と。
写真、映像、ネットワーク上には無数の情報が転がっていて、いつでも手にすることが出来る。でも自分が知りたいのはそんなことじゃない。
『―――あの場所で、私はどんな気分になれるのだろう』
知りたい。見たい。感じたい。頭のてっぺんから足のつま先まで、余すところなく染まってみたい。
自分の知らない、その『世界』に、染まってみたい。
ルリアは、眠りかけの半眼の瞳で、その青空を見ていた。
だが、
「そろそろ、戻らないと」
もうすぐ本格的に仕事の時間だ。
水路に浮かぶゴンドラの掃除当番、そのあとはいつも通りの「鳥」として飛び回る仕事である。
代わり映えの無い毎日。
けれども、今日はちょっと違う事が予定に含まれていた。
「新人……私の、後輩」
この鳥の事務所、ガーベルロンデに新しい仲間が加わることになっている。
そしてそれは、ルリアにとって初めての後輩になる予定「鳥」だった。