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シロノの仕事帳(ワーキングブック)  作者: 黒色鍵盤
シロノの仕事帳 一頁目
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それは、友人という名の労働力

「お見苦しいところをお見せしました」

 恥ずかしそうに、それでも幾分かいつもの冷静さを取り戻した様子で、シロノが口を開いた。

 つい先ほどまで泣いていたとは思えないほどの豹変ぶりで、そこには一人前の魔法使いがいるだけにしか見えなかった。

「個人的には面白かったから良いけどね。でもまさか、勘違いでずっと落ち込んでたなんて。可愛いところあるじゃない」

「からかわないで下さいよ。もう」

 いつも通りの落ち着いた雰囲気に戻ったシロノは、その長い銀髪を指先で弄りながら溜息を洩らした。

「あ、そういえば先輩……」

「ちょい待ち!」

 シロノがソフィリアに話しかけようとすると、その言葉を遮るようにソフィリアが掌を差し出した。

「?」

 シロノがこくんっと首を傾げると、ソフィリアがポツリと漏らした。

「敬語禁止」

「え?」

 突然の言葉にキョトンとするシロノ。

「言ったでしょ。私達ってそんなに歳が変わらないって。ウチは社員みんな顔見知りだから、呼び捨てで良いわよ」

「でも、経験的には先輩ですし……」

 ありきたりな定型文で答えるシロノ。

 本音は、出逢って日の浅い相手を、しかも先輩を呼び捨てにするなんて、ハードルが高すぎて出来ないだけなのだけれども。

 そこまでのコミュニケーションスキルを、シロノは有していない。

 けれどもそんな心の予防線を、ソフィリアはいとも簡単に乗り越えようとしてきた。

「航空魔法の経験なら、シロノの方が大先輩じゃない。見せてもらったわよ、女の子を助けた時のとび方。あんなやり方、相当な経験がないと出来ないわよ」

 口籠りそうになるシロノ。

 そこを突かれると弱い。だから“予め用意していた答え”を吐き出すように口にした。

「祖母が教えてくれたから、家庭の環境が良かっただけです。あと、それはそれ、これはこれです。鳥としての先輩に、最低限の礼は尽くしたいんです」

 譲らない姿勢のシロノ。

 それを聞いたソフィリアは、

「ふーん、そう。なら……ねえ、シロノさん。聞いてくれますか?」

 それまでの軽い様子の口調から一転して、丁寧な言葉遣いで問いかけた。

 驚くシロノにソフィリアが続ける。

「経験を敬うべきと言うので、私は貴方に対し多大な礼を持って接するのが妥当と言う事になります。しかしながら、私達の業務は、お客様との間に壁を持つことなく手助けをするというもの。であれば、私達が壁を持っていては本末転倒かと思うのですが、如何でしょうか?」

 そう言ったソフィリアの表情は、それは見事なまでの柔らかな笑みだった。

 どこにそんな表情を隠し持っていたのかと問いかけたくなるぐらい、それはもう見事な豹変ぶりだった。

 慣れた様子で言葉を並べるソフィリアに、気圧されるようにして息を漏らしたシロノ。

 流石、サービス業。

 笑顔のはずのソフィリアは、その笑顔の下にもう一つの顔を隠しているようだった。

 曰く、面倒だから、さっさと仲良くなっちゃおう、という言葉を張り付けているかのように。

「それでは……はい、どうぞ」

 確かめるように、ソフィリアはシロノに手を差し出した。

 言葉のキャッチボールのように、今度はシロノが投げ返す番である。

 シロノはその手を取ると、ぎこちないながらも笑みを浮かべて呟いた。

「えっと……よろしくね。ソフィリア」

 これでいいのだろうか。

 そう思いながら、シロノがソフィリアの顔をうかがっていると、ソフィリアは営業スマイルを剥がし、屈託の無い笑みで答えた。

「よし、労働力確保っ!」

「……ぇ?」

 ソフィリアに引っ張られて、掴んだ手を空に伸ばすシロノ。

 ポカンとした表情の後、聞こえた言葉が胸にまで落ちた瞬間、シロノは声を上げた。

「ぇ、えええええっ!?」

「ふっふふん、さあ私の労働時間を奪った分、働いてもらおうじゃない。あ、一応、新人研修は用意してあるから。楽しみにしていてね」

「ちょ、まっ! ホント待って! 分かったから、手を掴んだまま飛び立とうとしないでっ! 私まだ準備がっ! ひゃあっ!」

 叫び声を上げながら、慌てて自分の箒に魔力を送り込み、揚力を得るシロノ。

 そんなシロノを見て、上空で満面の笑みを浮かべるソフィリア。

 どうしよう、ついさっき胸を預けた筈の人間を、いますぐ叩き落してやりたくなってきた。

 強引な上に、人の気持ちに簡単に入り込んでくる無粋者。自分の恥ずかしい泣き顔を見せてしまった相手で、出来る事なら物理的に記憶を吹っ飛ばしてしまいたいと思っている相手。

 けれども、

「はぁ……ま、いっか」

なんとなく、振り回されるのも悪くないと思った。湿っぽい自分には、これぐらい暑苦しい人の方がちょうどいい、と。

「ほらシルヴィノ=フローラン。早くしないと置いてくよ」

「……シロノでいいよ」

 恥ずかしげに、呟くように声を出したシロノ。

 聞こえていないかもしれないと思ったが、そんな心配は杞憂だった。

「んじゃ、わたしもソフィで良いよ。シロノ。ていうか、個人的にはこのまま置いて行った方が面白おかしい無様なシロノが見れて楽しいことになるんじゃないかって、私の中の悪魔が囁き始めてるんだけど。ねえ、どうしたらいいかな」 

 名前を呼ばれたシロノは、いつのまにか大先輩だという事を忘れてソフィリアに呼びかけた。

「待ってよソフィリア。まだ私、事務所の場所が分からないんだから」

 そういうとシロノもまた、「鳥」の飛び交う空の交通路へと飛び込んで行った。

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